四章 第十話



 闇の中にある純白の舞台。その上をライトが次々照らす。

 凝った演出で現れたのは、ウォッチャーであるマッドハッターだ。彼はドクロの着いた杖を回し、それを掲げて強く宣言した。


「突然だが明日! オレ達は! ラビリンス攻略戦を行う!」


 驚きの爆弾発言である。彼の場合いつもの事であるが。


「昨日試験を終えたばっかりでーオレも悪いとは思うんだけどー。いやーまーなんつーかー。ラビリンスがもう限界みたいなー」


 今度は気だるげに彼は語った。


「ぶっちゃけファントムはゴール寸前! ヒャッハー超ピンチな状況だ! まあ前から知ってたことだけど!? 奴らをぶち殺す時ってワケだ!」


 いつも通り情緒は不安定だ。内心は、理性的だとしても。


「つーワケで今日は英気を養え! 最後の晩餐的なヤツ!?」


 言うと彼を照らすライトが消えて、再点灯でサボテンが出て来た。




 戦いが終われば宴を開く。戦いの前にも宴を開く。

 ハガネ達はハッターの指示により、小さなパーティーを催していた。ミウとアイリスがリビングを、即席で飾り付けしただけだが。それでも旨そうな料理はあるし、パーティーである事には違いない。

 機械人は食事は取れないが、雰囲気は非常に重要である。


「待つでござるー。ビーハイヴー」

「そのピンクのペンキを置いたらだー」


 事実、ゲンブがビーハイヴを追ってペンキの付いた刷毛を振り回す。

 ゲンブはビーハイヴに賭けたらしく、キレて彼を塗ろうとしているのだ。ハッターからのお仕置きでもあるが、彼が黙って塗らせるはずもない。もっとも結局二人共、吹き飛んでピンク色にまみれたが。


「無礼講と言っても騒ぎすぎよ。床や服がペンキで汚れるわ」


 やったのはフランベルジュであった。正確には、彼女の魔法である。二人は人型液体金属“ペクマ”によってぶっ飛ばされたのだ。ついでにその付近に立っていた、恐れし者も殴り飛ばされた。


 このようにハッターの関係者はパーティーを楽しんでいるようだ。

 一方ハガネの方はと言えば──ソファで静かに思考をしていた。もっともハガネの左右に座った、女性陣はそうでもないようだが。


 ミウと、アイリスと、そしてレフィエラ。三人はどこかピリピリしていた。まるで真剣を持った達人が、三人牽制し合うが如くに。

 果たして誰が最初に斬り込むか。迂闊に動けば致命傷となる。


 そこでハガネはすっくと立ち上がり──


「話したいことがあるのだが……ハッター。少しだけ、良いだろうか?」


 ハガネはマッドハッターへと言った。


「ヒャッハー良いぜ! レッツパーリーだ!」


 パーティーとは関係ないのだが、了承されたのだから良いだろう。ハガネはスキップするハッターと、一旦リビングから出て行った。

 そしてぽかんとする三人を見て、フランベルジュがくすくすと笑った。



 金属がむき出しの床や壁。必要最低限のインテリア。ハガネの部屋はセプティカに喚ばれて以来、なにも変わっていなかった。ポイントを大量に稼いでも、豪邸に引っ越しをした後でも。


