第4話 夢のために

俺は、ヴァイオリニストを目指す中学生14歳の一山翔。横浜桜中2年生だ。友達はいない。要らない。邪魔だ!

女には興味はあるが、恋愛は一流になってからと決めている。自慢じゃないが、俺はいい男だっ!俺と家族が認めている。だから間違いない!。俺があまりにカッコ良すぎるから、相手にされないとでも思っているのだろう、俺をチラ見する女は沢山いるが、言い寄る女は今の所いない。その方が面倒臭さくなくていいと思っている。

ただ、競争相手がいる。次野準子(つぎの・じゅんこ)だ。競争相手と奴が言うから、仕方なくそうだということにしている。

でも、名前が全てを語っている。俺が、1番で、奴は、次だ!。

たまたま、同じ音楽大学の先生の主催する教室に幼稚園の年長さんの時に通い出したのが知り合ってしまったきっかけ。

ヴァイオリン以外の話をしたことがない。教室内での発表会でも、いつも奴より上手くやったと思っている。

しかし、先生の体調が悪い時には、準子が一番になったことも稀にあった。

「おい、準子!課題できたか?」

「なに?ヴィバルディ?3楽章?・・出来るわよ」

「おっ、そうかあ〜じゃあな、明日」

「なに〜それだけ?さては、翔っ!・・できてないなあ〜ふふっ」

「ばあか!お前にできて、俺が出来ないわけ無いだろうが!」

「ふ〜ん・・じゃっ、あ・し・た・・バ〜イ!」

「お〜、バアイ」

くそお〜徹夜しても、やってやる。そう思って、夕飯もそこそこに、2階の部屋で、始める。窓からは、隣の家が目の前に見えて、そこに準子がニカニカしながらいやらしくこっちを見てる。

「・・翔っ!、そこさあ〜E線でなくって、A線を使うとさ、次の指楽でしょう?私も、そこでひっかかっちゃって・・・先生にこそっと聞いたんだ!だから、教えてあげる・・」

「・・なんも、今、そうすっかなあて思ってのに〜余計なこと言うなよなあ・・」

「あっそう〜素直じゃないねえ〜まあ、幼稚園の時からそうだっったから・・良いけど。そんなんじゃ、女にモテないぞ〜」

「うっせっ!」窓を締める。

それから、もう一度、その部分をやってみる。確かに、A線を使うと出来る。


高校に入った。何故か奴も一緒だ。

「お前、私立入れたのに、何で県立にしたんだ?ヴァイオリンなんか高校どこへ行っても変わんないのに」

「私、近いからさ〜あんまり勉強好きじゃないし・・」

「へ〜何好きなのよって〜お前もヴァイオリニスト目指してんだろ?」

「そうだよ!翔もでしょ?」

「勿論、俺は、才能あるから、一流のヴァイオリニストになる運命というか、夢というか・・」

「じゃあ、来月の神奈川県のコンテストに出るんだね?」

「あ〜、勿論だ!優勝するって決めてんだ。悪いけど、お前が出ても、2番以下だからなっ!」

「ふふんだ!・・よっし・・競争だからねっ!負けたら、幸助ラーメンだぞっ!・・優勝かどうかでなくって、どっちの順位が上かってね!」

「へへっ・・どうせ、俺が勝つんだ。ご馳走さん、コンテストの後、真っ直ぐ幸助行って、ごちなるか・・悪いな!」

「あら、よくってよ!わたしに勝てたらねっ!」

くそお〜、あと、2週間だ、毎日徹夜だ!


