第23話

 油断なく構えていた第二部隊の隊員たちが静かに銃を下ろす。ホルスターに納める音が会場に響いた。


「は、ははは! よくやった、カーズ隊長! これで貴様も心置きなく辞任だな」


 壁際で腰を抜かしていたドネシクが、耳障りな笑い声を上げた。


「その必要はありませんよ。辞任するのはドネシク議会長、貴方ですからねえ」


 第二部隊隊員の後ろから、小柄な老人とくたびれた新聞記者が姿を現した。


「何だと!?」

「バルミット商会を三大商会に入れるために強引な公共工事を行い、工事の受注をバルミット商会に優先的に流してたろ? 証拠は上がってるぜ」


 ウェルドがぴらぴらと振るのは、号外で既に発行済みの新聞記事だった。


「そろそろナナガ国中に配られて、読まれる頃でしょうなあ」


 新聞を持つ手とは反対の手で顎を撫で、にやにやと笑ってから、ウェルドが鼻にシワを寄せた。


「権力振りかざして圧力かけりゃあ、何でも思い通りになると思うなよ。てめえが顎で使ってきたブン屋の力を思い知れや!」


 新聞と共に腕を突き出し、ドネシクを指した。

 ウェルドに文句を言おうとしたのだろう。口を開きかけたドネシクが、動きを止める。驚いているような、陶然としているような、不思議な表情を浮かべた。


「お前の罪が国民に認識されたぜ。おめでとう。宿主殿」


 ウェルドがぱちぱちと拍手するが、ドネシクは人形のように突っ立ったままだ。


 人々が認識して生じた罪から、妖魔が生まれる。生まれた妖魔は宿主の精神を喰らい、能力を手に入れる。

 ドネシクの表情が変わった。表情に自信が満ちて、呆然としていた目に焦点が合い、ぎらぎらとした光を帯びる。


「がっ」


 ガウンッ。

 眉間に穴を空けてドネシクがどう、と倒れた。ウィークラーが硝煙を上げる銃をゆっくりと下ろす。バルミット商会会頭ゼルスもまた、隊員の手によって射殺されていた。


****


 長い話を終えたカーズは、背もたれに体重を預け、天井を仰いだ。

 最後に、何度も読み返して諳じた、当時の朝刊の内容を口にする。


「ナナガ国国議会議会長ドネシク・ナルデルド、宿主になり第二部隊に射殺される。三大商会の一つバルミット商会会頭ゼルス・リバルナー、同じく宿主として射殺。新たにナナガ国国議会議会長へラナイガ・ケイプス就任。バルミット商会は三大商会から降格。空いた三大商会の席にはアングレイ商会が昇格。会頭ダグス・アングレイ」


 一夜にして権力構造は変わり、ラナイガが自身の思惑通りに頂点に立った。後から知ったことだが、ラナイガと三大商会の空席を埋めたダグス。双方ともにミズホ国の宝石商ハヤミが『選んだ』人間だったという。


「翌日の新聞に書かれたのは、これだけだ」


 第一部隊の失態を隠すため、ギルバートが連日官邸に現れていたことは秘されていた。記録上のギルバートは怪我による退役でしかない。


「な? 俺は敷かれた道を走っただけだっただろう?」

「すげー道っすね」

「そうだな。すごい道だった」


 妖魔となっても、人間を喰わないでいたギルバート。ミズホ国の宝石商であり諜報部員のハヤミ。議会長の座を狙っていたラナイガ。第二部隊を毛嫌いしていたウェルド。

 彼らの思惑や目的が複雑に絡まって、偶々同じ方向を向いたから出来た道。平坦とは言えなかった。後悔がないとも言えない。それでも、走らせてもらえて良かったと思っている。


