エイルの挑戦状06
「処女じゃなくなっちゃった……」
双子の妹の告白に私はコーヒー豆乳パックを霧吹きに変えた。
「何故そういう告白を私にする!? お前に恋人はいたか!? いないよな!? まさか無理やりか!? 空手二段の私に復讐を手伝えと言うのか!? 誰だ!? どいつだ!?」
「いや無理やりじゃないし、上手だったから痛くなかったし、わたしはそういうの早く捨てちゃいたいと思ってたからそれはそれでいいんだけど……」
高校の昼休み。
中庭のベンチに陣取って昼食をとっている私達は、行きずりの男と関係を持ったという妹の告白で普段とは違うストレンジワールドへと突入した。
「しかしお前は行きずりの男を誘うとか誘われるとかって、そういう性格じゃないだろ。何かあったのか」
「それは、あのぅ……彼女が……」
「どもども、どもぉ♪」
ワンレン、ボディコンというなかなかに時代錯誤な美女の登場に、私は再び霧吹きになる。こんな人間が自由に行き来出来るような校風ではない。
「何者!?」
「私に憑りついた幽霊さん」
「どもどもぉ♪」
「幽霊って……どう見ても普通の人間にしか見えないけど!? 半透明じゃないし、影落としてるし!?」
「いやぁ、案外幽霊ってこうゆーものなのよ♪ 死んでみれば解るわよ♪」
周囲の生徒達には彼女は見えていないらしい。私が勝手に暴れて喋ってる風に見えて、さわさわ騒いでいる。
「OK、OK。……落ち着いてきた。幽霊ってもあなたは心霊動画みたいに怖い絵面じゃないのね」
「名前はミミでーす♪」
「昨日の夜、ミミさんが波長が合うとか言って勝手に憑りついてきて、で、怖くなかったから二人で話してたら、ミミさん、久しぶりに肉体持てたから男の人とHしたいなぁ、とか言いだして……」
「色情霊!? 二人でどういう話してたらそういう流れになるのよ!?」
「じゃあ私も処女捨てたいからそっかぁ、いっかぁという感じになって、で、深夜に家を抜け出して駅前でナンパ待ちしてホテルで休憩に……」
「どういう暴走特急!? 短慮すぎない!? というか、あなた絶対ミミさんの肉欲に支配されてるでしょ!? ミミさんに感覚をハッキングされてるでしょ!?」
私達の話を聞きながらミミさんは「エヘッ♪」という感じでペコちゃんになっていた。
「でも気持ちよかったし、念願の処女捨てられたし」
「うんうん♪ 気持ちよかったよねー♪ 初めてでイケたし♪」
「ミミさんは初めてじゃないでしょ!! ……絶対除霊しましょ!! こういうのに憑りつかれてると肉体好き勝手されるわよ!! ……セイヤーッ!! 幽霊爆殺拳ッ!!」
「え、何ぃ」
あれ、間合いがおかしい。当たるはずなのに当たってない。
ミミさんに繰り出した私の正拳突きはまるで騙し絵空間に巻き込まれる様に当たらなかった。
「そういう必殺拳法めいたのは効かないから♪」
「効いてほしかったなぁ……一武闘家の夢として……」
「思いつきでやってるだけでしょ♪」
ともかく私の除霊は失敗した。
いやまだだ。まだ終わらないぞ。
私はスマホを取り出すと校内で義務付けされている機内モードをOFFにしてネットを検索した。
仏教。読経。音声。
私は一つのサイトに辿り着くとスマホをミミさんに突き出した。スピーカーON。音声出力МAX。
たちまちあふれる神秘の力。
「え♪ ナニナニ♪」
「幽霊って言ったらお経でしょ! 成仏しなさい!」
大音量で流れる男性の読経。
勿論、周囲の生徒の興味を惹かないわけがない。音量的に大迷惑だ。
「ねえねえ」私の耳まで口を近づけながら妹が訊く。「何で幽霊ってお経が苦手なのかしら」
「何ででしょうねぇ♪」
