第2話:わたしが駆け出しだった頃

××××年××月××日 23:15


消防士というのは「あたり」「はずれ」があり

奴は着任当日から

このとは遺体のこと

出番毎に死亡事故現場に向かうこともザラ

はずれの人は

四十年以上勤務しても一度もことなく退職する人もいる


私はもうじき勤続二十年ほどになるが

あたりすぎるわけではないが

はずれだけを引くこともない

ごく普通の消防士


そんな私が消防士になって二年目

とある地区で火事が発生した

通報を受けたわたしたちは現場に急行した

火災現場は郊外小さな平屋建ての貸家だった

火はすぐに消し止められたが


現場は凄惨だった


室内が血まみれで

包丁が突き立てられたお一人のご遺体

カーテンレールには首を吊りロープ


カーテンレールは壁から外れていなかったので

首を通さなかったらしい

ロープは煤で黒ずんではいたが

血が付いてはいなかったので

もう一人いるのかもしれないと

隈無く室内を捜したが

それらしい人物は発見できなかった


それから火が残っていないかを確認するために

クローゼットの中などを確認した

室内には男物の着衣が複数あった

小さな飾り棚に載っていた写真立てに

その男性らしき人物と

この場で苦悶の表情を浮かべて

息絶えている女性らしき人物が二人並んで写った

写真がおさめられていた




本来なら仮名にするべきだが

この記事を読んでいる人に

手がかりを残すのが目的なので

ご遺体をイチコさんとする


(以下人物の敬称略)


ご遺体はあの平屋を借りていたイチコだった

イチコは独身だが

既婚男性ユクオと不倫関係にあり

ついに妊娠した

ユクオは堕胎を頼んだがイチコは拒み

さらに自分と結婚するよう迫ったのではないか?言われている


死人に口なしだが

生前イチコは

職場で「そろそろ結婚する」と言っていたと

元同僚だったか

出入り業者だったか

そういう立場の人間が言っていたと聞く



イチコの不倫相手ユクオは既婚だが

妻の苗字を継ぐのが結婚の条件

世間で言うところの娘婿だった


イクオは地元の優良企業の出世ルートに乗っていたが

それらは義理の両親のおかげ

不倫がばれ妻と離婚することになれば

それらを全て失うことは分かっていた


ユクオはイチコを殺害した


殺害が激昂してのことなのか

冷静な計画のもとなのかは分からない


この事件はいわゆる「最悪」な終わり方をした


イチコが自宅で殺害された翌日の正午過ぎ

寂れたコインパーキングに駐車している車の中で

血まみれで倒れている人がいると119番通報があった


それがユクオだった

ユクオの死により殺害動機や方法など詳しいことは明らかにされてはいない


もっともゲームや物語ではないので

生きていたところで

明らかになったかどうかは分からない


就職先まで妻の両親に用意してもらっていたユクオ

ユクオは他にもいろいろな物を妻の両親から与えられていた


その一つがユクオがこだわった書斎のある注文住宅

完成したのは今から十五年ほど前だったと聞いている

ユクオはこの家が気に入っており


イチコと会った日でも泊まることなく

自宅に帰ってきていたほどだった


そこまで気に入っているのならば

不倫などせず

仕事が終わってすぐに帰宅をすればと思うが


ユクオの考えは分からないが

とにかく彼は新居を気に入っていて

必ず帰ってきたそうだ


このユクオのこだわりが詰まった家だが

土地建物の名義は妻の両親

聞けば建築費も妻の両親持ち


妻の両親はユクオのことを信用しておらず

一切の財産を娘である妻に与えなかった

先々のことを考えて

養子縁組もしなかった

離婚になった場合

ユクオに一銭も渡さないという気持ちからだと


介護付高級老人ホームに入所している老人によくある独り言だと聞く


家の話だが

夫が不倫の末

妊娠した不倫相手の腹部を滅多刺しにし

首をロープで締め

瀕死の状態の不倫相手にアロマオイルをかけ(ほぼ無意味だが)

火を付け逃走した男の自宅ともなれば

家族には住みづらい


さいわい妻の両親は裕福だったので

子どもたちと共に逃げるように引っ越した


重ねて言うが土地建物の名義は妻の両親

妻はユクオの死後すぐに婚姻終了届を出し他人に戻った


土地建物はユクオとは縁もゆかりもない


ユクオ自慢の自宅での事件ではないので

事故物件サイトに掲載されることはない

おそらく不動産業者に告知義務はないと思われる


法律サイトで調べてみたが

六年以上経てば告知義務はないと書かれていた


ユクオとイチコの無理心中として片付けられた事件から十五年

さまざまな火災現場や事故現場へと出向き

わたしはそんな事件があったことなどすっかり忘れていた


通報を受けて現場に向かったが

怪我人がいなくなっていることなど

わたしたち消防隊員には珍しいことではない


善意で通報してくださった市民の方が

迷惑を掛けたと恐縮するのも慣れたもの

だが恐縮させたままというわけにはいかないので

通報してくださった方の話をじっくりと聞く


今回通報して下さった方は

血まみれの男がインターフォンを鳴らしたので

録画されているから見てくれと


それで満足していただけるのであればという思いと

もしかしたら本当にいて

どこかをまだ彷徨い歩いているかもしれないと考え

その映像を見させてもらった



たしかに血まみれの男性は映っていた

その男性の消え方が明らかに人間ではないことも


十三年前○○月○○日

郊外の平屋の火災現場の写真立てに飾られていた

被害者と一緒に写っていた男性とよく似ていた


十三年前○○月○○日

コインパーキングで自殺した男性ともよく似ていた


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