拝啓 親愛なる上沼恵美子様
小林恋壱
上沼さんに捧ぐラブレター
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はじめまして。
読売テレビ『上沼・高田のクギズケ!』という番組のスタッフをしている者です。
ラブレターの代筆屋である小林さんにお願いがあり、ご連絡させていただきました。
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秋の夜長を持て余していたある晩、一通のメールが届いた。
要件としては、
「ラブレター代筆業を番組で取り上げたい」
「代筆業を出演者に体感してもらうため、出演者のひとりである高田純次さんの代筆という体で、同じく出演者である上沼恵美子さん宛にラブレターを書いていただきたい」
そのような内容だった。
即、返信をした。
お受けします、と。
ラブレター代筆業は仕事ではあるものの、生活の糧を得る“生業”ではない。それだから、個人からの依頼にせよ、今回のような取材にせよ、無条件にすべてを受けるものではない。内容によってはお断りすることもある。
ただ、今回は一切の迷いがなかった。
高田純次さんの代筆、という点も惹かれたが、それよりも何よりも、上沼恵美子さん宛にラブレターを書く。その点に強く興味を覚えた。想像しただけで胸が躍る。
ただ、いざ書かんと、ノートに向き合ってみると、ひとつ困ったことがあった。
上沼恵美子さんを、知らない。もちろん、その存在は知っているが、人となりを知らない。
何に喜び、何に悲しみ、何が好きで、何が嫌いか。
皆目見当がつかない。
知っていることといえば、今や年末の風物詩ともなっている漫才コンクール「M-1」での姿くらいだ。ときに大いに褒めそやし、しばしば大いに怒鳴る、あの雄姿だけがボクの中の上沼恵美子だ。
その情報だけでは、とてもじゃないが愛の言葉を綴ることはできない。急ぎ、ネット上のインタビュー記事や、ラジオ番組、YouTubeなどで上沼さんの情報を仕入れた。知らないことばかりだった。
〇子供の頃、「のど自慢荒らし」と呼ばれていて、天童よしみがライバルだった
〇北島三郎から歌手としてスカウトされた
〇13歳の頃からプロの舞台に立っていた
〇お笑いはやりたくなかったけれど、お父さんに無理やりやらされた
〇実のお姉さんと漫才コンビを組んでいた。コンビ名は「海原千里(せんり)・万里(まり)」
〇海原千里・万里で出したシングル曲『大阪ラプソディ』は40万枚の大ヒット
『大阪ラプソディ』は、聴いてみたら、すごく素敵な曲だった。大阪の夜の街で繰り広げられる、どこか儚げで、それでいて、大阪ならではのカラッとした陽気さも漂う恋模様。
曲もさることながら、詞の世界観に心つかまれた。
この世界観をラブレターにも踏襲しようと思った。
結果、以下の3つを、ラブレターを書く際のポイントに据えた。
(1)『大阪ラプソディ』から漂う大人の男女の艶やかさと、ネオン街の鮮やかさを
文章の基調とする
(2)海原千里・万里という粋な芸名をどこかにまぶす
(3)13歳の頃から芸能の世界を生き抜いてきたことに対する敬意も示す
そして、高田純次さんになりきり、仕上げたラブレターがこちら。
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親愛なる恵美子様
こうして真っ白な便箋に向かい、誰かに気持ちをしたためるなど、何十年ぶりでしょうか。口はわりと達者であるものの、筆にはあまり自信がありません。
それでも、口に託すといつものように冗談にしてしまいそうなので、あえて、こうして不慣れな筆にて想いを綴ることで、混じりっ気のない純な気持ちを伝えることとしました。
あなたとこの番組で共演をしてから、もう10年もの歳月が経つのですね。
率直に言うと、番組初回から今日に至るまで、僕は圧倒されっぱなしです。
針の穴に糸を通すような的確でいて繊細なツッコミ、人生を歌い上げる豊潤な歌声、ゲストやスタッフへの気配り、そして、いつも先頭に立ち、番組を牽引していく姿勢。そのすべてに、です。
年端もいかない子供の頃から、芸能界という海原にお姉様と手をたずさえて飛び込み、その手が離れてからも、ひとり、険しい道を千里、万里と駆け抜けてきた、その凄みを、まざまざと見せつけられる日々。
同じ芸の道に生きる者として、信頼と敬意を抱くばかりです。
いや、こういった機会なので、正直に伝えます。
僕はあなたに信頼と敬意、そして、好意をも抱いています。恋、というやつです。こんなことを言うと、「高田さん、それは老いらくの恋よ」と笑い飛ばすかもしれないね。
それでもいいです。
あなたに笑ってもらえるなら、いつだって僕は道化を演じることでしょう。
それでもいいです。
波立つ海原の中、ひとり涙を隠してきたあなたには、もうずっと笑っててもらいたいから。
お嬢さん、いつもありがとう。
そして、おつかれさま。
いつかふたりで、宵闇の大阪をそぞろ歩きたいものですね。
七色のネオンの中、これまでのこと、これからのことなど語らいましょう。
東洋のレオナルド・ディカプリオ
高田純次より
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番組は関西圏でのみ放映されたため、東京在住のボクは番組の様子を知らない。
だが、今のところ上沼さんから苦情は寄せられていないので、悪くはなかったのだろう。
※追伸
上のラブレターにおいて、最も時間を要したのは、文末の“東洋のレオナルド・ディカプリオ”であったことを記しておく。
拝啓 親愛なる上沼恵美子様 小林恋壱 @denshin
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