当日、先生が応援に来てくれた。

「翔っ!力まないでな〜実力通りにやれば入賞は出来るから。頑張れっ!」

そして、奴にも声を掛ける。

「準子!頑張れよ!お前のヴァイオリンには心がある。覚えた技術を出せれば、良いとこ行けるからな・・二人とも頑張れよ。先生、しっかり聴いてるから。。!」

そう言って、先生は、観客席へ戻って行った。

「翔!・・顔怖い、リラックス、リラックスだよ・・!」

「大丈夫!優勝してやるから!」


終わった・・・課題曲はベートーベンのロマンスだった。

俺は、完璧だった。

なのに、準子が2位。俺は3位。

先生が、準子と笑いながら来る。

「先生!なんでだっ!何が悪かった?」

詰め寄る。

「お前も3位だ。良かったじゃないか。上手く弾けたじゃないか・・・優勝できなかったのが悔しいか?」

「はいっ!それにこいつに負けた」

俺は、どこまでも沈んでゆく・・

「翔!私勝ったから、幸助よっ!忘れたとは言わせないわよ!」

「うっせえなあ〜分かってるよ。奢ればいんでしょ!奢れば!・・」

「翔!何だその言い方はっ!」

先生が怒った。初めてだ!俺はビビった。

「お前は、人の喜びを、一緒に喜んであげられないのか!・・自分の事ばかりで・・!」

俺はドキッとした。が、一流を目指す気持ちは、そこいらの先生にはわかるはずもない・・と勝手に理由付けして・・言葉だけは、謝った。

「すみません・・準子ごめんな〜でも、お前の2位嬉しいよ。大盛り奢っちゃる!」


これをきっかけに、その後のコントは最高でも2位、4位や5位が当たり前になってしまった。

それでも、大学は音大。先生にも技巧は言うことはないとまで言われている。

そこに、何故か、準子もいる。

あれから、どのコンクールでも準子に勝てた事はない。

「準子さ〜俺、プロ諦めるかなあ・・」

「何言ってんの〜それ以外に、翔っ!とりえないしょ!」

「お前なら、はっきり言うなあ・・

大学2年・・就職考えないとなあ・・」

「私は、プロじゃなくても、先生でも・・普通のOLでもいいんだあ・・夢があるんだあ」

「えっ?お前の夢、プロじゃないの?」

「それも、夢のひとつ・・だよ!」


その夜、部屋でボヤッとしていた・・珍しくヴァイオリンに触っていなかった・・将来が不安だった」

その時、隣の家から・・準子がクライスラーの愛の悲しみを弾いている。

じっと、聴き入ってしまう。

いつの間にか、涙が流れている。

弾き終わって、俺は気が付いた。曲に呑み込まれていた・・泣いていた。

窓を開けて隣の窓をみると、準子がこちらを見ている。涙を流しながら・・

・・・俺は、・・ヴァイオリンを弾きながら泣いたことなんて無かった・・

その時、やっと・・20年かかってやっと分かった。俺は、技術ばかりに気をとられ、音符に気をとられ、・・・何をやってたんだ俺は、音楽をやってたんだぞ〜ひとに感動を与える音楽をやってたんだぞ〜・・

つい、叫んでしまった・・

「準子っ!〜分かった・・お前に負けてた理由が・・分かった・・・お前のヴァイオリンを聴いて・・・ありがと・・」俺は、ボロボロ泣いた・・・

ヴァイオリンを出して、同じ曲を弾いた。

・・・

やっぱりだっ!悲しくない!

間違ってないのに愛の悲しみなのに悲しくない〜準子は自らの演奏に泣いていた・・・この差だっ!


準子が、パソコンに自分が弾いた愛のかなしみを送ってきてくれた。

それから、毎日聴いた。何十回も・・・


大学3年生になって学校の発表会で、俺は、クライスラーの愛の悲しみを弾いた。

・・・

目を瞑って、準子のあの時流した涙。心を込めて情景を浮かべて、・・・

演奏が終わって、準子をみる。泣いていた。

「やったあ〜」そう思えた。

みんなも、拍手をくれたし、先生も一「一山っ!・・お前、やっと名前に相応しいヴァイオリニストになったなあ〜なんか、心境の変化でもあったか・」そう言ってくれた。

俺は素直に「次野が弾いた愛の悲しみを聴いて俺泣いたんです。・・それで、やっと気が付いたんです、俺に欠けるものを・・」

「そうか・・・ず〜と、次野は一山のこと心配してたららなあ〜その人を思う気持ちがヴァイオリンの音に現れたんだろうなあ」

準子はず〜と泣いている。

「準子!どうした?俺の曲そんなに良かったか?」

「ばかっ!・・知らないっ!」

周りがヒューヒュー冷やかすが、鈍いのか俺はさっぱり意味が分かんない。


俺は、夢が叶ってプロになれた。東京を本拠地とする楽団に就職できた。準子は、プロになる夢は叶わなかったが音楽の先生になれた。東京都内の中学校の先生だ。

俺は、あの時のお礼に食事や遊園地や旅行にも連れていった。

いつも、黙ってついてくる準子。

3年ほどして、子供が出来ちゃって・・親が隣同士で気まずかったが、プロポーズして、結婚した。

次の年には生まれた。女の子。可愛いと思った。

「なあ〜この子、将来何になるかなあ〜夢は何かなあ・・楽しみだなあ〜」

そう言ったら、準子が

「私と同じなら、お嫁さん!」

「えっ・・ヴァイオリニストじゃなかったの?」

「やっぱり忘れてんのねえ〜幼稚園の時、皆んなで、将来の夢書いたでしょ?」

「そうだった?」

「そうよ・・私、その時、なんて書いたと思う?」

「てっきり、ヴァイオリニストかと・・」

「うふふっ!・・違うわよ・・翔のお嫁さんって書いたのよっ!」

「え〜っ!・・え〜っ!・・本当にかよっ!」

「私、今でも持ってるわよ・・それっ!」

そう言って、引き出しから持ってくる」

幼い字だが、間違いなく、『しょうのおよめさん』と書いてあった・・

「じゃ、ヴァイオリン必死にやってたのも、高校俺と同じとこ入ったのも、大学も・・・全部、その目的のためだったのか?」

「そうよ・・・女は思い込んだら、恐ろしいのよ〜翔が一流になる為には競争相手がいないとダメだと思ってさ、必死に頑張ったし・・この先、浮気でもしたらあ・・ふふふっ!」

「そ、そんなあ〜浮気なんかあ・・する訳ないしょ・・それに、はははっ・・ってことは、お前も、俺も、夢叶ったってことかあ〜」

「う〜ん・・そういう事になるかしらねぇ〜」

「でも・・お前の夢がこんなに嬉しいけど恐ろしいとは思わなかった・・ははっ・・」



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