「ヒャッハー大将! いきなりどうした!? もしかして愛の告白か!?」


 ハガネがそこにハッターを招くと、彼は壁に背をもたれて言った。


「ワタシは君に聞きたいことがある」

「スリーサイズか!?」

「ファントムについて」


 無論、愛の告白などではない。スリーサイズも特に興味は無い。

 ハガネは静かにハッターへと問う。一番の懸案事項について。


「君なら知っているかもしれないが、ワタシのファントムがワタシに聞いた。何故ワタシが存在を選んだか。その答が未だに、見出せない」


 ハガネとマッドハッターの二人は同じ世界、同じ時に生まれた。そして同じ敵と戦っている。しかし彼には迷いは見られない。

 その理由をハガネは知りたかった。自分と彼で何が違うのかを。


「ヒャッハーそいつは当然だ! オレも答なんて知らねーからな!」


 だが彼は完全に言い切った。


「しかし愛は全てを受け入れる! 受け入れて進むのが愛だからだ!」


 そして、愛について語り出した。ハガネの理解の難しい物を。


「ゲンブから聞いた事がある。君は愛を大切にしていると」

「ヒャッハー! その通りだ! 愛は良いぞ! 愛は何の役にもたたねーし!?」


 マッドハッターは目から光線を放ちながら、ビシッと指を指した。

 一方、ハガネは腕を組み、頭を傾けて思考に入る。

 ハッターの話は難解なのだ。それはハッター自身も知っていた。


「暴力は容易く屈服させる! 富は容易く人を絡め取る! しかし愛は別になんにもしねえ! 強いて言えばほっこりさせるだけだ!」


 それでもまだハガネには難解だ。恐らく“愛は人を傷付けない”──と、言いたいのだとは思うのだが。一方で彼の言うとおり、愛は問題を解決はしない。


「愛がファントムを倒す事はない」

「ヒャッハーそうだ! マジ役にたたねえ! だが可能性はあるかもしれねえ! 世界を作り替えっちまうような!? でなけりゃオレが世界を滅ぼすね! どうせ残しとく価値もねえからな!」