「そんな道を走り切った隊長もすごいっすよ」

「すごい、か」


 グラスを口元に持っていったカーズは、片眉を上げた。酒場の面々を見渡し、口角を上げる。


「言っただろう。俺はすごくない。もしもそうだとしても、その言葉はいらない。俺たちはそういうものだろう?」


 暴力でしか存在を主張できない奴、借金まみれで首が回らない奴、誰からも疎まれて居場所がない奴、妖魔に憎しみを持つ奴、死に場所を求めている奴。カーズを含めて、どいつもこいつもろくでもない奴等ばかりだ。


 カーズの視線を受け、隊員たちが顔を見合わせた。それぞれが不敵に笑い、両腕を上げる。カーズもまた、同じように両腕を上げた。


「「俺たち第二部隊は、称賛も誇りもいらねえ」」


 合言葉でもスローガンでもなんでもない、ただのカーズの口癖だ。それを隊員たちが覚えて、いつの間にか符丁のように使う。


 言葉と共に、隊員たちの腕と腕がぶつかる。

 カーズは腕をレイブンに向けた。グラスを吹いていたレイブンが、驚いて目を見開いた。腕を上げたままのカーズたちを数秒眺めてから、グラスを置く。


「「守るのは自分の命。自分の明日!」」


 屈強な腕の中に、レイブンの細腕も加わった。快活な声。野太い声。低い声。様々な声が、どっと笑った。

 この妙な合言葉はここで終わりだ。残りの酒を飲もうとカーズは腕を下ろした。


「まだあるっすよ」

「だな」

「んん?」

 

 グラスに手をかけてから、隊員たちを見ると誰も腕を下ろしていない。彼らは腕と腕をぶつけ合い、声をそろえた。


「「俺たちは人間だ、消耗品とは言わせない!」」


 カーズは目を丸くした。


「口癖と思われるほど、言っていたか」

「言っていますよ」

「耳タコっす!」


 そう言えばギルバートの事件の後、ウェルドにも同じことを言われた。諳んじた新聞を書いた記者は、出来上がったばかりの朝刊をカーズに私、相変わらず第二部隊をろくでなしのならず者部隊、人殺しの最低野郎共だと罵った。ギルバートの死で気が立っていたカーズは、ウェルドに口喧嘩で応戦しようとして。


『消耗品とだけは言わせない』


 その一言を先に言われた。


『俺は金輪際、てめえらを『消耗品』とは書かねえ』


 そして続けられた言葉に、あの時のカーズも今のように目を丸くした。


『俺らブン屋は真実を曲げる糞野郎だ。正義面して、人が望むような記事を書く。それが俺の道だ。新聞こいつという武器を振りかざして、堂々と虚言を吐いてやるから、覚悟しとけや。まぁ、糞同士。同類のよしみで他のブン屋にも口きいといてやるよ』


 その日を境に、新聞記事から本当に『消耗品』の文字だけが消えた。


「ははははは、そうか」


 口癖と認識されるほど、隊員たちに浸透しているのなら、それでいい。

 ひとしきり笑ったカーズは、残りの酒を飲み干して腰を上げた。


「さて、そろそろ解散だ。明日もあるからしっかり休めよ」

「丁度迎えも来たようだしね」


 微笑んだレイブンが店の入り口へ手を振る。そこには南国特有の浅黒い肌、黒目がちの女が幼子を抱いて立っていた。


「お仕事お疲れ様でした。そろそろ酒盛りも終わりでしょうから迎えに来ましたよ」

「ああ、すまん」


 歩み寄ったカーズは女から幼子を抱き取り、肩越しに振り返った。ニックがこっちを指差して何やら騒いでいる。ひらひらと手を振って、隊員たちに別れの挨拶をしてから、酒場を出た。


 三人で早朝のナナガ国の大通りを歩く。

 白む空は藍の夜を押しやり、昇る朝日が黒々としたシルエットの雑多な建物にオレンジ色を足している。一夜明けて早くもざわめきを取り戻した雑多な街は、今日もいつも通りの時を刻んでいた。

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治安維持警備隊第二部隊~ナナガ国の嫌われ部隊の実情~ 遥彼方 @harukakanata2021

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