第四話

 すると永山は話し出した。

「まず死因しいんなんだがな、正面から首を絞められた窒息死ちっそくしだ。

 被害者の首から犯人のものと思われる指紋しもんが検出された。で、指紋の向きから正面から首を絞められたと判断した訳だ。

 そして当然、警視庁が保存している検挙者データベースと照合した訳だが、一致したものは無かった。つまり今回の事件の犯人に、犯罪歴は無いってことだ。

 そして死亡推定時刻は検視の結果、昨夜の午後十一時頃と判断された」


「なるほど、そうか……」

「で、もう一つ。被害者の右手の人差し指のつめの間から、犯人のものと思われる組織片そしきへん、つまり肉片にくへんが見つかった。おそらく犯人と、もみ合っている時に引っかいたんだろう。

 そして現在、DNA型鑑定が行われているってところだ」


 私は聞いてみた。

「指紋にDNAか……。すると犯人はすぐにつかまりそうか?」

「いや、被害者が見つかった場所、おそらく犯行現場もそこだと思われるんだが、そこは人通りが少ない場所で、警察も聞き込みをしているが難航なんこうしているようだ。

 そして防犯カメラも少なくて、やはり容疑者のしぼみが難しそうだ……」


「そうか……、でもDNA型の鑑定が出来れば、捜査は進むんじゃないのか?」

「いや、そうでもない。っていうかDNA型判定っていうのは、万能じゃないんだ。

 もともとDNA型判定ってのは『ヒトのDNA、別名デオキシリボ核酸かくさんは十分に個性があり不動性ふどうせいがある。そして終生不変しゅうせいふへんである』ため、DNAの多型部位たがたぶいを検査することで、個人を識別しきべつするために行う判定なんだ」

「ふーん……」


 永山はタコを食べながら、続けた。

「で、問題になるのが精度せいどなんだ」

「精度?」

「ああ、まず鑑定の結果『DNAが一致いっちした』ってよく言うが、DNAの全てが一致するのか調べる訳じゃないんだ。

 DNAのごく一部の分析からDNAパターンの一致・不一致を判定して、確率論的に推定すいていしたものなんだ。だから、どういう分析ぶんせきが行われ、何がどう一致したのかを確認する必要があるんだ」

「なるほど。で?」


 永山はビールを飲みながら、続けた。

「赤の他人でもDNA型が一致することは、あるんだ」

「え? そうなのか?」

「ああ。二千七年一月、アメリカのメリーランド州の裁判で明らかになったことなんだ。

 約三万人分が登録されているDNA型プールで、理論的には百兆分ひゃくちょうぶんの一の確率とされるDNA型の『偶然の一致』があったんだ」


 私は納得なっとくした。

「なるほど、だからDNA型判定は状況証拠に過ぎないのか」

「ああ、例えば現場に容疑者のDNA型を含む体組織が残されていることは、DNA型判定で認定にんていは出来る。

 でも更に、そこから容疑者が犯人であると言えるかどうかは、別の検討が必要となる。

 容疑者が被害者の知人等の場合、犯行時以外の機会に現場にDNAを残してしまう可能性があるからな。

 だから裁判の証拠として、というよりは捜査段階での容疑者の絞り込みや、死体の身元確認の目的で鑑定かんていが行われることが多いんだ。

 それにイノセンス・プロジェクトにも使われている」


 私は聞き返した。

「イノセンス・プロジェクト?」


「千九百九十二年にニューヨークで、弁護士のパリ―・シックとピーター・ニューフェルドが発足ほっそくさせた、DNA型鑑定によって冤罪えんざい証明を行う非営利活動団体だ。アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカで行われている。

 無実の罪で投獄とうごくされた受刑者二百三十二人、うち死刑囚は十七人なんだが、最新のDNA型鑑定で刑務所から釈放しゃくほうされたんだ。

 DNA型鑑定は有罪を裏付けると同様に、無実の受刑者を守る役割も果たしている。

 ちなみに日本では、冤罪を訴える被告人や受刑者を支援する研究者の団体、『えん罪救済センター』が二千十六年から発足している」


 私は、別の疑問を聞いてみた。

「そうか……。じゃあ指紋はどうなんだ? 指紋も見つかったんだろう?」


「指紋ってのは万人不同、つまり世界に同じ指紋を持つ人は存在しないし、左右十本の指紋もすべて異なる。遺伝もしない。遺伝子が同じ一卵性双生児でも指紋は異なる。

 また終生不変で、もって生まれた指紋は一生変わらない。生後五カ月頃に形づくられ、成長とともに大きくなるが、指紋の相似性そうじせいは一定だ。

 また皮膚ひふの表面の表皮ひょうひが、はげ落ちたり摩耗まもうしても皮膚の内側の真皮しんぴが再生して同一の指紋が再生して復元される、原形再生げんけいさいせいの原則を持っているんだ」


 指紋についての説明を理解した私は、続きをうながした。

「それで、証拠能力は持っているんだろう?」

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