第8話『早川希華という少女(前編)』
俺は転生し病院で生まれ退院した後から数年間、実は一歩も家から出ることが出来なかった。
別に軟禁されていたとかそういうことではなく、単純に外に出ることが怖かったからだ。
この地区で初めて生まれた男の子、その話題は瞬く間に広がっていった。止まない取材の電話やインターホン、押し寄せる人の嵐。生まれて間もない俺にはただの恐怖だった。
一度だけ窓の隙間から人だかりを覗いたことがあるのだが……、あの時外にいた人たちの目はなんともいえないくらい恐ろしかった。
多分あの時押し寄せていた人たちは例えるならばパンダの赤ちゃんが生まれ、それを一目見たいと動物園に行く、そんな純粋な心境だったのだろうと思う。
しかし見世物側が受ける印象は違う。
珍しい
当時の俺はまだ生まれたばかりの幼き子供。前世では三十路近くまで年を重ね今でこそ冷静に振り返れるが、不思議なことにその時は精神年齢が本当に年相応の子供になっていた。多分理由はわからないけど身体に脳が引っ張られたんじゃないかと思う。
つまり俺は人だかりを見て怖くて大泣きをしてしまったのだった。
――いやぁ……今思い出すと本当に恥ずかしいよ、心は大の大人が人だかりを見て泣いてしまったんだから。今でこそ冷静に振り返れるけどその時は本当に怖かったし。
それからの俺はなるべく外は見ないように家の中で過ごしていた。外に出るとまたあの時のような恐怖がよみがえってしまうかもしれないと思って……。
何故俺がこんなに注目されるのか、その答えがこの世界の男女比が極端に偏っていることにあるのだと……。
この時の俺はまだ知らなかった。
こんな感じの生活を続けて幾分か経ち、さすがに一向に外に出てこない男の子を見ようと通い続ける人はいなくなり家の外にも安全が訪れ始めた。
しかし相変わらず当時の俺は外に出ることに怯え家でいつも一つ下の芽美と遊んで過ごす日々、このままだと子供ながら引きこもりになってしまうだろう。
余談だがこの時から芽美は本当に可愛くてしょうがなかった。
前世では一人っ子だったから初めて出来た下の子が本当に可愛くて凄く凄く可愛がった。
おかげで今でも兄を慕ってくれている、もちろん今でも可愛い。
さて、そんな幼い子供ながら引きこもり生活をしている俺にも転機が訪れた。
近所に住んでいる早川さん家の娘、そう……まれちゃんが俺の家に遊びに来た。
引きこもり気味の俺を心配した母さんがひとまず近い年の女の子から慣れさせようと連れてきたらしい。
それに彼女の母である
その結果、母さんと早苗さんは強い絆で結ばれ二人は仲良くなったそうで今でも家族ぐるみの付き合いが続いている。
この時、相変わらず外が怖い俺を悩みの種にしていた母さんは信頼してる友人の娘を俺に会わせてみることにしたのだ。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは……」
「わたし早川希華! まれかってよんでほしいなっ」
「ま、まれ……かちゃん、よろしく……、ぼ、ぼくは一ノ瀬恵斗……です」
滅茶苦茶ビビってたのは正直今でも思い出せるし凄く恥ずかしい。
何度でもいうが心と身体は年相応の子供だが元は三十路くらいの大人である。
けれどそんな俺を彼女は全く気にせずむしろ……。
「あ、今の”まれ”ってよびかた好きかも?」
「え、えぇ……?」
「わたしはそうだなぁ……”けーくん”ってよぶよ! けーくんには”まれ”ってよんでほしいなっ!」
「え、えぇと……まれ、ちゃん?」
「えへへっ、けーくん!」
非常に好感的だったらしい。
まれちゃんは今でこそお淑やかな淑女といった大人の女性になったけれども。
この頃のまれちゃんはどちらかというと走り回るのが好きな活発な少女だった。
もちろん昔も今もまれちゃんはずっと可愛いくて最高の女の子なんだけどさ。
この時初めて出会った彼女は結構グイグイくる子で、外が怖くてで臆病気味だった俺はしどろもどろになってしまった。それでも初めて話す家族以外の女の子だった彼女は話して怖いと思うことはなかったのをよく覚えている。
そんなまれちゃんと仲良くなるのは時間の問題で、俺は毎日彼女が会いに来てくれるのがすごく楽しみになった。母さんと早苗さんの目論見は見事大成功だったわけだ。
そして忘れもしない
「じゃあねけーくん! また明日!」
「また明日も遊ぼうねまれちゃん!」
その日も彼女が遊びに来て一緒に過ごしていた。二人で絵を描いて、お昼を食べて、おもちゃで遊んで、お昼寝をして、おやつを食べる。
元は大の大人がよく子供みたいなお遊びできるねって思いそうだけどさっきも言ったがその時は年相応の子供だったのだ。
それに俺すっごく楽しんでたよ、おもちゃのブーブー走らせまくってたし。
そうしてあっという間に夕方になりいつものようにお別れの挨拶をして彼女は家へと帰る。部屋に戻った俺はおもちゃの片づけをしていると、彼女がいつも持ってきているお絵かき帳が置いてあるのに気付いた。
「おかーさん、まれちゃんが忘れ物したみたい」
「あらほんとだ、明日返してあげないとね」
「んー……」
明日も遊ぶ約束をしているし、それまで預かっていればいいのだけれども……。
もしかしたら彼女は今頃これを探してるかもしれない、そう思った俺は思い切って。
「まれちゃんちに届けてくるね!」
「えっ!? ちょっとけいくん!?」
夕飯の支度をしていた母さんの返事も聞かず扉を開け生まれて初めて己の意思で外の世界へ踏み出したのだった。
――未だ諦めの悪い連中が潜んでいたのも知らずに。
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