第3節

「え? ジャンプですか」

『そうです。なにか問題でも?』

 アゲダシドウフと呼ばれた男は、自身の腹回りをさすりながら呟いた。

「あの、私、ジャンプには本当に不適切な身体をしてまして」

『あなたのワガママボディは把握した上で言ってます』

「そうですか」

『はい。八村塁になったつもりで、どうぞ』

 アゲダシドウフは躊躇いがちに膝を曲げた。その姿はバスケットボールプレイヤーというよりは力士といったほうが近いが、しかし、大腿筋に力を入れた瞬間、彼の視界から建物が消えていた。いや、正確には視界の下方にあった。

 気がつけば彼は、ほとんどの雑居ビルを見下ろしていた。七階建のカラオケボックスの屋上でタバコをふかしていた従業員が、ぽかんと口を開けたまま彼を見上げている。

『いまのジャンプ高は33mジャストです。いい景色でしょう』

「え? え?」

 状況を飲み込めないまま、彼は落下に転じた。引力に身を委ねる恐怖にとらわれたのも、わずか数秒のことだった。なんの衝撃も感じないまま着地した彼は、あまりのスムーズさにかえってバランスを崩し、丸い背中でアスファルトに転がった。

「だ、大丈夫ですか?」

 駆け寄ったのはトリカワポンズだった。ナンコツは空を見上げたまま呆然としている。

「わ、わたし、飛びました?」

「飛びました飛びました。八村塁どころか坂上二郎くらい飛びましたよ」

 アゲダシドウフはトリカワポンズに支えられて、なんとか上体を起こしたが、まだ尻餅はついたままだ。

『それがスーツの性能です。皆さんの身体能力を数十倍に高めます。防寒・防暑・防弾も完璧です。もちろん戦闘中の物理的ダメージも吸収します』

「戦闘中の?」

『ええ。思う存分戦ってください』

「えと。質問いいですか?」

『なんでしょう。ナンコツ』

「あの、なにと戦えば良いのでしょうか」

『それも実戦で学べばいいでしょう。実はもうその界隈にいるはずなのですが、街の様子に変化はありませんか』

「変化はあるといえば、ありますね」

『ほう。どのような?』

「道ゆく人たちが皆、わたしたちのファッションを面白がっています」

『なるほど』

「さきほどから『逃走中』のロケじゃないかという声が圧倒的です」

『ふむ。ナンコツのその観察眼。いいですね』

「いいですか」

『実にいいです。その観察眼で、人の流れを見てください。日常とは異なる行動をとっている人がいるはずです』

 ナンコツは周囲を見回した。


つづく

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