四章 第十一話



 ラビリンスの出口がある宇宙。そこから順に数えて三番目。第三迷宮隔離領域にタイタン四機が転送された。

 ハガネのウォルフ。ハッターのグラス。フラムのガラゼラ。そして最後に、ビーハイヴの乗り込むゼグヴェルが。


 ゲートウェイの前にたった四機のタイタンが並びネストを見つめる。

 ハガネが知るどんな惑星よりも巨大に見える金属の球体。正確には金属の板により覆われた球体のようである。白金色の板は滑らかで、砲台や建物は見られない。しかし周辺の宇宙には、無数のファントム達が浮いて居た。


 タイタンやヘヴィに似た大きさの、人型兵器にも見えるファントム。ハガネ達の世界が生んだのだ。外見は似て然るべきだろう。


「大群だ」

「怖じ気づいたのかしら?」

「見たままを言っただけだ。他意は無い」


 ビーハイヴがフラムにそう答えた。

 ハガネにはそれが本意だと分かる。

 彼は嘘が苦手なタイプなのだ。無論警戒はしているだろうが。


 ファントム達は微動だにもしない。ハガネ達を待ち受けているように。


「勝てるでしょうか?」

「それはわからない。ワタシは、常に最善を尽くす」


 ハガネはミウに率直に答えた。

 負ける気で戦う者など居ない。だが敗者はいる。それが戦いだ。


「ハガネ様には私達がいます。必ず勝ち戦にして見せます」

「アイリスも」

「あ、ずるい。私も!」


 レフィエラにアイリス、ミウも続く。

 ハガネは彼女達に思ったが、上手く言葉には纏まらなかった。


 と、ハガネ達が話していると──ビーハイヴのゼグヴェルが前に出る。


「ワタシが道を開く。着いてこい。ゴミ掃除はワタシの領分だ」

「ゴミ捨てもね」

「否定は止めておく。とにかく羽虫共は叩き落とす」


 フランベルジュにビーハイヴが答え、ゼグヴェルの砲門に火が灯る。

 今のゼグヴェルは全身が銃だ。それを敵機に向けて解き放つ。機関銃や対空砲の群をいくら揃えても敵わぬ砲撃。圧倒的な数の弾幕が、敵ファントム達を貫いて行く。


 一方、ファントム達もただ座して死を待つようなことは有り得ない。手に持ったライフルやキャノン砲、バズーカなどを撃って返してくる。


「進むぞ」


 だがビーハイヴは言った。

 彼のフィールドは非常に強固だ。敵機のビームを受け止め打ち消す。そのフィールドが大きく広がって、残り三機のタイタンをも包む。


 その状態でタイタンの四機は一直線にネストへと進んだ。ネストは距離感を狂わすほどの恐ろしい巨大さを持っている。そのため直ぐには辿り着かないが、ビーハイヴは怯むことすらもない。


