第7-2話 アイナのキャンプ料理と謎の?精霊

 

「よしっ! これで食材の下ごしらえは完了ですっ!」

「エビル・バッファローは、肩ロースが美味しいんですよ!」


 刃渡り1mはある、どう見ても剣にしか見えない包丁に付いた脂をぬぐいながら、アイナが満足げに頬を紅潮させる。


 まな板代わりの黒曜石の巨石 (彼女が気合で割った)の上には、きれいに捌かれたエビル・バッファローの巨体と、体長1m以上のニジマスの三枚おろしが並んでいる。


 ちまちました作業は苦手で、不器用なんです……そう語るアイナだが、相手が巨大になるとなかなかの剣……包丁さばきを見せてくれた。


 そういえば、彼女が作ってくれたクラムチャウダーは優しい味で美味かったしな……出来の良さが期待できる夕食に、私が心を弾ませていると、アイナはなぜか右腕に”ダメージ床伍式”を装着している。



 ……何をしてるんだ?

 なぜ料理に”伍式”が?


 当然の疑問を投げかける私に、アイナはふさふさの両耳を可愛くピコピコさせながら、満面の笑みでこう宣言する。


「美味しいジビエ料理のカギは”火力”ですっ!」

「アイナ考えたんですっ! カールさんのスペシャル”ダメージ床伍式”と、アイナの黄金の右を合わせれば、最高の火力を生み出せることにっ!」


 あっ……これはメシマズムーブの予感……!


 たまにアイナがやらかす、善意100パーセントの大暴投を予感し、彼女を止めようとする私だが……。


「うおおおおおおっっ! アイナの拳が真っ赤に燃えます!」

「カールさんとフリードさんのために美味しいご飯を作れと雄たけびを上げますっ!!」



 ドウッ!!



 えいっ! と気合を入れたアイナの右腕から、登り龍にも似た青白い炎が吹き出し……!


「アイナすぺしゃるベイキングナックルぅぅぅぅ!! 美味しくなれええええええっっ!!」



 ズドオオンンンッ!



 とても料理中とは思えない轟音と振動が周囲を揺らし……炎が収まった黒曜石のまな板の上に現れたのは、しっかりウェルダンに焼かれたエビル・バッファローの巨体と、ニジマスだったはずの三枚の消し炭だった……。


「えええええっ!? やっちまったぞアイナ! 火力調整を失敗しましたぁぁぁっ!!」


 巨大なエビル・バッファローに合わせて魔力を込めたからなのか、炭になったニジマスを見て、ズガーンと頭を抱えるアイナ。


「ぷっ……はははははっ!」


 あまりにアイナらしいミスとリアクションに、思わず爆笑する私。


 いやもう、最高だな……心の底からほっこりした私は、もふもふなアイナの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「くくくくっ……アイナ、気にしなくてもいい……くくっ、エビル・バッファローの方はいい焼き加減じゃないか……はははははっ!」


「うううっ……カールさん優しいです。 でも、少し笑いすぎですっ!」


 ぷくっとむくれるアイナをさらに撫でながら、炭になったニジマスは森の肥料として地中に埋め、香ばしく焼けたエビル・バッファローを豪快に美味しく頂くことにした私たちなのだった。



 ***  ***


「ほう! これは旨い……!」


 表面はパリパリに、中はしっとり。

 適度な弾力の肉は、噛みしめるとホロホロとほどけて。

 肉の繊維の間から、タップリと芳醇な肉汁があふれ出す。


 塩とクミンシードのみでシンプルに味付けされたエビル・バッファローは、カイナー地方産の赤ワインとの相性も最高で……。


「……ふぅ」


 くいっ、とグラスを傾け、今年出来たばかりのフレッシュワインと肉汁のマリアージュを十分に堪能した私は、満足のため息を吐く。


「ぷはぁ……最高じゃないですか……くふふ、新たなダメージ床のアイディアが……背中に装着して自由に大空を……」


 私の隣で、フリードが恍惚の表情を浮かべると何やらマッドな新作を構想しているようだが、いつもの事なので放っておく。


「カールさん! どうですかどうですかっ!?」


 エビル・バッファロー料理フルコースを堪能する私を、しっぽをぶんぶんさせながら期待を込めた目で見つめてくるアイナ。


「ふふふ、最高だぞ、アイナ。 キミは肉料理を作らせたら天下一品だな」

「構想中の新作スイーツ、最初に食べる栄誉はアイナ、キミの物だ……!」


 なでなで


「!! やった~~!!」


 すっかり日も落ちて涼しい風が吹く森のそば。


 川のせせらぎを聞きながら食す美味しいジビエ料理……ソイツを作ってくれた彼女への感謝を込め、アイナのもふもふ頭を撫でながらめいいっぱい褒めてやる。


 私の称賛に、嬉しそうに飛びはねるアイナ……ああ、癒される。


「……そういえばカールさん、アイナも成人になったので……その美味しそうなワインに挑戦してもいいですかっ!!」


 ひと通り喜びを表した後、アイナは私が飲んでいるワインが気になったのだろうか、興味津々の表情になる。


 ふむ……アイナも帝国では成人扱いとなる16歳……ワインと食材が織りなすマリアージュの愉悦を学んでもいいころだろう。


「そうだな……そろそろアイナも酒の味を覚えても良いか……じっくり味わって飲むんだぞ」


 私は、小さめのワイングラスを見繕うと、グラスに半分程度、ルビー色をしたフレッシュワインを注ぎ、アイナに手渡してやる。


「やたっ! わふぅ……キレイな赤……それに、いい香り」

「ぱくっ……もぐもぐ……えいっ!」


「……あっ」


 こういう時にも全力投球なアイナは、おつまみとして肉を頬張ると、一気にワインを煽る。


 その結果……。



「わふわふうっ……えへへ、もう食べられないよぅ……むにゃむにゃ」


 可愛い寝言を漏らしながら、私の膝の上で眠りこけるアイナ。


 初めてのワインをあんなに一気飲みするとこうなるか……その微笑ましい様子に、思わず笑いがこみ上げる私は、彼女の頭を優しくなでてやる。


 穏やかな夏の夜は、静かに過ぎて行った。



 ……ん?


 ふと森の方に視線をやった私は、とある大木の根元がおぼろげに光っているのに気づく。


 あそこは……これは肥料だ! と、調理過程でなぜか炭になったニジマスを埋めた場所だな……なんだ?



 ぱああああああっ



 最初ほのかな輝きだった緑色の光、ソイツは大木と一体となり、より強い光となる。

 その光は、徐々に人の形を取って……。


「こんばんは。 美味しい肥料をくれたのは貴方たちですか?」

「わたしは森と大地の精霊アルラウネ……おかわりを所望します、じゅるり」


 ……は?


 ぽかんとする私の目の前に、ふよふよと浮かぶ小さな女の子。


 どうやらまた、新たな出会いが起きそうだった。

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