二十四着目「リョーマ君の淡い期待と現実。そして、僕らの決意」

 洗い場に向かう途中、しばらく押し黙っていたリョーマ君が、おもむろに口を開いた。


「俺……中卒なんスよ……」

 あら、リョーマ君が珍しく敬語、急にどうした?……。


「親は、シングルマザーで、少しでも家計を支えようと、初めは新聞配達とかしてたんス……

 でも、俺も年頃じゃないっスか?オシャレしたり、遊んだりしたいじゃないっスか?」


「うん、確かにそうだね~」

 あれっ?この話長くなりそう?あんまり遅くなると、こわ~い“シツジ”さん達に怒られちゃうよ?……。


「だから、転職したんス。携帯販売員に、給料も良くて、中卒でも入れたんで……」


「うん……」

 え~い、乗りかかった舟だ!最後まで聴くしかない!


「その時の女店長が、ロビンズエッグブルーが好きで……」


 ――リョーマ君の話によると、女性の店長と一緒にご帰宅したのがきっかけで、ロビンスエッグブルーにご帰宅するようになったそうだ。

 そして、ご帰宅する時は、いつも女性店長と一緒だったらしい。

 その女性店長の推しフットマンが、「一縷いちるさん」で、リョーマ君も同担(お気に入りが被る事)になったという。

 でも、ある日突然、女性店長が結婚を機に寿退社してしまい、それから女性店長とは連絡が取れなくなってしまったという。

 その後、中卒のリョーマ君は、職場で学歴差別を受け、いじめに遭ってしまい、居ずらくなったので、退職をして今に至る……という話だ。


「なるほど~」

 僕は、考えを巡らせ、推理した。 僕だって、古畑やコナン君が好きだ。金田一は、文字が多くて、断念したけれども……。


「要するに、リョーマ君は、その女性店長さんが大好きで、お屋敷のフットマンになって、女性店長さんにもう一度逢いたいって事?」


「だっ!大好きなんて、一言も言ってないだろ!!」


「ばっバカ、声が大きいよ……」


「ごめん、だって、夕太郎君が急に変な事、言いだすから……」


「じゃぁ、嫌いなの?」


「そっ、そんなわけないだろ!!」


「ばっ、だから声大きいって……」


「だって、さっきから変な事ばかり言うから……」


「じゃぁさ、誤魔化してないで、さっさとゲロれよ。 

 こっちだって時間がないんですよ!いつ鬼のような“シツジ”さん達がやって来るかわからないんですからね!」


「好きだよ。大好きに決まってんだろ!初恋なんだ……。

 向こうは、年上だから、俺の事なんて男として見てないのも分かってた。

 彼氏がいて、結婚する事も知ってた……。

 結婚したら、好きじゃなくなると思ってた。離れたら忘れられると思ってた……」


「でも、時が経つ程、思いは募ると……」


『……コクン』

 静かに頷くリョーマ君。


「常連さんだったんでしょ?一縷さんに今も帰宅してるか聞いてみたら?」


「バカ!そんな事バレたら、俺がクビになるだろ!」


「うむ、確かに研修生としては、印象が悪いかも……」


 お屋敷には、鉄の掟がある。

 元々、知り合いのお嬢様は、担当になれない。他のフットマンに代役してもらうのだ。

 ちなみに、お嬢様と使用人が、仲良くなって、プライベートで個別に会うのも、禁止だ。


「っで、フットマンになって、もしかしたら……という、淡い期待を抱いてるわけね?」


「頼む!誰にも言わないでくれ!」


「意外と、ロマンチックなんだね(笑)」


「ふざけてないで、ちゃんと答えてくれよっ!」


「はいはい、“シッ”でございますね」

 僕は、吉野執事のマネをして、人差し指を唇の前に持ってきて“シッ”のポーズをした。

 やった、さっそく使えた!……。


「ふ~ん。それで、フットマンは、一人しか成れないって聞いて、ショック受けてたんだ~」


「うん……。一カ月も頑張って、もし俺が落ちたら、もうあの人に逢えないんだ。。。そう思ったら、頭の中真っ白で、しばらく何も考えられなくて……」


「そっ……」

 僕の胸中は、いろいろ複雑で、気の利いた一言も言えなかった。


 本当に落ち込んでいる時、場当たり的な励ましの言葉は、余計にリョーマ君を傷つけてしまったり、不快な気分にさせてしまうと思ったからだ。


 僕も当時、あみちゃんに言われた励ましの言葉を、すんなりと受け取ることは出来なかった。

 本当に落ち込んだり、悩んでいる人に対して、その感情とは真逆の言葉掛けをするのは、負の感情と正の感情がぶつかり合い、返って葛藤を生み出してしまう。

 非常にリスクが高い事を身をもって知っている。


 そして、もう一つ。別の事を考えていた……。


 リョーマ君は、ライバルだ。言ってしまえば、敵だ。

 敵が目の前で、弱っている。それを助けるメリットが僕にはない。


 吉野執事は、“時に仲間”と言っていたが、必ずどちらかが落ちると知った今、仲間と言う気持ちは、薄れてしまっている。

 手っ取り早く、敵を排除してしまった方が、後々、楽なんじゃないかと思ってしまっている。


 そんな、ゲスい事を僕は考えている……。


 こんなことを、考えていると、知ってか知らずかリョーマ君が話しかけて来た。

「ねー、夕太郎君。もし、俺が今、やっぱり辞めますって言ったら嬉しい?」


「あー、嬉しいねー」

 僕は、感情を込めず、棒読みで答えた。


 今まさに、ゲスい事を考えていた真っ只中だけに、せめて、その罪悪感を打ち消したくて、正直に答えた。


「リョーマ君は?もし、僕が辞退するって言ったら嬉しい?」


 しばらく、沈黙が続く


「……、嬉しいに決まってるだろ。それで、あの人に逢えるかもしれないんだから……」


「ふ~ん」

 僕は相槌を打った。


 また、しばらく沈黙が続いた。


 ――僕が会話の口火を切った。


「普段だったらね、誰かの喜ぶ顔が見たいから、こういう時、真っ先に譲るタイプなんだよね。僕……。

 でもね、今回は、リョーマ君の喜ぶ顔、見たくないんだ」


「一緒だ……。実は、俺も夕太郎君の喜ぶ顔、見たくない」


「そっ、始めてお互い気が合ったね」

 僕は、淡々とリョーマ君の言葉に答えた。


「うん」

 頷くリョーマ君。


「リョーマ君、胸の奥につかえてた言葉言えて、少しはスッキリした?」


「うん、感謝してる」


「いいよ、そんなの。どうせ、敵だし……」


「うん、そうだね」


「じゃっ、お互いやる事は、決まりのようだね」

 僕は、決意を改め、リョーマ君に声を掛けた。


「うん、頑張るしかないね」

 それに、答えるリョーマ君。


 こうして、二人は、先ほどとは打って変わって、しっかりとした足取りで洗い場へと向かって行くのだった……

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