第1話 夢

窓の外を眺めていると、今年一番初めの雪を見た。

「あっ」と思わず口から漏れて、

「茅森さん、聞いてますか?」と数学の女性教諭に注意を受けた。

「はい…えっと…」

雪が降ってきて…と言いかけたけれど、止めた。

「何ですか?」

「何でもないです」

「では前に出て来て、この問いを解答しなさい」

先生は私が話を聞いていたか確認したいらしい。

私、茅森美空かやもりみくは立ち上がり、教室の一番後ろの窓際の席からゆっくりと教壇へと向かう。

先生にチョークを差し出されて、それを受け取り黒板の前に立つ。

正直、話を聞いていなかった。

何の方程式だったっけと黒板の情報を集めて頭をフル回転させる。

わからないままチョークを黒板に当てた時だった、チャイムが鳴る。

先生は深い溜め息をついて、

「次の授業でまた当てるからね」

と言って私に席に戻るよう促した。

クラス委員長の号令で授業終了の挨拶を済ませ、先生は職員室へ、クラスメイト達はそれぞれ休憩時間に入った。

私は自分の机に身を伏せて、もう一度窓の外を眺めた。

先程降り出した雪が舞っていた。

「チャイムに救われたね」

前の席に座っていた親友の佐藤若菜さとうわかながこちらを向いて私の顔を覗き込んだ。

私は苦笑いして身体を起す。

「ヤバかった」

「だよね。絶対聞いてなかったっしょ?」

その通りと頷いて答えた。

「ねぇ、今日さ、帰りにカラオケ行かない?」

「行くっ!」

私は若菜の誘いに賛同した。


北海道の片田舎にある私の住む街は、若者が楽しめるような遊び場は限られていた。

自然が多くて人は少なめ、観光名所も牧場程度で北海道の中では地味。

若者は進学や就職をしてこの土地を離れて行く者が多く、私もいつかはと思っていた。


流行りのお気に入りの曲を歌い上げると、若菜は拍手してくれた。

放課後の二人でカラオケは、週二〜週三。

私達はここのカラオケの常連だった。

3畳くらいしかないその空間で飽きもせず若菜と交代で歌を歌う。

「美空ってさ、上手いよね」

「ありがとう」

「いや、お世辞抜きに」

小さなテーブルを挟んで対面に座る若菜が真剣に言ってくれた。

「初めて美空の歌聴いたとき、鳥肌ものだったもん」

お世辞でも嬉しい。

小さい頃から歌うことは好きだった。

兄弟姉妹の居ない私にとって、一人でも出来ることだったし、おもちゃもあまり買い与えて貰えなかったから道具の要らない遊びだった。

「そこらの歌手より絶対上手いって!」

「めっちゃ褒めてくれる」

思わず笑ってしまった。

「オーディションとか受けないの?」

「えっ?」

「例えばさ、こんなのとか」

若菜が差し出したスマホの画面には、聞いたことのあるレコーディング会社のオーディション応募概要が記されていた。

「無理無理。東京になんて行けないもん。お金ないし」

「ここは先に録音したのを送るだけっぽいよ?脈アリならあっちが交通費くらい出してくれるでしょ」

若菜にはそう言われたけれど、こんな有名な会社に来る応募なんて万単位だろうと思う。

その中を勝ち抜く自信も、際立つ自信もない。

自分でも歌うのは得意だと思うけれど、プロになれるような器だとは思わない。

それは、自分の可能性の幅を何となくわかってきたからかもしれない。


何も知らなかった幼い頃の夢は、歌手になることだったはずなのに。






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