第31話『いざ軽音楽部へ!』


「ここか、軽音楽部の部室は」


 とある日の放課後、先日の部活紹介で気になっていた軽音楽部へ来た。


 ただ部室に入部届を持っていくだけだというのに、妙に緊張する。


 思えばこの世界で部活に入るのって初めてなんだよな。


 中学ではまだまれちゃんとの仲が浸透していないし唯一の男子ってことで『一ノ瀬君何部に入るの!?』『わたしたちと同じ部に入ろうよ』って勧誘まみれになってしまい。

 これで入ったら迷惑をかけそうだと思って結局どこにも属することはなかった。


 ちなみにこの学校は全学年に男子がいるし、男子が部活入るのは当たり前らしいからそういう勧誘騒ぎは起こらなさそうだ。


 さて、いい加減覚悟を決めて部室に入るか。


『失礼しまーす』と一言告げて扉を開けた。


 この時ノックをすべきだった、物凄く後悔してる。


「へ……?」

「……?」


 俺の眼前にあるのは綺麗な白い素肌、胸。

 大きさは抑え目ながらもピンクのブラに覆われたソレは良い形だろうと推測できる。


 まぁ、あれだ。


 着替え中だった。


「ご、ごめんなさい!!」


 慌てて退室して扉を閉める。


 え、え、ここ更衣室?

 軽音楽部じゃなかったの?


 上を見上げるが確かに札には『軽音楽部』と書いてある。


 合ってるよな……。

 じゃあなんで着替えを……?


 ラブコメ張りの失態を犯してしばらく扉を背に待つ。


 ――どうしよう、あの先輩怒ってるかな。


 ここ女の子がたくさんいる所なんだし、着替えてる可能性を考えるべきだった。

 ほら、国民的アニメのあの女の子は一日に三回も風呂に入ったりしてるしきっと女の子は着替えも一日に何回かするんだろう。


 気まずい感じで待ちながらも逃げるわけにはいかないので待ち続ける。


『適用外男子』の蔑称に加えて『覗き魔』なんて付けられたらもう学校生活おしまいである。

 智子先輩を認めさせるどころか『最低……』って蔑まれそうな予感もするし。


 ……しかし長いな、覗いた身ではあるが随分と待たされている。


 やはり相当ショックを受けているのだろうか。


 ここは誠心誠意土下座でもして謝らないと許してもらえそうもないだろう。

 まず入ったら最初にどう謝るべきか考えていると扉が開いた。


「……入ってください」


 何故か気まずそうな顔をしながら当の先輩が立っていた。


 ――あれ、この人あのライブの銀髪のボーカルの人だ。


 よりにもよって憧れた相手の着替えを覗くとはなんたる幸運……いや不運!


 これ無事謝れても今後に影響出るんじゃないかな。


 早くも部活動に暗雲が立ち込めつつも、入室を許可された為部室に入らせてもらう。


 中はそんなに広くないけど、ドラムもキーボードもあるな。

 専門的な機材はなさそうだが部活としては十分設備だろう、それに俺もそんなに知識ないからあっても困るし。


 まぁまずは許してもらえなきゃ俺の部活動は始まらないんですけどね。


 前を歩いてた先輩が振り返る。

 よし、ここは第一声で……。


「着替えを覗いてすみませんでした!」

「不愉快なもの見せてごめんなさい!」


『……?』


 お互いに顔を見合わせて首を傾ける。


「着替え覗いてすみません?」

「着替え見せちゃってごめんなさい?」


『……なんで?』


 結局俺は何時まで経ってもこうなのであった。



 ――


「よかったぁ、男の人怒らせちゃったと思った……」

「いやなんかもうすみません」

「ふふっ、お互いに謝るのは止めようって言ったでしょ」

「……そうでしたね」


 苦笑しながら食器を用意してる先輩。

 名前を日笠奏ひりゅうかなでさんというらしい。


「コーヒーと紅茶どっちがいい?」

「じゃあコーヒーで」

「はい、待っててね」


 パックコーヒーにお湯を注ぐ、部室内はコーヒーの良い香りが漂ってきた。


 ここは軽音楽部の部室ではあるがテーブルと椅子も用意されており、お茶も楽しめる場所のようだ。


「はい、どうぞ。ミルクと砂糖は?」

「どちらも頂きます」


 二つをコーヒーに混ぜて堪能する。

 うん、美人が淹れたコーヒーは美味い。


 この日笠先輩は顔立ちがとても整っていて少し可愛い寄りの美人な先輩だ。

 

 こんなに美人が淹れた飲み物は何でも美味しいに決まってるんだよね。


「それで、本当にウチに入ってくれるの?」

「はい、部活紹介の時のライブに胸打たれちゃって」

「ふふ、そっかぁ」


 日笠先輩へ入部届を渡す、紙を受け取った先輩は『本当に男子が……』と感動したような表情をしている。


「そんなに意外なんですか? 男子が入るのって」

「そりゃそうだよ、男子は大抵吹奏楽部に取られちゃうからね」


 そういうものなのか?

