三十三着目「響き渡るイチルの怒号 ~じゃぁはじめから聞くなよ~」

 赤く腫れる左頬をさすりつつ、時折、僕が急遽ビニール袋で作った水嚢で腫れを冷やす。

 まだ頬が腫れており、自由に口を動かすことがままならない様子の一縷さん。

「え~、ではこれから紅茶の講習を始めましゅ」


「クスッ」

 僕が元凶とはいえ、語尾の『しゅ』が思いがけず可愛くて、つい笑ってしまう。

 咄嗟の危険回避とはいえ本当に申し訳ない事をしてしまったと反省する半面、今までされたイタズラの仕返しが出来て『ざまぁ~www』とも思った(笑)


「……」

 席の隣では、こちらも涙で瞼を腫らしたリョーマ君が、俯いたままキョトンと座っている。

 彼は彼で、この静けさが逆に恐ろしいのよ……

(襲われたのは未遂だったじゃん。はやく、機嫌直してよ~)


「よろしくお願いしま~す(もう授業時間の半分以上も経ってるじゃん!バカ一縷!!)」

 先程の事はまるで無かったかのように、いつも通り振舞う僕に対して……


「ょろしくぉねがいしますぅ」

 メンタルをやられ、かぼそい声のリョーマ君(なんだろ、最近のギャルの文章を声に出して読むと、きっとこういう感じなんだろうな……)


「えー、では今日は実際に紅茶を淹れてみましょう」

 一縷さんが机の上に覆い被せられた布を『サッ』と引くと、そこにはまるで某3分間クッキングのように、ヤカンやクッキングヒーター、計り、ティーポットにティーカップ、そして茶葉がずらっと並んで用意されていた。

(あぶねー、こっちの方向に一縷さんを吹っ飛ばしてたら、今日の授業オジャンだったじゃん……)


「……」

 リョーマ君は、相変わらず戦意喪失の状態である。


「わーい♪」

 仕方がないので、僕が大根役者を買って出た。

(クソッ、これから一縷さんの一挙手一投足に“お神輿ワッショイ”しなきゃいけないのか……ツライツラ過ぎるぜっ。

 やってる事が、サラリーマン時代となんも変わらねー、むしろガタイの良いメンタルクソガキの一縷さんのご機嫌取りがリーマン時代よりめんどくさいぜ。

 リョーマ君は、僕と大嫌いな一縷さんの間を円滑に繋げる、ある意味潤滑油だったな~)


「今日は、せっかくなので、当家オリジナルのバトラーズブレンドティーを諸君らに振舞ってしんぜよう」


『パチンッ』

 格好をつけて、指を鳴らす一縷さん。


(ダセェ―、超絶ダサい。もうほんとムリ。関わりたくない……)と僕は思わずにはいられなかった。


「へ~、執事さん達の名前にちなんでいろいろあるんですね~」

“お神輿ワッショイ”“お神輿ワッショイ”


「フフッ、君も根っからの“ティーボーイ”だね。これらは、実際に使用人達が自らブレンドしてるのだよ」


『ぷぷっ』

 僕は、笑いを堪えられずにはいられなかった。

(なんだよ『ティーボーイ』って、いちいちパワーワードぶっこんで来ないでよ、こっちも笑いを耐えるのも大変なんだからwww)


「へ~、すご~い。執事さんってそんな事も出来るんだ~」

 僕は純粋に関心を示した。


「おい、夕太郎そんなに気になるなら、今日淹れるバトラーズブレンドティーお前が選んでもいいんだぞ」


「えっ、良いんですか!ヤッタ」

 僕は小さくガッツポーズをした。


「わー、『アパイシュナール』ってなんだろ無茶苦茶カッコイイ名前だな。あっ、これは久我さんのブレンドティー『ノブレスオブリージュ』これにしようかな~?あっでも、『フェアリーテイル』も気になる……」


「『イ・チ・ル・ノ・ノ・ゾ・ミ』なっ!!」

 室内に響き渡る一縷さんの怒号により、今日の紅茶は強引に一縷さん考案のオリジナルブレンドティー『一縷ノ望』になってしまった。


『じゃぁ初めから聞くなよ💢』

 僕は心の中で叫んだ。

(いっけね、“お神輿ワッショイ”するつもりが、魅力的な紅茶の数々に目を奪われすっかり忘れてしまった。クソガキ一縷マジむかつく!やっぱりこういう所、好きくない絶対一緒に仕事したくないタイプだわ……)


「わー『一縷ノ望(いちるののぞみ)』っていうのもあるんですね~」

 僕は気を取り直して、“お神輿ワッショイ”した。


「ちなみに、当家一番人気のバトラーズブレンドティーだ」

 誇らしげに語る一縷さん。


「へー、あっそ……」

 僕は、つい本音が漏れてしまった(おっとイカンイカン)


「そうなんですね!イチバンってスゴーイ、今日飲めるなんて凄いラッキー(あー、そろそろ限界かも、もう一回ビンタ出来るチャンスこねーかな……)」


『もう何なのコイツ!ホント無理無理無理コイツ無理っ!!!』

 僕は心の中で大絶叫した。

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