生まれ変わったら、雨傘になりたい

一縷 望

 

 生まれ変わったらかさになりたい。

 ただの雨がさじゃない。

 泣き虫の雨傘だ。


 泣き虫な君にぴったりな、泣き虫の雨傘。

 泣きたい夜には、僕をさして外に出るといい。

 いくらお星さまが笑っていても、じきに雨が降ってくるはずだ。

 

 そしたら、僕をとじて。


 泣こう。かの夜、共に泣いたように。


 その日、君は張り詰めた表情で帰ってきた。

 玄関に佇む君は、全く乾いているのに、まるでずぶ濡れの猫みたいだった。

 

 そして君は泣き出す。


 ひとーすじ。ふたーすじ。

 涙は君の鼻筋をはっきりと描き出して、乾いた紫色の唇を淡いピンクに染めなおした。


 それがあまりにも、僕が君に見惚れた瞬間に似ていたものだから、僕はその場に立ち竦んで眺めてしまったことを今でも覚えている。

 ごめんね。今さらだけど、ごめんね。


 君は、「ハ」と息を吐いて我にかえり、急いで涙を見られまいと顔をそむけたね。

 君は泣き虫だけど、泣き虫じゃない。

 知ってる。君は人に弱いところを見せようとしないこと。

 知ってる。君には守るべき人がいて、だから泣けなかったこと。


 だけど、そのときは僕がいた。

 「君は、もう誰も守る必要なんてない。僕が守るから」って泣きながら言って、君を抱きしめた。


 ごめんね。あの時、何故僕の涙が流れたか、自分でもわからないんだ。君の悲しみの理由は知らなかったし、僕が感傷に浸りたかったわけでもない。


──同情の涙だと、勘違いさせたらごめん。


 って言いたかったのに、出てきたのは小さな「ごめん」。

 言い訳しようとした僕の口を、君の口がふさいだ。

 君は涙を流れるままに……

 不意に、その流れが勢いを増して、僕の涙と合流した。

 熱かった。君の流れは僕の冷えた頬とは線対称に熱かった。

それは君と僕のそばを同時に流れた。もう、どっちが泣いてるのかわからなかった。2人ともかもしれないし、僕だけ、はたまた君だけかも。


 でも、君と僕は確かに2人で泣いたんだ。

 涙を隠す必要なんてない。2人でなくんだもの。怖くない。恥ずかしくない。


 もう、これからは、涙は冷めない。


──はずだったのに。


 ごめんね。僕にはもう、君と頬をかさねる時間がないみたいだ。少なくとも、僕が君の涙を温めにいくことはできない。


 だから、僕は生まれ変わったら、泣き虫の雨傘になるよ。

 

 その僕の涙は冷たくて、君の涙を前みたいに温めることはできないけれど……

 君の涙を隠そう。人前では泣けない君のために。


 また、君の涙を温める人が見つかって、僕を忘れられるまで。

 それまでは、ごめん。泣き虫の雨傘でがまんしてください。


 僕が言うのもあれだけど……幸せになってください。


─────────────

 夕立が降り始めた。月の光が世界を抱いていたのに、あっさりと雨雲にかきけされて。


 突然の雨から人々は逃れ、道には誰もいない。


たった1人の女性を除いて。


こんな雨のなか、道端に座り込んで、傘もささず……いや、傘を抱いている。


肩を震わせ、天を仰ぐ。


もうしわけ程度に生暖かい、夏の雨を顔に受けながら。


つぶやく。


「……ばかやろ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生まれ変わったら、雨傘になりたい 一縷 望 @Na2CO3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る