第13話

 玉座の間ではトリスティニア国王が睥睨していた。平服したレイチェルは萎縮しながらも側に控えているエリスに注意を払っている。


「まったく、けしからぬ!」


 国王の右隣にいるグリフががなりたててくる。自らの師、上役であるマーリンも同意らしく重々しい雰囲気だ。


「護衛でありながら殿下になんたる無礼を! 命に別状あるなしではないぞ!」


 レイチェルはひたすら頭を下げているしかない。エリスを護衛に命じたのはトリスティニア国王だが、きっかけを作ったのはレイチェルだし、なにか問題があったとき責任を追及される立場になるのも肯んじた。


 理不尽だとはおもっていない。ウィリアムにも親愛を注ぐレイチェルはエリスにある種の期待を持っていたから、叱責されるのも肯んじている。エリスを庇っていた。叱ってもいた。


「王宮の修繕を遅らせ王族の入浴中に侵入し気絶させるなど、例にないわ!」

「申し訳ございません・・・・・・・・・」

「しかも殿下の政務を妨げているそうではないか!」

「申し訳ございません・・・・・・・・・」

「王宮中の噂となっている! 風紀と伝統が乱れるわ!」

「ふむ。平民達にまで伝われば、たちまち王国の品位、ひいては陛下の権威にも繋がりかねませんな」

「それは―――」

「なんだ!?」

「いえ。申しわけございません」

(どうしろっていうのよ・・・・・・)


 けど、グリフとマーリンに揃ってレイチェルの全責任のように責められたいわけがない。


「申し訳ございません」


 レイチェルはエリスの後頭部をむんず、と押しながら二人で平伏した。


 エリスは不満げだが、口パクで(静かに)(従って)と伝えると素直になってくれた。エリスは何故ここにいるのか把握できていないが、今は逆らってはいけないと勘が働いているのだ。


「殿下には過去もあるのだぞ! この者のせいで悪化したらなんとするか!」

「いえ。それは――」

「格闘術を教えているそうでありますが。いやはや流石に護衛の任より逸脱しすぎておりますかな」

「で、ありましょう!?」


 まずい。このままではエリスが危ない。


「それか、レイチェルの給与を下げるかですかな?」

「いや。いっそ降格だ」

「お許しを!」


 エリスのためにも、ウィリアムのためにも。そして自分のためにも。


「エリスちゃんには私がしっかりと言い聞かせます! 絶対に! 何卒!」


 赤い絨毯に額をこすりつけんばかりに頭を下げた。そんなレイチェルを横で見ていたエリスは、おずおずとしながら、


「えっと。ごめんなさい」


 自らの意志で、謝罪した。


 エリスは自分のせいでレイチェルの迷惑になっている、それがひたすら申し訳なくなったのだ。


「謝ればよいというわけでは――」

「待て。騎士団長」


 トリスティニア国王が、初めて開口した。まだ怒り調子のグリフは、しかし主の手前優先させざるをえなかった。


「次は、ない」


 簡素な沙汰だが、しかし最後通牒でもある。ほっと息をつく間もなく新たな緊張が。


「エリス、であったな」

「はい・・・・・・・・・」


 驚いたことに、まだ終わりではなかった。トリスティニア国王はエリスになにを!? と戦々恐々としている。それはグリフにもマーリンにも想定外だった。


「其方、ウィリアムに格闘術を教えているのは何故だ?」

「そうしたほうが彼のためになるんじゃないかなって、なんとなく・・・・・・」

「鍛えることが、か?」

「ウィリアムは変りたいって。それって強くなりたいってことなんじゃないかって。だから一緒に強くなれればなって」

「・・・・・・・・・」


 エリス以外の一同が、固唾を飲んでトリスティニア国王の二の次を待つ。


「強さとは肉体のみだけではない。あれにどれほど腕力が備わろうと、万の軍勢と渡り合い魔物を屠れるほどの武を手に入れたとしても、実際に扱えねば無用の長物」

「「・・・・・・・・・」」

「過去は消せぬ。戻せぬ。心の弱さは克服できぬ。理屈ではない」

「ウィリアムの心の弱さ、ですか?」

「しかり。されど、それは其方にも言えることじゃ」

「僕?」

「其方の闘う意味とはなんだ。強さを求める意味は?」

「それは――――――――――――――――――――」


 エリスはいつもの調子で答えようとした。


 師匠以上に強くなりたいから。それが生きることで、当たり前だった。楽しいし面白い。戦って勝てると嬉しい。負けると悔しい。だから強くなりたい。


 強くなっていると自覚すると嬉しい。誰よりも強くなった自分を夢想するとワクワクしてうずうずとする。


 立ち合うときの肌にピリピリくる独特の空気も、命を懸けた全身全霊の殺気に満ちた闘争なんて心の底からゾクゾクとする。


 強くなりたいという欲求のままに、ただ強くなりたかった。


(あれ?)


 だから、強くなることに意味など求めず。


 闘うことに意義など問うたことなどない。


 トリスティニア国王の問いにも答えられなかった。


「強さを求めるのは千差万別。根っこには必ず意味がある。マーリンも騎士団長もそうであったろう?」

「はっ」

「しかり」

「其方は強い。この王国の誰よりも。ただ己の快楽と欲求に従っているにすぎぬ。魔物や動物と同じよ」

「ど、どうぶ?」

「むしろ幼子か。玩具に夢中になっておるだけよ。最も大切なことを理解できておらぬ。精神が育っておらぬ。心が育っておらぬ。ウィリアムと同じ。いや、あやつは弱さを自覚しているだけマシか・・・・・・・・・」

「僕が・・・・・・・・・ウィリアムより・・・・・・?」

「それでは格闘術を究め、この世で最強の座となったとしてもなににもならぬぞ」


 このとき、エリスは産まれて初めて直面したのだ。


 自身の根底を揺るがす事態に。

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