アロマンティスト×ギャル 5


 クエスチョン。そもそも、長谷場はせば三野宮さんのみやの接点は?


 アンサー。三野宮はサッカー部のマネージャーである。


「え? あの見た目でマネージャーやってるんですか?」


「あはは、やっぱそう思うよな? 俺も最初は同じこと思ったよ。だけどああ見えて気が利くし、誰か怪我したら真っ先に救急箱持って駆け寄ってくれるしで、めちゃくちゃ可愛いんだぜ?」


「……けど、マネージャーだってんなら、茜に告白するなんて胡乱うろんなことをせずに直接三野宮さんに告白すればよかったんじゃあないんです?」


「そいつはちょっと難しいんだよなぁ……」


「どう考えても茜に告った後に三野宮さんと付き合うって方が難しいと思うんですけど」


「まぁちょっと聞いてくれ。俺、キャプテン。三野宮、マネージャー。大富豪と大貧民。仮に、そう、これは仮にだが、三野宮がおおおお俺のことを嫌いだったとしてももももも」


 頭を抱えた長谷場の体の震えが自分の机にまで伝わり、龍成は腕で机を抑えつけた。


「仮定の話で勝手に大ダメージ受けないでください!」


「すー、はー。すー、はー。か、仮にだが、三野宮が俺のことを何とも思ってなかったとしても、パワーバランス的には断るのは難しいはずだ。それに部の連中も三野宮のことは気に入っている。そこで俺が告白して三野宮をカノジョにでもしてみろ。とんでもないことになるぞ。最悪、最後の大会どころか夏休みを前にサッカー部が空中分解だ」


「まぁ、その可能性はあるでしょうね」


 はて、と龍成は思った。これまでの情報を整理してみよう。


 長谷場が好きなのは、三野宮である。


 その長谷場は、三野宮の気を引くために、あえて茜に告白して断られることで、どう反応するかを引き出そうとした。


 けれども肝心の長谷場は、キャプテンという立場から、マネージャーである三野宮に告白するわけにはいかない。


 加えてその三野宮が好きなのは、他でもない長谷場が相談を持ち掛けている龍成その人である、という致命的な情報を、龍成はあえて無視した。


「……結局、長谷場先輩はなにがしたいんですか?」


「そう、それなんだよ! 俺はどうするのが正解だと思う!?」


 龍成は少しばかり安心した。もしも、三野宮の方から長谷場に告白するように仕向けてくれ、なんて無理難題を頼まれたらどうしようかと考えていたからだ。恋愛に脳を破壊されたとはいえ、どうやら最低限の理性程度は残っているらしい。


「なるほど、お話しいただきありがとうございます、長谷場先輩」


 大人しく話を聞いていたかえでが、横から口をはさんだ。


「恋愛に正解は無い、と一般論で答えるのは簡単ですが……。少なくとも、不正解である行動は分かります」


「不正解?」


「はい。長谷場先輩は上崎さんに告白して振られたばかり。ここですぐに三野宮さんに告白なんてしたら、その心証は最悪です。上崎さんに断られたから、手頃な三野宮さんに手を出した、と。長谷場先輩の思惑とは関係なく、周りの人も、三野宮さん本人からもそう思われるのは間違いありません」


「……まぁ、そうか。そりゃあそうだよな」


「逸る気持ちも分かります。もしかしたら、こうしている間に、三野宮さんを他の誰かに取られたらどうしよう、と」


 その言葉を聞いた瞬間、龍成は背中に物凄い量の汗が噴き出るのを自覚した。必死で表情を取り繕う。長谷部はその可能性に怖れおののき頭を抱えて呻いていたので、龍成の行動は全くの徒労に終わったわけだが。


「ですが、ここはあえて部活に精を出してはどうでしょう」


 その言葉に、長谷場は疑問を浮かべた表情で頭を上げた。かえでは長谷場の目を見て、そのまま言葉を続ける。


「キャプテンという立場は、恋愛的にもバイアスのかかりやすいものです。可能性の話ですが、活躍するキャプテンの姿を見て、三野宮さんが長谷場先輩に思いを寄せることがあるかも知れません。それに、もし誰かに奪われたのなら、奪い返せばいいのです」


