アロマンティスト×ギャル 4


 すでに本来の用途で使われなくなった小仙上こせんじょう高校の宿泊施設の一室、今は恋愛相談室として使われている当直室に、控え目にノックの音が響いた。かえでの「開いてますよ、どうぞ」という返事で扉が開き、所在無さげに一人の男子生徒が姿を現す。


 絵に描いたような、爽やかなスポーツマンだ。ネクタイは3年生を示す青。制服にはやや着崩しがあり、髪の色は茶髪。


 その相談者は、相談室の中、4つの机を合体させた大机、隣同士で座る二人を見るなり、


「ゲッ! 宮里かえでに、あ、足高龍成あだかりゅうせい!? ちょ、嘘だろ聞いてねえぞ……」


 と、嘆くように目を手で隠し、かぶりを振った。龍成の気のせいかもしれないが、かえでよりも龍成の方に過敏な反応を示していたようにも思える。


「恋愛相談室へようこそ。どうぞ、そちらにお座りください」


 かえでが着席を促すのだが、相談者は後退りするように出入口へと近付き、


「あー、いや、悪いんだけど、この話はなかったってことで」


 そして後ろから志部谷しぶやに蹴り飛ばされて、畳の床に倒れた。


「痛って、なにしやが、ゲッ、しぶやん!?」


 志部谷は倒れた相談者を逃げられないように踏みつける。教育委員会が見たら大爆発間違いなしだ。


「オウコラ長谷場はせばぁ……人様に時間使わせといてバックレようとはいい度胸だなぁオイ。内申減らされんのが怖くねえのかぁ? あとちゃんと志部谷先生って呼ぶように」


「いやいやしぶやん! だって俺聞いてねえし! !」


「私だってお前の相談内容を知らないんだからお互い様だろ。いいからとっとと出すもん出してけ。それまで帰れると思うなよ」


「俺恋愛の相談に来たはずだよねぇ!? 出すまで帰れないって何!?」


 ともあれ長谷場は志部谷の『説得』により、龍成とかえでの正面に座ることになった。志部谷がかえでの正面に座ったので、長谷場が座るのは龍成の正面だ。ものすごく気まずそうにしている。


「それでは、所属クラスとお名前などを教えていただいてよろしいでしょうか」


 昼休み、志部谷から届いたメッセージに書かれていたのは3年生男子というだけで、名前が書かれていなかったのだ。これは事前にかえでから、個人情報保護の観点から外部のサービスに名前を乗せるわけには云々、という説明を龍成は受けている。


「あぁ。長谷場康介はせばこうすけ。3年2組で、サッカー部のキャプテンをしてる」


「はい、ありがとうございます。私たちのことは既にご存知のようですが、一応自己紹介をしておきますね。私は恋愛相談室の室長、宮里かえでです。こちらは」


「室員の足高龍成です」


「長谷場先輩のプライバシー、並びに相談内容は秘匿させていただきます。恋愛相談室そのものは話題にしていただいてもかまいませんが、余計なトラブルの発生を防ぐために、その活動をしているのが私たちであるということは秘密にしてもらいたいと思います。構いませんか?」