 だが、ハッターのタイタングラスが──


「ハッターキック!」


 ゼグヴェルを蹴った。

 回し蹴りのような横蹴りである。ゼグヴェルは対処出来ずに吹き飛ぶ。

 もっともこれはビーハイヴのためだ。やらなければ直撃を受けていた。ゼグヴェルのフィールドを貫通する、射撃を行ってきた敵が居る。


「そしてキックトゥー!」


 グラスはハガネが気が付くと、その敵に蹴りを叩き込んでいた。

 ネストの前に陣取っていた敵。タイタンに似た人型のファントム。その位置まで一瞬で突撃し、蹴りをファントムの腹部に見舞った。


 蹴った瞬間も動きの軌跡もハガネには見る事は出来なかった。しかし事実ファントムはネストへと、足裏で貼り付けにされている。


「フィールドは物質とは非なるモノ。光よりも速く拡大できる。そしてフィールドで空間を歪め、高速を越える蹴りを繰り出した」


 ファントムの前に蹴られたゼグヴェル。その中の、ビーハイヴが言った。

 無論、その言葉には意味がある。


「ヒャッハー! こいつはオレが相手する! 大将達はネストに突入だ!」


 マッドハッターの言葉を待たずに、ビーハイヴは動きを始めていた。


「突っ込むぞ」


 ビーハイヴのフィールドがハッターのフィールドが付けた道に入り込む。

 後はハッターが行ったように、移動距離を短縮すれば良い。


 あっという間に三機のタイタンがネストの表面へと到達した。そして穴を開け内部へと進む。迷い止まることなど許されない。


「マッドハッター。無事でいてほしい」

「ヒャッハー任せろ! 十八番ってやつだ!」


 ハッターの言葉を聞くと同時に、三機はネストの内部へと消えた。



 ハガネ達がネストに入った頃──最終防衛ラインには、タイタンが隊列を組んでいた。数百という規模で並べられたタイタンは壮観と言うほかない。操縦者もウォッチャーの弟子達を中心とした精鋭の精鋭。

 ゲンブと恐れし者に率いられ、決戦のその時を待っている。


「いやー。ぶっちゃけ、暇でござるなー」

「嵐の前の静けさと言うのか?」

「はっはっは。ぶっちゃけて言うのなら、嵐が起きると困るでござるが」


 しかしゲンブは笑いながら言った。

 もし彼が機械人で無かったら瞳は笑っていなかったはずだ。


「では、オソモノ殿にクイズでござる。敵がウォッチャー殿であったとして、これで倒せると思うでござるか?」

「不可能だ。彼は底が知れぬ者。時間稼ぎすら容易には出来ん」


 恐れし者も返してはっとした。


「なるほど。ここに敵が来るのなら、彼等が敗れ去ったと言う事か」

「正解にござる。ここだけの話、ハッター殿の受け売りでござるが」


 ゲンブは目を細めるように言った。


「ここにネストが現れた場合は逃げても構わないだそうでござる」

「その場合世界は終わるのだろう?」

「然り。故に我らは暇にござる」


 世界はそうして何度も滅んだ。二人はその事実を知っていた。



 ネストの外壁。マッドハッターのグラスがファントムを踏みつけていた。正確には蹴りを放ったままで、押しつけているというのが正しい。

 だがハガネ達がネストに消えると、ファントムはにわかに攻撃をした。


 形作られた八つの銃器がグラスに向けて連続で発砲。グラスのフィールドは全て止めたが、その直後に足をどかして下がる。

 そうして二機は遂に相対した。生み出した者と生み出された者。


 カラクサの乗るファントムはどこか、グラスのデザインと似通っていた。装甲は兵器然として、平らな面が多くはあるのだが。ボディのバランスや顔の造形、纏う空気から同じだとわかる。コクピットなど内部の構造も、驚く程に類似した存在。


