『本日の主役はお嬢様で決まりですね〜』と

侍女が笑顔でドレスの裾を整えていくが,答えるわたしはくたびれていた。


今日は,王城で開かれる今年12歳となる貴族の子供を集めてのお茶会の日だ。


夜明け前から起こされて,お風呂で徹底的に磨き上げられたあとは

幾重にも重なった布地に潰されかけている。

フリルとレースに溺れないように必死に踏ん張っているが,今すぐにでも座り込みたい気分だ。あと眠たい。


今日のお茶会は今後の『悪役令嬢(暫定)わたし』の人生を左右する事になるだろう,重大なイベント…の最初の1つだ。


なぜなら…


前世の知識を利用しての,内政&生産知識無双ができなかったからだ!!



流行病はやりやまいで死にかけ,前世のアラフォーお一人様を思い出したわたしは,

特に不審がられることもなく,公爵家の令嬢としてのスタートを切った。


ここがどんな創作物の世界かも分からない上に,見た目が悪役ちっくなわたしは,

『悪役令嬢の断罪』がない世界とも言えない!!と前世の偏った知識から判断し,

未来の不幸を避けるべく,

まずは,前世の現代知識による知識無双をしようと考えた。


しかし,令和日本(記憶にある時間のほとんどは平成だったけど)による行政改革や

石鹸やお菓子類に代表される『異世界転生で重宝されるアイテムあるある』などは,提案する必要もなかった…


この世界は,ほぼ現代日本と変わらなかったからだ。


これが本当に中世ヨーロッパ基準であったなら,まず石鹸があるだけで衛生面が改善され病気の蔓延や生活が向上しただろうが


わたし,そもそも石鹸の詳しい作り方なんか知らなかった。


よくある異世界やゲームに転生しちゃった系のものとかでは

フランクに作成される石鹸だけど,『手作りできる』程度の知識しかなく,

詳細な材料も知らない。もちろん,代替品もわからない。


と,言うか…そもそもこの世界には石鹸もヘアシャンプーもある。

ついでに言えば,スキンケアの類も充実している。


貴族向けの高額化粧品から,平民のお嬢さん方でも気軽に買えるものまで

しっかり,開発販売されていた。


それならば,と他の生産物…特に食べ物に注目してみたが

こちらも同じく現代日本のお高いレストランの食事並みのものが出てくる。

わたしが貴族の令嬢だからか,とも思って下働きの人たちの食事もコッソリ探ってみたけど,質素になっているだけでちゃんとしたご飯だった。


…むしろ,ブラック企業で搾り取られていた前世の私よりも,まともなご飯だった。


涙が止まらなかった。


外に出てみれば,ガラス張りのお店が並び賑わい,貴賤によって入れる店に条件があるが

お金があって社会的身分の高い人が行く店,お金があれば誰でも行ける店,どっちもない人が行く店…と,現代日本と全く同じだった。


王都以外は違うだろうと思ったけど,公爵家の領地や避暑で訪れた親戚の領地も同じ感じだった。

多少,地方色はありつつもキレイに整備され,少なくともトイレもお風呂も不便も不満もなかった。


高いビルはないが,広い土地に大きな建物。

馬車や馬,徒歩での移動だけど魔法や魔道具の補助で早く移動できるし

電話の様な伝達手段も,これまた魔道具であるから困っていない。


騎士団がいて冒険者がいて,魔獣や魔物の退治とかしているけれど

そこらを彷徨うろついてるのではなく,ダンジョンと呼ばれる『場』にしか発現れないらしい。


食べるものも,生活環境も中世ヨーロッパ風の世界を崩さない程度に現代ナイズされていて

今更,わたしの中途半端な知識の出番はなかった。


お次の内政無双はどうかと,調べてみれば…

王様もウチのお父ちゃんもマジ優秀〜!!と拍手喝采しかできない運営がされていた。


そもそも,政治経済だって大した知識があるわけでもない。

ただ,にわか知識でも中世にだったら通用するだろうと思ったし,

きっかけだけでも与えれば,あとは大人たちがまとめてくれると思っていたけれど

そんな必要もないくらいに,国はホワイト運営されていた…。


それならば大人の頭の良さを使って幼少の頃から天才!!路線で行こうと思ったら

この世界,魔力の量がある程度オツムの良さにも影響しているらしく

魔力量が元から多い貴族の子供は総じて早熟で,優秀な子が多い。


ここでも『文字を覚えるのが早い』『大人顔負けで礼儀正しい』ができず


ならば,希代の魔術師とか賢者とか言われてみようと思ったけれど

『魔力』を使いこなし『魔力を使った物事の法則魔法』に則って『魔力を使う術魔術』を行使する以上,

ただ魔力量が多ければ良い訳でもなく,知識だけがあれば良い訳でもなく…両方必要な上に,最終的には熟練度が重要になると知り

貴族の子供して魔力量は多少多いくらいで,大人たちに褒められるようなことが出来る訳もなく…。


内政チートや生産系の天才的アイディアマンもできず

稀代の天才,魔力量無尽蔵,偉大な魔法使い,最強の賢者といった転生特典などもなし


何のためにこの世界に生まれ,何のために生きれば良いのか

現世での凡人アラフォー時代ならともかく,

異世界転生して公爵令嬢になってまで,某パンのアニメのOP並みに悩むことになるとは思わなかった。



そこで考えついた結論が,この世界はラノベやマンガではなく

とにかく,恋愛に重きを置いたTL小説か乙女ゲームではないか,ということ。


小説やマンガなら,もっとった設定にするはずだ。

人々の生活様式や風景を背景にして書き込む都合上,ある程度世界設定や『魔法』に対する仕組みをもっと練るはずだ。


それがされておらず,中世ヨーロッパ風の生活様式で見栄え重視してドレスを着せ,

話のメインは『ヒロインと相手の男との世界』だから背景や設定は凝る必要のないTL小説か,


世界設定やヒロインの役割やキャラクターへの人物設定は練るし

なんなら世界滅亡も視野に入れて話作るけど

そこ以外は割と適当に『それっぽく』でまとめる乙女ゲーム。


そうでないと,王政で貴族制度なのに住民がなんの不自由も不満もなく,

貴族や王族へ向けるヘイトがミリもないのはいくらなんでも変だ。


そのくせ,魔力の行使については細かく設定されているから

シナリオにそのあたりが深く関わっているからだろう。


不都合や説明しにくいあたりは全部『魔法や魔道具で行っていますマジカルパワー』で解決をゴリ押している。


シナリオライターか作者か知らないが,現代語(それも和製英語も)を普通に喋らせているあたり,

時代考証が甘く,作品の出来としてはお粗末に近そうだ。


まぁ,これだけ内容のヒントや評価につながりそうな事実がありながら

何一つピンと来てない自分が,1番お粗末なんだけどね!!



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