アロマンティスト×ギャル 9


 翌日の昼休み、龍成は食堂に来ていた。


 昨日、夕飯を作らなかったから、今日の弁当に使うおかずが無かったのだ。本当は朝食と一緒に作ろうと思っていたが、龍成にしてはものすごく珍しいことに、今朝は寝過ごしてしまったというのもある。茜に起こされるなんて、小学3年の遠足の朝以来じゃないだろうか。


 食堂を使うのなんて初めてだ。実は利用方法がよくわからず、さも友達との待ち合わせ中ですよという雰囲気を出しながら、他の利用者の様子をうかがっている。


 茜の姿も見える。ここ連日一緒に行動していた女子のグループと一緒に、既に食事中だった。一体何を食べてるんだろうか。肉ばっかり食べてないで、ちゃんと野菜も取っているだろうか。


「あれ、足高あだかじゃん。珍しい」


「あ、松岡君」


「ちょうどいいや。これやるよ」


 松岡が差し出したものを受け取る。学食の利用券だ。500円券が4枚綴り。


「え? なにこれ? なんで?」


「俺だって知らねえよ。キャプテンがお前に渡して礼を言っといてくれって。お前何やったの?」


「いや、全然分かんないんだけど」


 今日は火曜日。長谷場はせばの相談に乗ったのは先週の水曜だ。高校生にもなると、礼をするのにこのくらい間があるのは許容範囲なのだろうか。


「これ、いつ渡されたの? 他に何か言ってなかった?」


「今さっきだよ。昼休み入ってすぐになんか呼ばれて。あー、あとあの子にもよろしくって言ってたな。なんのこと?」


「……茜に告白したことのお詫びとかじゃない?」


 嘘だ。長谷場が言った『あの子』とは、茜ではなくかえでを指しているんだろう。


「ふーん。まぁいいや。もういいか?」


「あ、ごめん。もう一個」


「何?」


「この食堂、何かおすすめある?」


 そう聞くと、松岡はニンマリと笑った。



 その後、龍成は昼休み一杯を使って、腹が破裂するかと思うような量の腹ペコ運動部員御用達メニューを食べることになった。もう二度と、運動部員に食堂のおすすめを尋ねることはしない。そう心に固く刻みながら。


   ●


 放課後になった。


 満腹感はいまだに収まらない。これはさすがに胃薬でも飲むべきだったんじゃないかと龍成は思いながら、恋愛相談室までの道を歩いた。


 宿直室のドアをノックする。中からの「はぁい、開いていますよー」という返事を聞いてドアを開ける。かえでが一人遊び・・・・に励んでいなくて今日も一安心だ。


「足高さん、いったいどんな魔法を使ったんです?」


 そして、かえでの正面の席に座るなり、そんなことを言われた。


「魔法? なんの?」


「あれ、聞いてません? 今朝、三野宮さんが3年生のクラスに突撃して、長谷場先輩に告白して見事に押し切ったって話。新規カップルご案内です」


「え。何それ初耳」


 というのも、龍成の噂話の情報源は、その大半が茜経由だ。特別親しい同性の友人がいないという寂しい現実を直視してはならない。


 同時、昼休みの出来事にも理解の色が広がった。


「あ、そうだ。宮里さん、これあげる」


 財布から取り出したのは、500円券が4枚綴りの学食の利用券。既に2枚は使用済み。


「えっと、これは?」


「その長谷場先輩からのお礼だってさ。半分はもう僕が使っちゃったけど」


「足高さんが持ってていいですよ。私、食堂って使わないんで」


「僕もそう思っていたけど、今日の僕みたいに、寝坊しちゃうと使うことになると思うよ」


「ああ。だから今日のお昼は断られたんですね。そのせいで、私は一人寂しく教室でクラスメイトと一緒に食事をとることになりました」


「いや一人寂しくじゃないじゃん。一緒に食べてるじゃん」


「それに、お昼を一緒にしているあの男子生徒はなんなんだと、厳しい詰問を受けました」


「まぁそりゃされるだろうね。毎日一緒にお弁当食べてれば、そう思われるのは普通だよね。ちなみになんて答えたの?」


「はい。お互いに弱みを握り合う仲だ、と答えました」


「間違っちゃいないけど、もうちょっと別の言い訳は思いつかなかったの……!?」


 ヤカンが音を立てた。話を中断し、紅茶と緑茶をそれぞれ淹れる。


「それで、どんな魔法を使ったんです?」


「ああ、うん。三野宮さんと接してみて、どうも僕には最初から気がなさそうだったんで、長谷場先輩が三野宮さんを好きなんじゃないかって噂があるってタレコミを」


「相談者のプライバシーが駄々洩れですね。もう、駄目ですよ。相談内容をそんな風に利用したら」


「……たしかに。カウンセラーとしては、やっちゃいけないことだったかなって今では思うよ。だけど、まぁ、うん。校内での刃傷沙汰を事前に防いだってことで目をつぶって欲しい」


「もう、しょうがない足高さんですねぇ……」


 緑茶を啜りながら、龍成は、あることに気が付いた。


「そういえば、一個だけ分からないことがあるんだよね」


「なんです?」


「三野宮さん、なんで僕に告白したんだろう」


 長谷場の次くらいには愛してる、と三野宮は投げキッス付きで言ってくれた。だが、それは龍成が長谷場の最重要個人機密を漏らしたことが理由のはずだ。だってそうでなければ、少し話をしようとするだけで、あれほど明確に拒絶をしようとするのが分からない。


