出しちゃ王

 エリュシオン第二王女に誘われて向かった先は食堂(?)だった。

 王族が会食を開く場というにはそこまで広くはなく、かといって普通の大家族の普通の食卓というには広すぎる場だった。ビッグダディと石井さんちの家族ぐらいなら楽勝で大暴れできるぐらいの広さ。

「こちらの都合で呼び出してしまって、……せめてもの、ということでもないですが遠慮せず食べてください」

 王女の言葉に異世界から召喚された五人は「おお!」とどよめく。いかにもパーティとかででそうな見目には絢爛な食事だったが、皆マスクを外してから、時が止まった。

「え、フォークとかないんですか?」と鳥肌ちゃん。

 皆の時が止まっていたかと思ったが、ジローちゃんは普通に手づかみで食べてた。

「なんか味薄いな、コレ」ジローちゃんが特に悪びれたふうでもなくいい、

「もっとさ、味の素とかハイミーとかいの一番とか味 覇ウェイパーとか使ったほうがいいと思うぞ!」

 釣られて手で食べはじめたモグラが、

「いや、これは案外これでいけますよ。無添加の味がする」

「おまえ、そんな『無音が聞こえた』みたいなこというなよー」

 あっはっは、と笑うオッサンふたり。

 輪駆リンクは何がおかしいのかよくわからないと思いながら、王女の顔を見た。

「ああ、そうでしたね。あなたたちは――ハシとかフォークとかいうのですか、道具を使ってお食事をするのでしたね。わたしたちにはそういう習慣がないもので」

 少し恥ずかしそうなのは、エリュシオンにもこちらの知識が流入入ってるからなのだろう。そういえば手を洗うフィンガーボウルだかの水を風習を知らない外国人客が飲んだら、王女も恥をかかせないために自ら飲んでみせた、とかいう話あったな――と輪駆は考え、素直にオートミールみたいな食べ物も指ですくった。

「あ、結構イケる」

「ところで」

 エリュシオンがはたと思い出した、というように言った。

「皆さん、その――マスク、というんですか。それをなさってるようですが、そちらでの流行りか何かで?」

「流行りといえば流行りか」と虚空牙。

「わたしたちの世界では、まさに流行り病のせいで普段の生活ではこのようなマスクをすることが日常となってるんです」

 うんうん、と王女はうなずき、

「わたしはてっきり不良? という人が『卍』の入ったマスクをするぐらいで、普通の人はしないのだと思ってました」

 輪駆は、またモグラの知識だろコレと心の中でつっこんだ。

「卍といえば、東京卍リベンジャーズの『卍』は発音するんですかね、それともしないんでしょうか。『ゆるきゃん△』は『ゆるきゃん』であって『ゆるきゃんさんカッケー!』じゃないみたいな?」

 そんな下らない話をしながら、続々と運ばれてくる食べ物に皆は舌鼓をうったり、首をかしげたりしていた。

「なあ、これ虫じゃないよな?」

 虚空牙にこそっと訊かれ、輪駆は知りませんよと答えた。輪駆は結構ゲテモノもイケるクチで、「珍獣屋」でフルーツゴキブリなども食ったことがあるので、正直虫だろうとなんだろうと美味けりゃ関係ないと考えていた。

「食ってから考えたら?」

「いやだよ」

 あ、と王女はいった。

「そういえば皆さまはパーティか何かですか?」

「パーティってなんだよ、むしろ今がパーティだろうが」とジローちゃん。

「いやいや、パーティとかではないんですよ」とモグラ。「たまたま居合わせた面子というか」

「そうなんですか?」

「まあ、あたしとジローちゃんとかは顔見知りですけども」

 王女はポンと手を叩き、

「えーと。こちらがジローちゃんさん、あなたがモグラさん、それからマゾ美さんにぽん太さんに、端名さんですね?」

「え、ぽん太って誰?」と輪駆。

「俺だよ」と虚空牙。

「え、あんた、虚空牙さんでしょ?」

 はあ、と虚空牙はため息を吐いた。

「虚空牙ってのはYoutuberとしての名前で元々俺はぽん太だよ」

「本名?」

「んなワケあるか。あれ、君、もしかして つべ でしか俺のこと知らない?」

「知りませんよ」

「マジか~」再びのため息。

「俺、『出しちゃ王』って雑誌の編集兼ライターが本業なんだけど」

「え、なにそれこわい」

「怖くないよ。知らない? 『出しちゃ王』」

「なんですか、それ」

「地元に根付いたパチ・スロ雑誌の『出しちゃ王』だよ。おたく、あの店に来てたってことは『出しちゃ王』の『デルソル・デイ』見て来たクチじゃないの?」

「いや、たんに近所なもんで。なんか妙に並んでるなあ、晒し屋かなあ、と思ってたとこだったんですよ」

「まあ、そんなとこだよな」少々自虐めいた、ため息を吐き、虚空牙は続けた。

「いっても広告取るために公称部数とか盛ってるけど、俺ですらコンビニとかで見たことないもん、自社の本」

「はあ、本の名前なんですね」

「でも言い訳するわけじゃないけど、大手の三誌だって実売いったら微々たるもんだからな!」

「はあ。大手」

 大手ってなんだっけ? と輪駆は思った。

――ああ、ガイドとマガジンと失笑本か。

 そして。

 作者的にはそろそろ全方向的に敵作るスタイルはやめたほうがいいのではないか、と思いはじめたのだった(でも、やめない)。



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