第9話 初ライブ

5時間以上かけて札幌に到着したライブ当日。

控室も何組ものグループが一緒に入れ代わり順番で使うような小さな小さなライブハウス。

そこで岩垣先輩に大きな箱を渡された。

「何ですか?これ」

白い大きな箱。

「今日、それ着て歌え」

そう言われて開けると、その中には真っ白なキャミソールドレスが入っていた。

少しスパンコールの飾りも入っている。

「えっ!?」

それだけじゃない。

履いたことないような高いヒールのパンプス。

「えっ!?衣装!?」

驚きを隠せない。

「お前いつも色気ない服しか着てないし」

「いや、それは…」

放課後の練習は制服のまま行くし、休日の練習にわざわざそんな着飾って行かない。

「あっちのカーテンの向こうで着替えて、終わったら髪を巻け」

そう言われてヘアアイロンやスタイリング剤の入った紙袋も渡される。

「言ってくれたら綺麗な格好くらいしてきたのに」

「つべこべ言わず、行って来い!」

控室の端にあるカーテンの仕切りを指差して問答無用で着替えに行くように指示された。

着替えながら、こんな袖の無い服はこの時期寒いし、そもそも持っていない。

ヒラヒラした服なんて、ドカ雪が降る私の住む街には向いていない。

こんなヒールだって…

そんなことを思いながら着替えてヒールを履くと、見える世界が少し違うことに驚いた。

9センチ高くなった世界は、岩垣先輩の口元が私の目線だった。

いつも見上げていた岩垣先輩に少し近付いた感じ。

着替えた私を見て、感想なんてなしで髪を巻くように指示される。

控室の端の鏡の前に座り、コンセントを差してアイロンを持つ。

肩甲骨まである私のストレートの髪。

巻くなんて毛先くらいしかしたことなくて、もたついているとヘアアイロンを取り上げられて器用に岩垣先輩が巻いてくれる。

「…器用ですね」

「お前が不器用過ぎなんだよ。化粧しろ」

そう言われて私の鞄を投げ渡す岩垣先輩。

化粧もしてきたんだけど…これじゃ駄目ってことか。

私はいつもより濃く塗ってみる。

「お前さ、塗ればいいんじゃないから。女子力なしか?磨けよ」

酷い言われよう…。

ヘアアイロンを鏡台に置いて、化粧ポーチを取られてメイクもされるがまま。

人にお化粧をして貰うなんて、七五三以来かも…。

ヘアメイク終盤、ポーチの中身を見て溜め息をつく岩垣先輩。

「何かまずかった?」

私の問い掛けに応えずに、岩垣先輩は隣に座ってヘアメイクしていた歳上のお姉さんに声を掛けて口紅を借りてきた。

付けたことのない濃い目の赤の口紅に抵抗する私の顎を力付くで固定して、その口紅を私の唇におとす。

仕上がりに満足したのか、岩垣先輩は私を見て微笑んだ。

「よし」

それだけ言って、お姉さんにお礼を言い口紅を返すと、リハに行くぞと控室を出て行く。

慌てて追い掛けようとした私は、9センチヒールに苦戦。

その姿を姿見で見て驚いた。

自分じゃないみたいだった。

「よく似合ってるよ。可愛いね」

隣のお姉さんにも褒められた。


リハを簡単に済ませて、ライブハウスの片隅で打ち合わせ。

はじめて会う別のグループの男性に声を掛けられた。

生まれてはじめてのナンパ。

鬼の形相の岩垣先輩に、すぐ逃げちゃったけど、それも何だか嬉しかった。

「録画してYou Tubeに上げるから」

岩垣先輩に言われて私だけ驚く。

「そんなこと出来るの?」

「誰でも出来る」

「高くないの?」

「無料」

知らないことばかりだった。

よく見たら、私以外全員普段着だった。

「ねぇ、みんなは何着るの?」

「このままだよ」

ショウがにっこり答えてくれた。

「私だけ浮くじゃん!!」

「いいんだよ」

打ち合わせは終わりだと話を遮られる。

「よく似合ってるよ」

意味がわからないけれど、ホダカさんにそう言われて照れた。


初めてのライブ。

人前で歌うことに直前になって怖じ気付きそうになった。

「胸を張れ」

背中に手を当てられて、

「お前なら大丈夫」

ステージに上がる直前に岩垣先輩が背中を優しく押してくれた。


初めて立ったライブは、観客数十人の小さな小さなライブハウスだった。

無名の私達を知る人は誰も居ない中で歌ったのは2曲。

カバー曲とオリジナル曲。

アドレナリンが半端ないくらい出て、記憶が飛ぶくらいの興奮状態になったけれど、観客席の後ろから差すピンスポの光とあの空気感は今でも忘れない。



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