 周囲に浮かぶ無数のファントムは彼等を攻撃することはしない。観客の如くに見守っている。或いは恐れ、動けないだけか。


「何故彼等を行かせた? 俺相手に、一人で十分だと言う事か?」


 暫く静寂が支配した後、やがてカラクサがハッターに聞いた。


「ヒャッハー愚問だな!? ホントにオレか!? オレがオレに答えなきゃダメなのか!?」


 ハッターは彼に対しそう返す。

 二人はあるときまで一つだった。


「そうだな。その通りだ。俺は俺を、ここで消し去るために存在する」

「ヒャッハー最高だろ!? オレとオレの、オレによるオレのための殺し合い!」


 カラクサもマッドハッターも、惹かれ合いこの場所に集束した。

 衝突を避ける術は無い。衝突を避ける気も毛頭無い。


 無数のファントムが焔となってカラクサのタイタンに吸い込まれる。マッドハッターのタイタン・グラスに、フィールドが戻り高密度となる。


「始めよう。俺の光だったモノ」

「始めるぜ! オレの反吐みたいなヤツ!」


 二機は全く同時に腕を組み、そして攻撃を開始した。

 まずは──カラクサのタイタンだ。彼は宙に浮かべたライフルを、瞬く間に何十にも増やした。当然、増やすだけには飽き足らず、グラスに向けてそれを乱射する。

 回避運動を繰り返しながら放たれ来る無数のエネルギー。それに加え、刃の着いたモノが直接グラスに向けて飛んでくる。


 しかし、グラスは無傷であった。

 銃撃はフィールドで全て防ぎ、刃は蹴りで迎撃して砕く。未だグラスとそしてハッターは、腕を組んだままで解いてはいない。


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄! ヒャッハー! 漢なら拳で語れ!」


 そして、ハッターの攻めが始まる。

 彼が言う“拳”が転送されて、グラスの周囲から飛び出してくる。これは拳の形をしたビット。大きさは大小様々にある。それらが自由自在に飛び回り、カラクサのビットを破壊して行く。


「これは……ぐあ!?」


 その暴虐はカラクサのタイタン、本体にまでも直ぐに向けられた。

 タイタン並みの巨大さを有したビットが、彼のタイタンを拳打。ネストの外壁まで飛ばされて、カラクサのタイタンが激突する。そこに小さなビットが群がって、拳の嵐をカラクサに見舞う。


「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」


 途中で逃れネストの外壁を滑る様に回避をするタイタン。拳の嵐はネスト外壁を砕きながらその後を追いかける。


 だがカラクサもまだ逆転の手を、その心の内には秘めていた。彼は力を極限まで溜めて、手元にライフルを──造り出した。

 その照準をグラスの胸に向け、最大の一撃を発射する。


 グラスの姿は巨大な光の中に呑み込まれて、見えなくなった。


「有り得ない」


 しかしカラクサは言った。

 光が消えた後にハッターの、タイタン・グラスが姿を現す。確実に直撃を受けたはずが腕を組んだまま動いてもいない。


「お前は、本当に、俺なのか?」

「ヒャッハーそうだ! オレはお前だった!」


 マッドハッターはこの力の差を、こめかみを指で突き説明する。


「だがオレはお前が寝ている間! ヒャッハーな鍛錬を行った! 機械だから血は滲まねーけどな!? そんな感じの鍛錬をいつもだ!」


 納得できるような物では無い。しかし彼は真実を言っている。


「狂っている」

「そしてそれがグッド!」

「正気ではない」

「それが愛だからだ!」


 ここまででも驚くべき事だが、ハッターは更に困惑を招く。拳のビットをグラスへと戻し、転送して格納庫へと送る。

 そして組んだグラスの腕を解き、両手を広げて無防備になった。


「ヒャッハーさあ! ここからが本番だ! お前はオレの元で自爆しろぉ!」


 常人には意味不明な事だが、ハッターは考えを持っていた。


「ファントムは破壊の意思を持つ者! その究極がヒャッハーな自爆だ! どうせオレにやられるくらいなら!? 最後くらい本気で派手に散れ!」


 マッドハッターは楽しげに言うと、急にウォッチャーの言葉に変わった。


「次殻は幾度も幾度も滅びた。全力を尽くし続けていてもだ。オレ達はファントムを消す以上に、ファントムを知る必要性がある」

「それで、俺に自爆を行えと?」

「どのみちそれ以外に術は無い」


 マッドハッターの言葉は真理だ。事実、カラクサに選択肢は無い。

 カラクサは話をしている間、如何すれば勝てるか考えていた。しかし答は出ない。当然だ。勝ち筋がない事は解っている。


 もしここで突撃をかけなければ、為す術も無く敗北するだろう。そう確信できるほど差が有った。同じ物から別れたと言うのに。


「ヒャッハー! さあ! オレを楽しませろ!」


 マッドハッターに戻ったハッター。それを見てカラクサは意を決した。

 カラクサのタイタンが腕を開き、グラスに突進して組み付いた。そしてファントムの力が暴走。二機が光の中へと消えて行く。


 しかしカラクサに恐怖は無かった。本人にも意外な事だったが。

 有ったのは直人との思い出と、先に消える事への罪の意識。それすら強大な力に呑まれ、ほどけて無の領域に立ち入った。

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