「あ、あぁ。そりゃもちろん」


「あ」


「え、な、なんだ足高? 何かあったか?」


「あ、いえ、すいません。何でもないです」


 龍成は今更気付いた。茜だ。茜に恋愛相談室のことを口止めしていない。誰かに漏らしていないだろうか。今日、帰ってからでも確認しなくては。


「な、なんでもない? 本当に? 何か言いたいことがあるんじゃないか?」


 なんだろう、と龍成は思う。特に思い出せない。……あ、そういえば。


「サッカー部のキャプテンなんですよね?」


「あ、ああ。そうだが」


「今部活の最中だと思うんですけど、抜け出して大丈夫なんですか?」


「え? ああ、うん。問題ないよ。今日は副キャプと学キャプに任せてるから」


「学キャプ?」


「ああ、サッカー部じゃないから知らないか。学年キャプテンっつって、各学年のまとめ役がいるんだよ」


「へぇ、この学校の運動部ってそんなのあるんですね」


「あー、どうだろ。サッカー部以外で同じことやってるかは知らないな。確かバスケはやってたと思うけど」


「ついでに名目としては進路相談になっている。私は進路相談の担当も兼任しているからな」


 志部谷が補足説明を入れた。「カモフラージュのためとはいえ、おかげで仕事が増えて忙しくてたまらん」という愚痴を添えて。


「あぁ、確かにそれなら怪しまれなさそうですね」


「……」


「……」


「……え? それだけ?」


「……え? 僕と先輩に、何か接点ってありましたっけ?」


 埒が明かないと、かえでが口をはさんだ。


「あのー、長谷場先輩? 多分ですけれど、足高さんはこの様子だと思い出さないと思います。私は察しが付きましたけれど、ご自分でお伝えします? それとも私の方から言いましょうか?」


「……ごめん。後輩女子に任せるのは情けないけど、代わりに頼むわ」


「いえいえ、お気になさらないでください。私、これでも相談室の人間なんですから。さて、足高さん、こちら、サッカー部のキャプテンさんです」


「あ、うん。それはさっき聞いたから知ってる」


「そして先週、上崎さんに告白した方です」


 あ、あーーー……。


「言われてみると、茜がそんなことを話してたような気が……」


「誰から告白されたとか共有してんのかよ……。いや、ていうかそもそも噂になってるか」


 長谷場は、ものすごくいたたまれない表情になっていた。


「あー、気にしなくていいですよ、長谷場先輩。僕と茜は別に恋人とかじゃないですし、そう、双子の兄妹みたいな環境で育ってますから。長谷場先輩に思うような所は何もないです。本当に、マジで」


 本当だ。本当に、思うところは何もない。噂になってることまでは知らなかったが。思い返してみると、茜が誰かに告白されたという噂は、龍成はあまり耳にしたことが無い。多分だが、周りの人間が自分がいるところで話題にするのを避けているのかも知れないと龍成は思う。


 そもそも噂の前に、本人から真っ先に報告を受けていたりはするのだが。


「ということは、茜との仲を取り持てばいいんですかね。あー、いやでも今はちょっとやめといた方がいいと思いますよ。何でかは分かんないんですけど、あいつ今は変に機嫌悪くて。生理はこの間終わったはずなんですけどね」


 そう言うと、周囲の三人が龍成をドン引きした目で見ていた。


「……足高さん、上崎さんの生理周期把握してるの、正直言って気持ち悪いです」


「……いや、うん。俺もちょっと引くわ」


「……足高。世間一般的に言って、男が女性の生理周期を把握しているのは相当にヤバいぞ」


 総スカンであった。


「なぜだ……! 僕はちょっと生理痛を緩和出来ないかと食事に気を使うために知っているというだけなのに……! ていうかほぼ毎日一緒にいるとだいたい把握できませんか!?」


「足高さんの理屈だと、クラスメイトの女子全員の生理周期を把握できることになるんですけど」


「いや、俺姉貴と妹いるけど、どっちも今生理来てるとか把握できたこと一回もねえわ」


「足高、もう口を開くな。これ以上罪を重ねるんじゃあない」


 長谷場に代わり、今度は龍成がものすごくいたたまれない表情になっていた。


「その、足高に無駄に被害が出たところで悪いんだけどさ、俺が気になってるのは上崎茜じゃあないんだわ」


 え、という顔で龍成は長谷場を見た。


「上崎には悪いんだけど、最初から本命じゃないっつうか、その子の気を引くために振られることを承知で告ったっていうか」


 本命の気を引くためにあえて別の相手に告白! そういうのもあるのか! という顔でかえでは長谷場を見た。


「学年一緒だから知ってっかな? 一年の、三野宮さんのみやって子なんだけど」


 あーはいはい。三野宮さんね。知ってます知ってます。はい。


 龍成は思わずそう言いそうになるのを、危ういところでこらえた。


 知らないはずがあろうか。龍成の脳裏に、その姿がありありと思い浮かぶ。


 三野宮さんのみや椿姫つばき


 校則違反ギリギリの茶髪。校則違反ギリギリの化粧。校則違反の疑いのあるピアス。



 長谷場が茜に告白したのと同じ日に、龍成に告白してきたギャルの名前だった。


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