 吹奏楽部って女の子が大半なイメージとかあるぞ。


「キミはフルートとかやらなかったの? 家に講師呼んだりさ」

「……そんなのしてないっす」

「ふーん、珍しいね」


 ……そういえば昔母さんに『何かやってみたいことある?』って聞かれたから『ギターが欲しい』って言ったら驚かれたし『ギターも講師の人呼べるのかしら?』って言ってたから独学でやるってやりとりしたな。


 もしかして他の男子って家で講師呼んで音楽嗜んでたりするのかな、今度彰とリンに聞いてみよう。


「男子って吹奏楽部に入るものなんですか?」

「全員ってわけじゃないけど、毎年半数以上は入ってるかな。特にウチの学校は吹奏楽部有名だしね」

「へぇ~、そうだったんですか」

「コンクールで賞もとってるし、動画サイトでも甲子園の応援で動画上がってるよ」


 先輩のスマホで見させてもらう。

 おぉ、すっげぇ迫力。


 たしかに映像には男子生徒がちらほらと居たな。


「だからウチに入る男子ってほとんどが吹奏楽部に入っちゃうの。おかげで軽音部に男子は流れてこないし、そもそもウチの軽音部は人も少ないから宣伝が弱いんだよねぇ」

「宣伝がですか?」

「うん、毎年末に部活の活動評価を投票で決めるんだけど、結果次第で校外雑誌に載せてもらえるんだ」


 校外雑誌かぁ、さすが都市部での有名校だなぁ、規模が違う。


「軽音部の活動って文化祭くらいだから年通して活動してる他の部に比べたら評価が低いんだよねぇ」

「でもこないだのライブでも先輩のファン結構いましたけど、彼女たちの票は入ってないんですか?」

「みんな入れてくれてるみたいだよ、すごく嬉しいんだけどやっぱり特別投票がある人の票がね」

「特別投票?」


 なんだそれ、聞き慣れない単語だな。


「特別投票っていうのは学校で地位のある人が使える特別な投票権かな。例えば学年順位、スポーツテストトップで成績を残してる人とか生徒会長みたいな役職のある人が持ってるの。投票の計算方法は学校が公示していないけど投票権のある人が入れたと思われる所は順位が伸びるんだって」

「なるほど……」


 これも実力世界である校風の影響なのかな。

 てことは姉さんも票を持ってるのか、改めて考えると姉さんて凄いな……。


「そういうわけだからウチに入ってくれるのは本当に嬉しいんだ」


 ニッコリと微笑む日笠先輩。

 元々顔立ちが良い事もあってその笑みは中々心に来るものがある。


「そ、そういえば他の部員さんは……?」


 照れてしまった事を誤魔化すために話題を変えた。

 それに気づくことなく先輩は質問へ答えてくれる。


「みんなお菓子の買い出しに行ってるよ、私は残ってお留守番かな」

「……さっき訊きそびれたんですけど、何故着替えを」

「む、蒸し返すの!?」

「円満に終わったからいいかなぁって……」


 先程の謝罪合戦は以前の痴漢事件と同じような感じで。


『女の人の着替え見ちゃってやべぇ……』

『男の人に自分の着替え見せちゃったぁ……』


 という勘違いコントみたいなものだった。


 ふふっ、あの時の千尋のおかげでこういう場合の立ち回りにもう失敗はない。

 心の中で千尋へ感謝を贈る。


 聞こえはしないだろうが『くちゅんっ』と可愛いくしゃみをしてそうな千尋を容易に想像出来つつ、先程の内容に戻る。

 結局先輩が何で着替えていたのかはわからないからだ。


「その、体育の時にブラのホックが壊れちゃってね? 新しいのに替えてたんだ……」

「ブラを取り替えた……?」

「うん、今日の最後が体育だったから、そのまま体操着でここにきて着替えてたんだ……」


 つまりあの緊張した時間がなければ、生のおっぱいが見れたと?


 はっはっは、ラッキースケベくん。

 こまるなぁ、しっかり仕事をしてくれないと。


「ご、ごめんね粗末な物見せて……」

「先輩、さっきも言いましたが俺は非常に眼福だったんです。むしろお礼を言いたいんですよ」

「噂通りなんだねキミは」


 苦笑しつつ肩をすくめた。


 噂というのは訊かないでもわかる、どうせ『適用外』だろう。

 もはや自己紹介で『適用外でおなじみの』って言った方が伝わりやすいのかもしれん。


「そういうわけで適用外で有名の男ですけど、入部していいですか?」

「ふふっ、誰であれ大歓迎だよ、よろしくね!」


 色々とありながらも俺は無事に軽音楽部へ入部することが出来たのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る