 ハガネはそれを聞いてぞっとした。

 彼は恐らく本気で言っている。世界を壊す力も持っている。冗談でもなくはったりでもない。ただ事実として彼は言っている。


 そんな彼は急にトーンを変えた。ハッターからウォッチャーの言葉へと。


「オレは敵を撃ち抜いて殺す度、どこか安心感を覚えていた。オレはそんな自分が嫌いだった。しかし死ぬまでそれを続けていた」

「ワタシも、平穏を求めていた」

「みなそうだ。そして、人を傷付ける。このルールから逃れる術は無い」

「君でも、か?」

「オレでも、だ」


 彼はとても、悲しそうだった。

 少なくともハガネにはそう見えた。


「ヒャッハー大将! 好きにしろ! つーか好きにしかできねーんだけど!?」


 マッドハッターはそう言って、ハガネの部屋から普通に去った。

 残されたハガネはまだ五里霧中。再び思考にふけることにした。



 タイタンの全長は百メートル。低くともそれ位は下らない。よってタイタンを整備する場所は、恐ろしい広さが必要となる。特に複数のタイタンを、同時に整備する格納庫なら。

 そこに集まったハガネ達、十人は緊張を纏っていた。

 ハガネと同じ家で暮らしている九人に加えメカニックが一人。ツナギを着た女性、カナヅチである。彼女は九人の前に立っていた。


 これは出撃前のブリーフィング。無情にも夜は明けその時が来た。ハガネの答はまだ出ていないが、既にタイムアップに他ならない。

 そのハガネ達にカナヅチが告げる。彼女はそのために今日ここに居た。


「全員良いな? アタシがあんたらに各自の装備と役目を伝える。並んだ順に説明をするから、真面目に集中して聞くように」


 カナヅチは言って移動した。一人目の人物の目の前に。

 彼は甲虫の様な装甲を纏った、黒色の機械人。


「で、あー……マッドハッター、だよな?」

「ヒャッハーその通りだ! ダサいだろ!?」

「いいや。でも威圧感はすごいな」


 マッドハッターはウォッチャー仕様のボディに入れ替わってこの場に来た。

 性能的な理由からだろうか? ハガネには見当も付きはしない。


「とにかく、アンタから説明するよ。まあホントは要らないだろうけど。この機体はアンタの設計だ。メンテナンスしか施してないし」

「じゃ、スキップで!」

「アンタは良くても、他の面子は聞きたいだろうしね?」


 カナヅチの顔に青筋が浮いた。しかしこれ以上ツッコミはしない。

 彼女もハッターには慣れている。ツッコミを入れるだけ無駄なのだ。


「タイタン・グラス。この黒い機体はフィールド闘法に特化している。よって内臓武装は特になし。追加武装は武器庫から転送」


 カナヅチは解説を開始した。

 グラスはウォッチャーと同じセンスの黒い装甲を持つタイタンだ。


「マッドハッターはグラスを用いてこいつの生んだファントムと戦う。戦闘予想地点はネスト前。故に武装の転送も可能だ」


 ネストの中で転送は出来ない。逆に外ならば転送は出来る。

 もっとも資料の映像の中でウォッチャーは武器など使っていない。指一本すら動かすことなく、神々のタイタンを破壊した。


「ヒャッハー! 相手はオレの分身だ! オレからの支援は期待するなよ!?」

「師匠の生み出した分身なんて、想像だにするのも恐ろしい」

「きっとカワユイ女の子型だな!?」

「それだけは絶対に無いですね」


 隣のビーハイヴが突っ込んだ。しかし今日はお仕置きは無しである。決戦に影響を出すことは、いくら何でも避けるべきである。


「次にビーハイヴ。アンタの機体はタイタン・ゼグヴェル決戦仕様。射撃武器をこれでもかとくっつけ最早本体がドコかわからない」

「ワタシはネスト内での戦闘だ。追加の武装が転送できない」

「だね。アンタとフランベルジュ様はハガネと一緒にネストに突入。ネストコアと直接戦闘する。やられたらアタシらも全滅だ」


 そこからもカナヅチは次々と、それぞれの役割を説明した。

 フランベルジュのタイタン・ガラゼラはビーハイヴと共にハガネの援護。赤い機体の右手には長柄の杖が一本装備されている。杖の尖端部はリングの様で、敵を切断することも可能だ。


 ゲンブのタイタン・コクリュウジンと恐れし者のシェルメルトは防衛。黒と紺の機体は友軍機と防衛線を引いて待ち受ける。

 防衛の目標はラビリンスの出口である最終ゲートウェイ。強力なファントムが突破すれば、いくつかの宇宙を滅ぼすだろう。当然ネストが突破した場合次殻内の宇宙は消滅する。


 そして遂に、ハガネの番が来た。


「で……最後にアモルファス・ウォルフ。武装は新造したソード二本。接近戦に適性があるから、思いきって二刀流にしてみた。それと背部装備のGBS。こっちが射撃攻撃担当だ。砲門を無数に配することで負荷を可能な限り分散した」


 アモルファス・ウォルフはその両腕に巨大な刀剣を装備していた。肉厚で長大な片刃の剣。柄も長く両手でも振るえそうな。

 GBSは砲台と言うより折りたたんだ翼のような形。装甲の合間に砲口があり、射撃するときにのみ展開する。


「鋼鉄小隊はネストのコアと直接戦う事になるんだろ? 出来る限りのことはやっといた。後はあんた達が踏ん張るだけだ」

「感謝する」

「良いから、生きて帰れよ? そいつがアタシらへの孝行だ」


 カナヅチは言って下敷きを使い、ハガネの頭をぺしっと殴った。

 これでタイタンの説明は終わり。後はやるべき事は決まっている。


「じゃあ行ってこい! 馬鹿な悪ガキ共! 行って世界を守り切ってきな!」


 ハガネ達は彼女の元を離れ、それぞれの機体へと歩き出した。



 穏やかな浮島の縁に座る、直人とその側に立ったカラクサ。

 二人のファントムは察知していた。自らのオリジナルが来ることを。


「彼等が来る。私達が来る」

「知っている。俺が俺を迎え撃つ」


 カラクサの姿がタイタン級の人型ファントムへと変化した。

 それを見て直人は体を倒し、浮島の草原に寝転がる。


「これで全ての答が出るはずだ。そして在るが儘に、世界は滅ぶ」


 直人は左手で視界を覆い、自嘲気味に少し苦笑いした。

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