第36話

「そういえばウィリアムはいつになったら鍛錬してくれるの?」

「体力作りは、やってるじゃねぇか」

「『ローガン流格闘術』の型稽古のほうさ」

「お前はよっぽど俺に格闘術を学ばせたいらしいな? まぁ、無駄とはおもってねぇよ。身に付けておいて損はないって教えてもらったからよ。お前に」

「そうじゃなくてウィリアムと一緒にいたいからだよ。おかしい?」

「う・・・・・・」

「それともどうでもよくなったの?」

「うう・・・・・・・・・」


 シュン、と悲しんでいるエリスは子犬とそっくりでとてつもない罪悪感が芽生える。ちらっと上目遣いで見られるとタジタジになっている。


 エリスは格闘術とウィリアムの護衛という役目上、何の気無しの素直さで一緒にいたいと言っているだけだ。本人に自覚はないが、仕草と相まって、とんでもない魅力的に映る。


エリスの計算ではない天然の仕草に、ウィリアムは弱い。男心を擽られる。普段のエリスと違って不意に見せる女の子っぽさがウィリアムには稽古よりどんな技より効いてしまう。


「まぁ今度一日付きっきりで鍛錬? してやるよ・・・・・・・・・」

「本当!?」


 パアァァ! と蕾が開いた花と同じくらい可憐な笑顔に、ウィリアムは照れてしまい顔を背ける。


「えへへ。そっか。そっか。えへへへへ」

(くそ・・・・・・)


 やっぱり狡い。狡いくらい可愛い。


「まったく、お前は。強くなることしか興味がないのか・・・・・・」

「失礼だな。僕にだってもっと興味もてることあるさ」

「なんだよ。どうせ飯のことだろ」

「失礼なっ」

「じゃあなんだ他にあるのか。言ってみろよ」

「ああ。あるともさ!」

 

 少し不満げなエリス。


「わからないことを、もっと知りたいんだ」

「・・・・・・・・・」

 

 もっとおかしいことかとおもっていたが、随分殊勝でまともすぎてウィリアムは瞼を瞬かせた。


「僕、ここに来てたくさんわかったことがある。それって、まだまだたくさんあるとおもうんだ。それを、もっともっと知りたいし、見たいんだ」

「そうか・・・・・・・・・」

「なに?」

「いや。なんでも」


 エリスの横顔がキラキラと輝いていて。そしてどこか遠くを目指している。上手く説明はできないが、ここではないどこかに想いを馳せているようだ。もっと知りたいこと、わからないことに対する憧れか。ワクワクしているって顔に書いてある。


 エリスらしい、とウィリアムはおもった。


「そうか。そういや、お前は元々旅してたんだっけな」

「うん! 元々師匠を越える格闘家になりたかったしね!」

「そうか・・・・・・・・・そうだな・・・・・・・・・」


そして、 何故かウィリアムには寂しかった。


 もっと知りたいというのは、強くなるために必要なことだと、なんとなく察したからだ。エリスは強くなることにストイックすぎるほどまっすぐだ。だから、本当に実行する行動力と決断力がある。


「じゃあ・・・・・・・・・いつかトリスティニア王国を出るのか?」

「なんで?」

「なんでって・・・・・・・・・・一つの場所に留まるよりも、いろんな場所に行かないと知りたいもんも知れないだろ」


 指摘したら、もっと寂しくなってウィリアムは後悔した。エリスは本当にそうしてしまうだろうという現実味を、わざわざ与えてしまったのだ。


 けど、それでいい。エリスは強すぎる。自分の、一つの国にいるのはもったいないくらいだ。ずっと護衛なんて身分にいるには狭い。


 もっと、もっと凄い存在になれる。格闘家として。


「でも僕ここにずっといたいな」


 きっと、強くなる方法ってまだまだある。


 それも大切な人と一緒にいないと学べないことがこの世にはたくさんある。


 場所じゃない。どこに行くかじゃない。誰といるかじゃないか。誰と出会えるかじゃないのか。


「そ、そうか・・・・・・そうか・・・・・・!」


 ウィリアムは、エリスにバレないように密かに喜んでいた。


「少なくとも僕が完成させた技をウィリアムが習得できるまで、僕はここにいる」

「何十年かかるんだ・・・・・・・・・一生いるつもりかおい」

「一生習得しないつもり?」


 例え、それでもいい。ずっとここにいたいとエリスは願った。


 そうすればずっとウィリアムの護衛をしていられる。ずっとウィリアムの側にいられる。


 最初は、すぐにでも強くなりたかった。


 でも、できればゆっくり強くなっていきたいと今はおもっている。


 大切だとおもえる人達の側で。


 エリスにとって大切な人達の代表が、ウィリアムだ。


 それに、初めて秘密の通路へ二人で行ったとき。そしてトリスティニア国王を庇ったとき。かっこいいとおもった。

 

 守りたい。側にいたいとよりおもうのだ。


「えへへ」

「? なんだよへらへらして」

「別になんでも! それより早く行こうよ! 部屋に着くのが早ければそれだけ休める時間増えるんでしょ!」

「わ、馬鹿いきなり引っ張るな!」

「じゃあ競争だ! 負けたほうが部屋にいる間ずっと空気椅子をして下半身を鍛える!」

「お前しかできねぇよ!」

「じゃあいくよ!? よういドン!」

「待て待てお前! また怒られんだろ!」

「な、なんだ!?」

「あ、騎士団長マーリンさんこんにちは!」

「な、なんじゃなんじゃなんでこっちに――」

「とまれエリスやめろかまえるなあああ!」

「「「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」」 

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