 つまり、三野宮は告白時点で、龍成のことを好きでも何でもなかったということではないだろうか。


 ということをかえでに伝えると、「なんだ、そんなことですか」と、かえでは実に簡単なことのように言った。


「え、何? 分かるの?」


「分かるも何も、私たちは先日、別の実例を聞いているではありませんか」


「え? 実例?」


「はい。長谷場先輩が、三野宮さんの気を引くために、好きでも何でもない相手に告白した、という実例に」


「……!」


「仲が良いのか、間が悪いのか……。奇しくも長谷場先輩と三野宮さんは、相手の気持ちを知るために、全く同じことを同じ日に実行してしまったのです。三野宮さんの最大の誤算は、長谷場先輩も同じことをしてしまったこと。これで三野宮さんと足高さんの噂話までもが広まれば、お互いを好きな二人は、それぞれ別の人間を好きなことになってしまう。だからそちらの噂は広がらなかった。広げる手筈を打たなかった」


「え、でもおかしくない? 茜ならともかく、僕に告白して、オッケー貰ったらどうするの?」


「そこは賭けだったんじゃないでしょうか。足高さんと上崎さんが付き合ってるって噂もありますし。もしオッケーされちゃっても、茜さんを理由にすぐにポイっと捨てるって手もありますし。あの風貌ですからね。すぐに冷めたからすぐに捨てたとでも言えば、周りは普通に受け入れるでしょうね」


「あぁー。それはありそう」



「―――あるいは、



「え? 復讐? なんで?」


「思い返せば、長谷場先輩が上崎さんに告白したという噂が立つのは、随分と早かったように思います。ちょっと不自然なくらいに早かったです。足高さんは噂には疎いようなので、気付かなかったと思いますが」


「そこで僕をディスる必要あった?」


「おそらくですが、事前にをしていたのではないでしょうか。足高さん、サッカー部の誰かから、上崎さんと付き合ってるかどうか、確認されたりしませんでした?」


「あ。あったあった。同じクラスの松岡君」


「つまり、その噂を聞いた三野宮さんは、自分が好きな長谷場先輩が、自分ではなく上崎さんを好きだから、その上崎さんが大切な足高さんを奪ってやろう、と考えたというわけです」



 ―――復讐と恋愛においては、女は男よりも野蛮である。



 弘原海わだつみの言葉を、龍成は今さらながらに思い出した。もしかして弘原海は、こちらのことを言っていたのではないのだろうか。


 ぐったりと、背もたれに体重をかけて足を延ばした。先端がかえでの爪先に当たったが、今ばかりはどかす気力もわかなかった。


 そう。弘原海は言っていたではないか。



「女の子って、怖ぇ~~~……」



 その態勢のまま、しばらくぼうっとしていると、段々と腰が痛くなってきた。いい加減起き上がるか。そう龍成が考えた直後、ノックも無しに宿直室のドアが開け放たれた。


「あ、茜? うわっ!?」


 不安定な体制で後ろを振り向いたせいで、ついに龍成が椅子から落ちた。


「あら、上崎さん。恋愛相談室へようこそ」


 茜は腰に手を当て薄い胸を張り、龍成の前で仁王立ちになった。龍成の角度からはパンツが見えているのだが、長い付き合いだ。お互いになんとも思わない。


「リュウ、私に何か言うことない?」


 言う事? 何かあっただろうか。そういえば、昨日のあれから茜とは普段通りに話せている。


 あ。


「茜」


「うん」


「昨日ハンバーガーだったから、今日から三日は魚と野菜ね」


「え、ちょ、ちょっと待って!? 本気!? 救済措置は何もないの!?」


「あー、朝と昼のベーコンとソーセージくらいなら」


「くっ、それが生命線……! いやそうじゃなくって!」


 なんだよもう、と起き上がる。そういえば、なんで喧嘩……喧嘩か? まぁ喧嘩でいいや。なんで喧嘩をしていたんだろうか。


 茜が足を進め、机の上にバン!と一枚のプリントを叩きつけた。プリントには入部届と書かれており、部活名の欄には恋愛相談部と書かれており、氏名の欄には上崎茜と書かれている。


「私も、恋愛相談部に入るから」


「えっと、上崎さん? 申し訳ないのですが、ここは部活ではないので、入部届を持ってきても入部は認められませんし、そもそも新室員を募集していません」


「はぁっ!? なんでよ! じゃあリュウはどうなの!?」


「足高さんは必要な人材ですので」


「部活じゃないんでしょ? じゃあ私が来ても問題ないよね!?」


「いえ、そういうわけには」



「―――いいじゃないか。上崎を室員と認めても」



 開けっ放しのドアから、志部谷しぶやが顔をのぞかせてそう言った。


楓恋かれんちゃん!? 何言ってるの!?」


「何、心配はしてたんだ。かえでも足高も若い女に若い男だ。互いに恋愛感情が無くとも、魔が差して一線を超えてしまう場合があるやもしれん。お前たちはアセクシャリストでは無いのだからな。予算の都合でこの部屋には監視カメラもないし。それに百戦錬磨の上崎が加わるのは力強いと思わんか?」


「でも先生、こいつ百戦錬磨は百戦錬磨でも、告白全部断ってばっかりで、誰とも付き合ったことがありませんよ」


「ちょっとリュウ! アンタどっちの味方!?」


「中立かなぁ……」


「これは恋愛相談室の、監督責任者としての決定だ。……ふむ、となると机が4つでは足りんな。足高、手伝え。奥から机と椅子を二組持ってくるぞ」


「あ、はい。分かりました」


 龍成が志部谷の後を追う。ペタペタとスリッパの音が二人分、部屋から少しずつ離れていく。



「私、負けないから」


「そもそも、勝負じゃないと思うんですけれど」



 宿直室では、かえでと茜の間で、静かに火花が散っていた。

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