「それは……あれだ。仏教では根本的に幽霊というものは存在しないっていう立場なのよ」
「え、そうなの」
「仏教では死んだ人間は六道輪廻って言って六つの世界を生まれ変わり続けるシステムで、幽霊になるという余地はないのよ。それでも存在する幽霊ってのは世界のバグみたいなものなの、きっと。で、世界の在り様を説くお経を聴けば自分がいかに世界にそぐわないものなのだろう、と観念して世界を去る、成仏する、デバッグされる。そういうものなのよ、きっと」
「随分と根拠あやふやねえ♪ 自分でも理解出来ないものが他人の心を動かせるかしら♪」
「うるさい! 早く成仏しなさい!」
このお経にミミさんが何の動揺も見せなかったのはある意味予想通りだった。
「あのぅ。ミミさんって生前は仏教徒だったんですか。それとも何か他の……」妹が訊く。
「さあ♪ 宗教には無頓着だったから♪ お経なんか歌みたいなもんだと思って聴いてると効かないもんねえ♪」
ともかく彼女にお経は効かないのが解った。除霊第二段、失敗。
「撤収!」
こちらへやってくる風紀委員の姿を確認した私達は中庭から逃げ出した。
★★★
スマホはもうお経を流していない。
太陽の光が何の助けにもならないのは、今ミミさんがプール裏で影絵遊びをしている事で十分以上に解っている。
「最後の手段はこれよ!」
家庭科準備室からくすねてきた食塩一kgの袋を開け、一つかみの塩をミミさんに向かって投げつけた。
まるで土俵入りの様な清めのソルトシャワーが幽霊に向かってばらまかれる。
二度三度と大量の塩を投げつける。
「さあ。これで体内から水分が出ていってシオシオのパーに縮みなさい!」
「ミミさんはナメナメクジクジじゃないわよぉ♪」
駄目だ。身体に雪の様に降り積もっているが全く効いている素振りを見せない。
「単なる塩化ナトリウムじゃ駄目よお♪ ミネラルをたんまり含んだ岩塩を削った粗塩じゃないと♪」
塩にこだわる料理研究家みたいなミミさんは自分につもった塩を手で払う。
私はもう手がなかった。
「ミミさんとは友達づきあいするしかないわねえ」
妹が白旗を上げたようだが、私は納得出来ない。
「愛と肉欲の日日を送るような妹と何の精神的動揺もなく家族づきあい出来る気がしない……」
「じゃあ。あなたも妹さんみたくなればいいのよ♪」
「え!? ナニ!?」
突然、ボディコンのミミさんが滑る様に私の肉体と重なった。一瞬の寒気。
「やっぱり双子ねえ♪ 妹さんみたいに憑りつき調子が具合いいわぁ♪ 波長が合うわぁ♪」
「ナニ!? ちょっと!? ミミさん、私に憑りついたの!?」
「ちょと記憶を探らせてもらうわよん♪ ……ああ、この同級生の男子が好きなのね♪ 大丈夫♪ ミミさんに任せておきなさい♪」
「え!? ちょ!? ま!?」
「てっとりばやく告白するわよん♪」
「ちょ!? ま!? ごめんなさい! 勘弁してください! 私の恋愛感情をイジらないでください! インターセプトしないでぇ!」
とか言いつつ、私は自分の奥底から湧き出てくる性欲に身を任せるつもりになっていく。
これは私の精神がミミさんの肉欲にどんどん同調しているのを示しているのだ。
やっぱりミミさんは悪霊だ。
私は上っ面で嫌がりながらも自分から好きな人に告白したい気にとってもなっていた。
こうしてこれから私達双子はミミさんという幽霊を要にして青春の日日を送る事になったのだった。
「……せめて痛くしないでぇ!」
私はその日の放課後、校内で処女を捨てました。
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