第5話「面従腹背な彼女(ライアー・ガール)」後編

 第五話「面従腹背な彼女ライアー・ガール」後編


 「とはいえ、今日はチェーン店の牛丼だけどな、けどコレはコレで結構イケるぞ、日本のファーストフードは超優秀だよ、騙されたと思って食べてみてくれ」


 「はい、頂きます」


 俺と彼女はすっかり他愛も無い雑談に興じながらも、庶民が食するファーストフードやジャンクフードなど口をつけたことも無いだろう箱入りのお嬢様に、まるで俺の手柄かのように自慢げに梅屋の牛丼を勧める。


 「あ、美味しい」


 牛丼を食べるにはあまり似合わない、上品に開いた小さい口元に一口分、綺麗な箸使いで運ぶ少女。


 「だろ?その”ネギだく”は舌の上でとろけるような甘みとシャキシャキした食感がまた堪らなくて!女子的にカロリーとか大丈夫なら俺の超お勧めだ!っと、サラダも買ってきたから……」


 ――なんか楽しいな……


 日本に帰ってきてから誰かと食事なんて滅多に無かったからだろうか?


 ――やっぱり俺は……


 「……」


 ――って!!だからそうじゃなくてっ!


 俺はこのまま流されそうになる気持ちのまま、こんな異常な状況の打開……


 そう、他人の、何らかの思惑通りに踊らされる気は毛頭無いのだ。


 ――


 そして、取りあえず食事を済ませた俺は、そのまま本題へと入ることにした。


 「帰宅時にも言いかけたけど、お互い状況を整理しよう。多少の行き違いがあるみたいだし」


 食後にお茶を一服入れてくれた美少女に俺は言った。


 ここまで何度となく話そうとした内容へ、俺と華遙かよう 沙穂利さほりの認識を摺り合わせ、なんなら彼女の考えを軌道修正する必要があるからだ。


 「それはもう……覚悟の方は済んでいますとお話させて頂きましたが」


 俺を真っ直ぐに見据える、夜闇の天蓋にちりばめられし幾千の凍る銀光の河。


 ――”五千億”で彼女を買ったという比喩……或いは


 だが俺は、華遙かよう 沙穂利さほりの言葉をそのまま受け取る様な間抜けはしない。


 それにそもそも”阿久津あくつ 正道まさみち”には、そんなことは身に覚えがない。


 全然、全く、完全に心当たりが無いかと言われれば、”否”だが……


 華遙かよう 沙穂利さほりはそれが、過去に陥れられ、財産を失い家族離散の憂き目にあった”阿久津あくつ 正道まさみち”がとったこの国の支配階級……


 名家達への復讐の一環だと推測している様であるが、そちらは完全に否だ!


 ――俺はそんな”くだらない”理由で帰国した訳ではない


 ――阿久津あくつ 正道まさみちが、俺が欲しているのは……


 さっきまで少しは心を開いて話せていた華遙かよう 沙穂利さほりに、俺は期待しているのかもしれない。


 昔の憧れとか、単に彼女がすごく綺麗だとか色々単純な理由はあるだろうが、俺はそれも含めて運命かもしれないと、期待しだしているのかもしれない。


 「華遙かようさ……沙穂利さほりさん!俺は……」


 「悪屑」


 ――!?


 「ビジネス界ではそう呼ばれているのですよね?でしたら今更遠慮なさる理由も無いでしょう、こういうやり方は貴方の日常でしょうし」


 「…………」


 俺は……


 阿久津あくつ 正道まさみちは本当に単純で馬鹿だ。


 最初から彼女は俺を”そうとしか”見ていないだろうに。


 ちょっと話しただけで、少しは打ち解けられたと勘違いして、本当に……


 華遙 沙穂利かのじょがあくまでそういう”BusinessLikeスタンス”で俺に対するのなら、俺もそうせざるを得ないだろう。


 ――”面従腹背な彼女ライアー・ガール


 だが仮面女優ペルソナで在り続けるのが彼女の人生に於いて正解というならそうだろうし、俺も“Business”の相手として彼女に接するのが最適解だ。


 ――超富豪セレブでナイスな二枚目イケメン阿久津あくつ 正道まさみち、十七才と一ヶ月


 だが一度は人生のどん底まで墜ちた男もまた、二面性を持っていて当然だ。


 憶測で物を言って申し訳ないが、多分、彼女には到底想像できないだろう。


 俺が借金の末に家族離散し、その後に海外でどんな地獄けいけんを経て現在の地位に至ったのかを……


 ――這い上がれる地獄など存在しない


 だがそれを成した一握りの人間がどんな”バケモノ”かは、皮肉なことに俺自身が一番知ることになってしまった。


 阿久津あくつ 正道まさみち仮面ペルソナはそんな”バケモノ”を深層心理の底へと葬る”くさび


 俺はそういう事を考えながらも、実際はそこまでするつもりはない。


 だが、この少女はそういう立ち位置で俺に接すると決めているようだし、俺もそれならばその範囲内で事を処理するべきだろう。


 「なら聞くが、今日から俺の屋敷へと世話になるというからには”そういう覚悟”も?」


 「…………」


 華遙かよう 沙穂利さほりが俺の顔に向ける”銀光の流路ラ・ヴォワ・ラクテェ”の瞳は全く動じることはない。


 ――言うまでも無く“そういう”とはつまり”夜伽”


 ……そういう意味だ。


 自ら伝統的な夜着である白装束に身を包んだ少女は、態とらしくその意図を含んで俺に主張アピールしてみせたのだろうが、実は完全に虚偽ブラフだろう。


 再会してから今の今まで、華遙かよう 沙穂利さほりは昔は興味の無かった阿久津あくつ 正道まさみちを観察し、そのヘタレ具合……


 いや、その分析には或いは幼少時かこの僅かな記憶も含まれているのかもしれない。


 恋文を捨てられても無視されても文句一つなく出し続けるだけで、そしてそれを衆人に暴露され酷い目にあわされても全て受け入れて蹲るだけの、


 ただ影から憧れの瞳で自分を眺めていただけの、”格”とか”身分違い”を十分に認識し身の程を弁えている男が多少の権力を手に入れたからと生粋の上流階級が華で、その粋たる華遙かよう 沙穂利さほりになにができるものかと……


 ――彼女は未だに俺を見下しているのだろう


 いや、これは自惚れが過ぎるな……


 ――華遙 沙穂利かのじょは現在でも俺を同じ世界の住人だとも認識していない


 俺は、ここに至っても微塵の不安も感じさせない彼女の希な程に美しい”銀光の流路ラ・ヴォワ・ラクテェ”の双瞳ひとみを見据えて、そして背中にゾクリと得体の知れない感覚が走る。


 ――はは……面白いねぇ、


 その感覚を、俺の半生けいけんで例えられる存在ものが在るのならば”戦場”だろう。


 そして俺は――


 「なら、華遙かよう 沙穂利さほり。”五千億の夜”とやらを楽しませてもらおうか」


 第五話「面従腹背な彼女ライアー・ガール」後編END

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