二十九着目「アフロお嬢様のご帰宅」

「おはようございます!朝礼を開始します!」

 壇上に立ち、朝礼を進行するのは一縷さんだ。


『おはようございます!』

 研修生の僕らも他の使用人達に交じって、朝礼に参加した。


 これから毎朝、朝礼にも参加するように言われたのだが、一つ気がかりだ。

 研修生には、使用人達のような制服が無い。

 その代わり、あのケサランパサランの格好をして、朝礼に参加しなければならないのだ。

 みんな、カッコイイ燕尾服やフロックコートを着てるのに、僕ら二人だけ、たんぽぽの綿毛みたいな恰好をしてる……一体、何の罰ゲームだろう???


 でも、あちらにいらっしゃるカッコ良い先輩方もかつては、ボロボロのキッチンコートとケサランパサランみたいなアフロの帽子を被って、朝礼に参加していた姿を想像すると、ちょっと笑ってしまう自分もいた。

 あと、なんかね……これからは、このアフロの格好のまま研修もやらなきゃいけないルールらしい……

 こんな、たんぽぽの綿毛のアフロ姿のフットマンが、「おかえりなさいませ、お嬢様」って……シュール過ぎて笑ってしまう。


 一縷さんが、真面目な話をしている中、僕は、勝手に妄想を膨らませてしまい、一人で笑いを堪えるのに必死だった。

 絶対に笑ってはいけない、真面目な雰囲気の場で、全然関係のない事を考え、一人の世界に入り込んでしまう時間程、楽しいものはないだろう。

 この気持ちを誰か分かってくれないだろうか?


「はっ!?(いかんいかん現世に戻らねば!)」

 妄想タイムを一縷さんや先輩方にバレるとヤバいので、ふと辺りを見渡すと、まだ燕尾服を着慣れていない(リボンタイが斜めにズレてる……)若いフットマンの姿があった。

 今日は、そんな彼の物語である。


 ――研修室

「彼は、近々フットマン採用試験を控えている八戸はちのへ君です。君達の直近の先輩にあたりますので、良い所をどんどん盗んでくださいね」

 朝礼が終わり、研修室に着くと、吉野さんから、先ほどの燕尾服の着慣れていない若いフットマンの紹介を受けた。


「お初にお目にかかります。私、八戸はちのへと申します」

 八戸さんは、茶髪でヒョロヒョロで、前髪が目の中に入りそうな、ちょっと陰気で大人しそうな印象を受けた。

(茶髪は、面接でダメッて言ってたのに……)


「お疲れ様です。よろしくお願いします」

 続いて、僕らもそれぞれ挨拶を済ました。


「では、早速ですが八戸君。 彼らをお嬢様役として、ご帰宅からご出発まで一連の流れを練習しましょう」


 という事で、僕とリョーマ君は、ふわふわの綿菓子みたいなアフロ帽子を被ったまま、お嬢様となった。

(何だろう……誰もこの光景をおかしいと思わないのだろうか?)


 このシュールな光景を冷静になって、考えれば考えるほど、僕は笑いを堪えるのに必死だった……


『ガラガラガラ~』

 研修室の扉が開いたら、練習スタートだ。

 僕の心配?!をよそにアフロお嬢様達のご帰宅が始まった。

(よく考えたら、練習とはいえ、初帰宅だわっ、どんな事するんだろう??)


「お帰りなさいませ、お嬢様……」

 吉野執事が方を出迎えた。


(おお、相変わらず、吉野さんの執事は、雰囲気がダンチだぜっ……おっといけねっ、今はお嬢様だった……)


「おほっ、オホホほ……」

 僕は、何か返答しなければと思い、お嬢様っぽい笑い方をしてみたが……


「バカッ!そういうのいらないんだってばっ」

 普通に、リョーマ君にツッコまれてしまった……


「ゴホンっ……それでは、本日お嬢様方のお世話を仰せつかる担当フットマンをご紹介致します」

 咳払いをし、吉野執事がフットマンを紹介する。


「私、八戸と申します。よろしくお願いします」

(あれ……イマイチ、パッとしないな~。でも、一縷さんと比べちゃダメか……)


 こうして、練習は進んでいったのだが、八戸さんのお給仕は、僕が受けた第一印象のまま変わらず、終始微妙だった。

(あ~、これが本当にお屋敷の初帰宅だったら、夕太郎お嬢様は、もうご帰宅しないかも……三段ティースタンドお皿替える時、メチャクチャ手震えてたしな)


「それでは、お嬢様方、ご出発のお時間でございます。この後のご予定は、でございます」

(あっ!じゃないバージョン初めて聞いたっ!)


「お気を付けて、いってらっしゃいませ」


 こうして、僕の初帰宅は終わった。

 正直、八戸フットマンの自信なさ気な、たどたどしい動きに残念な気持ちの方が強かった……

(ワタシのをカエシテ……)


「はい~、お疲れ様です。 八戸君のお給仕の良かった所をそれぞれ教えてください」

(え~、無いよ~)


「メニューの説明も流れるようで、動作も堂々とされてました」

 どうやら、リョーマ君はそう感じたらしい。僕は全く逆の印象だ。

(コイツ、嘘つきやな……)


「リョーマ君、トレビアン!よく観てくださっていますね。では、夕太郎君は、八戸君に何か良い点などはありますか?」

(え~、まー正直に言ったら可哀想だし……)


「う~んと、紅茶とかメニューとか、いろいろ覚えててスゴいなっ☆て思いました(姿で言うような事じゃないんですけどね……)」

(もうね、この時ばかりは、お嬢様になりきって、お嬢様の言いそうなセリフを言いましたよ……)


「そうですね。一つ一つを確実に覚え披露していくことも大切ですね」

(あ~、やっぱ微妙な感想でしたか、トレビアンくれないのね……)


 多分、吉野執事も僕もヘンにバカ正直なトコあって、上手な嘘が付けないだろうなきっと……


 こうして、本日の研修は終えたのだが、この後、起きる事件は、まさに青天の霹靂だった。


 フットマン採用試験まで、あと25日

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