第6-4話 ダメージ床整備領主、カイナー地方はますます順調です

 

「勅令だと……?」


 久しぶりの我が屋敷……やはり息苦しい帝都よりこのカイナーが良い……ふっ、と安どの息を吐いた私が執務室に入った途端、名代を務めていたフリードがあわてて書状を手渡してくる。


 私が領地に戻る前に、速達便で届けられたようだ。


 黒のゴツイ封筒に、金のエンボス加工で二本の剣が交差する意匠を持つ、帝国政府のエムブレムが押されている。


 ふむ……魔導証明で皇帝陛下の署名も入れられているし、正式な勅令状で間違いなさそうだ。


 このタイプの封筒は、魔法的に宛先に書かれた人間しか開けられないようになっており、とても高価なアイテムである。


 ……経費削減に躍起になるなら、この辺りのペーパーレスを推進すればいいものを……私はそう憤りながら封筒を開封し、書状の内容を確認する。


「……なっ!?」


 そこに書かれていたのは、驚くべき内容だった。


 ”帝国辺境であるカイナー地方は、帝国総合経済研究所の調査で今後財政黒字化が見込めない地域として判定された”

 ”そのため、8月末日を持って帝国領から、帝国辺境自治領へ種別変更する”

 ”ついては、毎月5000万センドの補助金交付の停止、および税務上の特例の廃止と帝国軍による防衛の義務を放棄………(中略)”

 ”…………そのかわり、大幅な自治権を認めるものとする”

 ”…………へスラー帝国皇帝 ゲルト・へスラー”


 なるほど……その他にもいろいろ条文は書かれているが、要するにカイナー地方を帝国直轄領から、辺境の自治領に格下げするという事だ。


 ここ数十年このような措置を食らった領地は無かったから、クリストフの奴が皇帝陛下をそそのかしてこの勅令を出させたのだろう……。


 なんともマメな事だ……思わず呆れてしまうが、クリストフの権力はそこまで増大しているというのか……。



 ただ、この格下げは悪い事ばかりではない。


 まず、補助金の停止であるが、農作物の収穫量向上と、移住者の増大により税収は昨年の5倍に跳ね上がっており、毎月5000万センドの減収は痛くはあるが、致命傷ではない。


 さらに、”帝国軍による防衛の義務を放棄”の条文であるが、もともとカイナー地方には帝国軍は駐留しておらず、万一他国から侵攻された場合には、捨て石となることは確定的な場所である。


 それなのに、年間数千万センドの防衛負担金を請求されていたので、この点については得したといえる。


 さらに、”大幅な自治権を認める”と言う条文が素晴らしい……帝国本国の法律に縛られない自由な農地開発、経済活動、税制の見直し、防衛体制の構築が可能だ。


 ほぼ独立国になったのと変わらない状態に、私は逆に意欲が湧き上がってくるのを感じていた。



 みてろよ、このカイナー地方のポテンシャルを!


「フリード! 町長をはじめ、行政府のメンバーと、先日発足したカイナー産業ギルドの面々を集めてくれ!」

「さあ、忙しくなるぞ!」


「ふふふ、兄さん……燃えてますね! 僕も全力でお手伝いします!」


 私の意図を汲んでくれたフリードがにやりと笑う。


 切り捨てられたカイナー地方の反撃が始まろうとしていた。



 ***  ***


「農業生産の方は問題ないね……街で消費する分も、他の地方に販売する分も十分収穫できてる」


「領主様の”ダメージ床”シリーズのおかげでばっちりでさぁ!」


 農業部門の統括であるリンゴ農家のカルラ、キャベツ農家のセリオが順に報告する。


 ここは私の屋敷内に設置した大会議室。

 半独立地方となったこのカイナー地方を治めていくために、街の首脳陣が一堂に会していた。


「当面食料の方は問題なし……むしろ外貨を稼いでくれそうだな」


「次に、”防衛”の方はどうなっている、フリード?」


 私は、ダメージ床を使った防衛拠点の構築を行っていたフリードに確認する。


「はい、兄さん。 帝都から撤去され、僕たちが買い取った”ダメージ床零式”の設置は完了してます……旧ダメージ床整備局のメンバーが合流してくれたのが大きいですね」


「カイナー地方外縁部にくまなく設置したので、グレイトドラゴンでも侵入不可能かと」


「わらわも設置を手伝ったが……アレはやばいな! にはは! 100年前を思い出すぞ!」



 よし、こちらも問題なさそうだ。


 クリストフの奴が帝都とへスラーラインから撤去しやがった”零式”の部品をありがたく活用したというわけだ。


 これで、カイナー地方の防衛力は昔日の帝都以上になった。


「あとは……カイナー地方が自治領に格下げになる……住民たちへのケアを行おうと思う」


「私としては、減税を行いたいが……そのあたりはどうだ、町長?」


 インフラの整備も重要だが、肝心の住民をおろそかにしてはいけない。


 私は行政を一手に担当している町長に確認する。


「はいですじゃ。 今のところ住民に動揺の気配はありませぬが……減税と言うのはいい考えかと」

「ただ、減収分を埋めることを考えないといけませんが……」


 今後も移住者が増えることも想定し、インフラへの投資は続ける必要がある……町長はそこを気にしているようだ。


「増収策については、私に考えがある……」


「先日、キャンプ……サーラを”発掘”した時だな。 カイナー山脈で興味深い地層を発見した。

 エーテルの結晶が濃い部分がある……ミスリル銀の鉱脈があるかもしれん」


「なんと、あの伝説の金属でございますか!」


 村長が驚きの声を上げている。


 査問会などで後回しになっていたが、カイナー山脈の地層について、より詳細な調査をしたいと考えているところだ。


 もし、ミスリル銀の鉱山を発見できれば、莫大な収入が見込まれる。


 新生カイナー地方行政府の立ち上げが終わったら、調査隊を派遣するべきだろう。

 私はそう考えていたのだが。


「カール、みすりる銀か? わらわが取れる場所を知ってるぞ?」


「100年前、魔軍へみすりる銀の武器をていきょうしたのは、わらわだからな、にはは!」


「「はあっ!?」」


 サーラの申し出に思わず間抜けな声が漏れる。


 こんなお子様な姿でも、伝説のサラマンダーだということか……話が早くて助かる。


「よ、よし! さっそく来週にでも試験採掘に向かうか……アイナ、準備を頼む」


「はいっ! 難しいことは良く分かりませんが、力仕事なら任せてくださいっ!」


 私のそばに控え、会議の参加メンバーのお茶とお菓子を振舞ってくれていたアイナがふんすと力こぶを作る。


 ”ダメージ床”シリーズを使いこなすアイナとサーラがいれば、採掘も順調に進むだろう……。


 カイナー地方は、着々と最強地方への道を歩み始めていた。

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