 ごめん頼むから宮里さん導火線をどんどん短くするのは止めて欲しい。そう叫びたくなるのを龍成は必死でこらえる。


「それに、少なくとも頭を冷静に出来ますし、上崎さんへの告白から時間を置くことにもつながります。長谷場先輩は三野宮さんを大切にしておられるようですが、大切なのは、三野宮さん以外にもいるのではありませんか?」


「そうか……。そう、だよな。俺はあいつらのキャプテンだってのに、三野宮のことだけを優先させて、こんなんじゃキャプテン失格だ。俺はこんなところで、一体何をしてるんだろうな……」


 幾分かすっきりした表情で、長谷場は天井を見上げていた。前を向き、出されていた茶を一息に飲み切る。椅子から立ち上がり、


「ありがとな、宮里、足高あだか。最初は不安だったけど、お前らに相談してよかったよ。俺、このまま部活に行くわ。志部谷しぶや先生、失礼します!」


 志部谷へと一礼したあと、長谷場は宿直室から退出していった。


 静かになった宿直室。三人はそれぞれ自分の茶器に口を付ける。長谷場が綺麗に閉めた扉を見て、龍成は思った。


「単なる恋愛で、なんであの人は軍略家みたいなことをしてるんだ……」


「何がです?」


「三野宮さんの気を引くために、全く無関係な茜に告白したってやつだよ。三野宮さんやサッカー部へのやさしさを、なんで茜には向けてやれないかなぁ……」


「なぁに、年を取るとままあることさ。恋愛童貞の中坊どもが想像するような恋愛とは、駆け引きからして違うんだよ。大人になるとはそういう事さ」


「人生で一度は言われてみたい台詞でしたが、正直、こんな状況では聞きたくなかったです」


「何、やってることは相手にやきもちを焼かせたいという、こう言っちゃなんだが5歳児みたいな行動原理だよ。恋とは人を馬鹿にするからな。お前らも飴食うか?」


 志部谷はロリポップキャンディーに口を付け、龍成たちにも差し出す。かえではキャラメル味を受け取ったが、龍成は何も受け取らず、茶器を退避して机の上にぐったりと突っ伏した。


「どうしたんだ足高。初めての恋愛相談だったがなかなか上手くいったじゃないか。もっと喜んだらどうだ?」


「……それ、本気で言ってます?」


楓恋かれんちゃん、足高さん、物凄い爆弾をかかえてたんだよ」


「爆弾ん? なんの?」


 かえでがスマホを取り出し操作する。志部谷にそれを見せると、龍成と、茶髪をした目立つ風貌の女子高生が映っている。かえでが女子高生の方を指差して「こっち、告白してる女の子が、さっきの話で出てきた三野宮さん」と伝えると、



「ぶははははははは!! そうか、そりゃそうもなるよな! はははははは!!!」



 宿直室の中には、全くの遠慮なしに大爆笑する渋谷の声で満たされた。


「笑いごとじゃないですよ……! どうするんですかこれ!? 恋愛相談した相手が自分が好きな女の子に告白されてたなんて、バレたら刺されるくらいじゃ済みませんよ!!」


「ははは、いやぁ、すまんすまん。まさか現実でこんなドラマみたいなことに遭遇するとは思っても無かったんでな」


「何か、解決方法を知ってたりしませんか……?」


「知らん」


「ちょっとは考えてくださいよ!?」


「おいおい、教師は生徒のどんな悩みも解決できるスーパーマンって訳じゃないんだ。もう高校生なら、それくらいのことは分かるだろ? 私はお前よりちょっと長く生きているだけの同じ人間だぞ?」


「ちょっと?」


「あ゛あ゛ん゛!?」


「すいません話の腰を折りました続きをお願いします!」


「フン、別に意地悪でこんなことを言っている訳じゃない。私だって教師の端くれだ。悩んでいる生徒がいれば解決方法の提示くらいはするさ。それが私に解決できる範疇なら、な」

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