How To Go

死にたみ酩酊ヶ咲ちゃん

How To Go

「次のオリジナル曲はこんな感じ」

高橋がコード進行をスラスラとホワイトボードに書き始める。


ぼくと峰山はその姿を眺めながらホワイトボードの完成を待つ。

しばらくしてコード進行を書き終えると、高橋はアコギで曲調をなんとなく解説してくる。


「て感じなんだけど、メロディも歌詞もできてないので古田くんよろしく」


概要を説明し終えた高橋がにこっと微笑んでぼくに視線を向けてくれば、ぼくも微笑み横の我関せずといった顔をしている峰山に視線を向けた。


「高橋先生。メロディはぼくが考えるので歌詞は峰山くん担当がいいと思います」


ぼくの発言を聞いた峰山はあからさまに嫌そうな表情を見せた。


歌詞を書くのは面倒だからだ。おまけに頑張って考えても本番じゃ聞こえないことが多い。なのに歌は歌詞がなきゃ成立しない。つまり1番割に合わない担当だ。


歌モノなのに歌詞が最も面倒で最も目立たないって、神様はなんでこんな残酷な世界を作ったんだろう。


「……いや、いいよ。俺がメロ考えるよ。やっぱ古田に負担かけたくないし。古田に歌詞担当譲るよ」


峰山はしばしの沈黙の後、神妙な面持ちをこれみよがしに作って、ちんぷんかんぷんな言い訳で面倒担当をぼくに押し付けてきた。

よくその言い訳で勝負を仕掛ける気になったな、こいつは。


「気遣ってくれてありがとう。でも明日からフルコマだしバイトも28連勤だから歌詞考えてる余裕ないんだわ、メロディならギリいけるけど」


仕事を擦り付けてきた峰山へ間髪入れずに返答すると、峰山がおいおい、とケチをつけてくる。


「お前ゼミ以外授業無いだろ!バイト先も月曜定休じゃねえか!どうやって28連勤する気だよ!」


「は?再再再履の心理学概論が残ってますけど?それに…」


ぼくと峰山の舌戦が始まると高橋は止めに入るわけもなく素知らぬ顔でギターを弾き始めた。まあ、いつもの光景だ。


しばらく続いた屁理屈大会では決着がつかなかったため、歌詞とメロの割り振りはじゃんけんで決めることになった。


-結果、ぼくのパーは峰山のチョキに敗れたため、晴れてぼくが歌詞担当で峰山がメロ担当となった。


「かわいそう」


ホワイトボードに追記された、「歌詞:古田」の文字を見つめながら峰山がわざとらしく呟く。


敗北を喫したぼくはため息交じりに窓を開けて煙草に火をつけた。

いつの間にやら外は紫と赤が混ざった夕暮れだった。


オリジナル曲が出来ると毎回これだ。

高橋が骨組みを持ってくる所から始まり、担当争いでぼくと峰山が揉めて歌詞とメロディの担当が決まり、曲の肉付けが始まる。各々の楽器パートはその肉付け段階で揉めながら決める。


いつもの風景。

2回生の終わりぐらいにバンドを組んでから、ずっとこんな感じだ。


でも、ぼくたちも今はもう4回生。


つまり、


「そういや今度の学祭って俺らが出られる最後の学祭かー」


煙草を吸いに来た峰山の何気なしの言葉がそのまま真実だ。現役生としてこのメンバーで音楽するのもあと僅か。


「ぼくも今同じこと考えてた」


段々と暗くなりゆく窓の向こう側をぼーっと眺めながらそう言うと、峰山が「俺のほうが先に考えてた」だとかなんだとか喚いた。うるさいやつだ。


一方ぼくは、部屋に微かに入り込む冬の斜陽のせいか、なんとなく思っていることを取り留めもなく話したくなった。


「なんかさー、先輩たちみたいに上手くなりたいな〜って思ってたけど、全然そうはなれずに、中途半端な感じで終わっちゃうんだなって思うと、なんか、なんかな〜」


「でも1年のころより上手くなったじゃん。お前にしてはよく頑張ったよ」


峰山は頷きながら達観した表情を浮かべている。こいつは本当に行間が読めないやつだ。どうやって大学受かったんだ。そういうことじゃなくて、とぼくは一息置いて続けた。


「1回生の頃より上手くなったって、結局上手い人達には追いつけなかったからさ。比較対象を自分じゃなくて他人にした時、なんか虚しくなってまうねん」


話しているうちに小っ恥ずかしくなってきたぼくは、てきとうな関西弁でてきとうに話を切り上げようとして短くなった煙草を携帯灰皿へ押し込んでいると、意地悪な笑みを浮かべる峰山が視界に入った。


「古田がそんなに上手かったら古田じゃねえよ」


峰山の言葉に少しムッとして、はい?と迎え撃つと、峰山も煙草を携帯灰皿に片付けながら言葉を続けた。


「ま、向上心あるのはいいことだけど、最後の比較対象は自分にしとけって。頑張ったってのも、上手くなったってのも本当の話じゃん」


思いの外真っ当な意見にあっけに取られていると、それに、と峰山が続けて口を開いた。


「俺は楽しかったよ。上達してきた過程もだけど、なにより気兼ねなく文句が言えて、気兼ねなく笑えたこのバンドがさ。こう思えんのは多分、一緒にやれたのが古田と高橋だったからなんだろうけど」


なんだこいつ。


だけど、思い返してみれば、確かにそうかもしれない。4年間楽器を続けられたのは技術向上の為じゃなくて、このバンドが楽しかったからだろう。


気づくと窓の向こう側はついに真っ暗闇になってしまっていた。


卒業したらどうなるだろう。ぼくは音楽続けるかな。峰山と高橋と合わせたりするのかな。それとも会わなくなったりするのかな。音楽辞めちゃうかもな。


未来のことは全てが不確かだけど、このバンドが楽しかったことだけはみんな忘れないといいなあ。


「よし、峰山、高橋、飯行こうぜ!」


なんか少し4年間が報われた気がしたぼくは、後ろをぱっと振り返り2人を声をかけた。

…が、返事がない。よく見れば人影は1人。峰山のみ。


「高橋のやつ帰りやがった…」


峰山は高橋の荷物がないことを確認すると、まるで目の前で故郷の村を焼かれたかのように膝から崩れ落ちた。


「くそっ…高橋め…峰山をこんな風にしやがって……」


勝手に帰った高橋に思いを馳せていると、峰山が生まれたての子鹿のように弱々しくでも確かに立ち上がった。


「古田、今日は飯じゃなくて飲み行こ」


「合点!ジンジャーハイボール1億杯飲もうぜ!」


「え、少な…足りる?」


おわり

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