第6話「傀儡」前編

 第六話「傀儡にんぎょう」前編


 「なら、華遙かよう 沙穂利さほり。”五千億の夜”とやらを楽しませてもらおうか」


 純和風の寝衣の光沢と滑らかそうな質感から寝衣それは恐らくかなり上等な絹製で、


 そして、その至高のシルクよりも白く輝く理肌キメ細やかな肌の美少女は……


 「……」


 俺の傲岸不遜な台詞にも、その整った美眉をピクリとも反応させなかった。


 ――そうかよ、そういう事だよなぁ?


 ”華遙 沙穂利かのじょ”は”現在いまでも”俺を同じ世界の住人だとも認識していない。


 その証明とも言える、ここに至ってさえも微塵の不安も感じさせない”希な程に美しい銀光の流路ラ・ヴォワ・ラクテェ双瞳ひとみ”を見据えていると、俺の中に感じたことの無い得体の知れない感覚がふつふつと湧いてきた。


 ――はは……面白いねぇ、


 「もう一度だけ言っておくが、俺とキミには多少の行き違いがあると推測されるけど……」


 無駄だと理解しつつも、彼女……考え方によっては俺にとっても”最後通牒”とも言える交渉を試みてみる。


 「失礼ですが、流石にくどいのでは?私の覚悟の方は済んでいますと既に何度もお話させて頂きました」


 俺を真っ直ぐに見据える夜闇の天蓋にちりばめられし幾千の凍る銀光の河。


 それはぼしさえもが本当に凍てついてしまったかの如き冷たい瞳だ。


 ――”ビジネス界ではそう呼ばれているのですよね?”


 ――”こういうやり方は貴方の日常でしょう”


 彼女が俺に投げた言葉通り、世間の噂で俺の事を”悪屑あくくず”と考えているなら確かにもう話し合いは不毛だろう。


 ――しかし、結構ショックなもんだなぁ


 きっと俺は世間一般で言うところの”舞い上がっていた”状態だったのだろう。


 今回の帰国目的とも言える、”恋人候補”を早々に手に入れたことに?


 いや……


 その”彼女”が本当に非の打ち所がない理想の超美少女だったから?


 否否いやいや……


 多分……俺は、こんな訳のわからない状況でさえも、


 例え誰かの思惑で踊らされていたのだとしても、


 昔焦がれた少女に再会することができて、そしてもう一度機会チャンスを得ることの出来た運命に……


 昔とは違う、現在いまの”阿久津あくつ 正道まさみち”ならばと……


 そういう”淡い期待”が心の何処かに在ったから。


 「……」


 「……」


 俺は、いままさに”貞操の危機”という状況でさえも全く動じることの無い、浮世離れした少女の冷たい瞳を見据えたままに、どうしようも無い”苛立ち”を感じていた。


 ”阿久津あくつ 正道まさみち”如きでは、たとえ”なにをされた”ところでどうということもない。


 男どころか同じ人間とさえ見なしていないという、相変わらずな彼女の双瞳ひとみに……


 「そう迄言うならもういい、途中で泣いてもめられないけど?お嬢様」


 ここまで何度となく話そうとした俺と華遙かよう 沙穂利さほりの間に横たわる”すれ違い”、その誤解を解こうとするのをに来てめた。


 スッ!


 そして俺は彼女の華奢な肩に両手を置き、


 「……っ」


 あくまでその外的刺激というだけの理由だろう、反射的に僅かだけ身を強張こわばらせる少女に対し――


 「じゃあ……脱がすぞ」


 わざと俺は、意地悪く宣言した。


 ――”五千億円”で彼女を買ったというのは勿論誤解だ


 ――復讐とか、俺はそんな”くだらない”理由で帰国した訳ではない


 ただ仕事関連ビジネスでそういう誤解に値する様な行為が無かったかというと、それは否定しない。


 今回の件での俺と彼女の認識の違いは、それを利用しようとする第三者の思惑が加味されなければ、本当にそういう”行き違い”であったと思う。


 ――利益の先に居る”第三者くろまく


 俺の推測では、多分……”華遙かよう 沙穂利さほり”の家、いては彼女自身が”阿久津あくつ 正道まさみち”の復讐だと邪推して、そして恐らくそれさえもを逆に利用しようと、華遙かよう家が企んで沙穂利さほりを俺に近づけた。


 生粋の名家がまなむすめを俺みたいな成り上がりに差し出してまで手に入れたいモノ……


 それが現在いまの俺になら在るということだろう。


 「……」


 俺は白い絹地とその下の肌の生暖かい弾力を感じながら、更に指先へグッと力を入れる。


 ――華遙かよう 沙穂利さほり華遙かよう 沙穂利さほりだ……


 御家おいえの命令、そのためならば”路傍の石”ほどにも思っていない俺に身を差し出すことも厭わないなんて……な。


 知らぬ間に勝手に悪役にされ、ったかのように”俺を悪屑あくくず”と決めつける”かつての憧れ”に……


 ずっと焦がれていた一輪の薔薇に、今の俺は堪らなく腹が立っていた!


 「”悪屑あくくず”って、別に今更誰に言われようとどうってことない」


 だからだろうか、思わず零れた言葉。


 ――そうだ、俺は人生でそれを訂正したり弁解したことは一度たりとも無かった


 だから目前の”華遙かよう 沙穂利さほり”が俺をどう思っていようが関係無い!


 ――けど……


 ――阿久津あくつ 正道まさみちが、俺が欲しているのは……


 「…………ま……さみち……様?」


 その時どういった表情をしていたのか俺自身にも解らないが、その顔を直視していた冷たい銀光の流路ラ・ヴォワ・ラクテェ双瞳ひとみが”ふと”少しだけ……


 間近で揺れたような気がした。


 「……ふっ」


 ――なにを……未練だな


 一呼吸後、ニヤリと自虐的ニヒルに口端を捻り上げた俺は、彼女のご希望通りな悪役になりきっていた。


 ――彼女自身があくまでも”覚悟がある”というのなら、その代償の一端くらいは背負って貰おう


 彼女”だけ”にではない苛立ちと、浅はかな期待からの勝手な失望、それと少々の男の意地……か?


 複雑にみえてその実、実に原始的な感情を色々と持て余し中の俺は、彼女の肩に沈んだ両手の指先に更に力を込めて、そしてそのまま白い寝衣を一気に……


 ――!?


 「……………………あれ?」


 第六話「傀儡にんぎょう」前編 END

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