第三話

 永山は少し、あきれた。

『おいおい、一般人のお前に言えるわけがないだろ。っていうかお前は今、何をしているんだ? まだ推理小説を書いているのか?』

『まあな。短編と長編を書いている。短編集も出版しているぞ』

『そういえば、お前の名前を書店で見かけたことがあるな……。へえ、たいしたもんだ』

『まあ細々と、やっているよ』

『そうか……。取りあえず事件のことは悪いが……』


 私は食い下がった。

『なあ、永山って確か寿司が好きだったよな?』

『ああ、それがどうした?』

『以前、出版社のおえらいさんに、美味い寿司屋に連れて行ってもらったことがあるんだ。長編推理小説が売れたお祝いに』

『それで?』

『今夜そこで、ご馳走ちそうしてやるよ』


 永山は警戒けいかいした。

『何? 本当か?! ってもちろんタダじゃないよな……』

『ああ。頼む、永山!』

『やれやれ、まあ、いいか……。いいか、俺が話せる範囲はんいで、だからな! それと他人には絶対に言うなよ!』

『もちろんだ。じゃあ決まりだな。銀座にある『江戸寿司』だ。午後七時に待っている』

『分かった。じゃあ、午後七時にな』


 私は喜んで、電話を切った。



 午後六時五十分に『江戸寿司』で待っていると、スーツを着た男が入ってきた。一目で永山だと分かった。


 私は声をかけた。

「久しぶりだな、二十年ぶりか?」

「ああ、そうだな。何だ、お前はけちまって。白髪が多いぞ」

「そういうお前は黒いな。めているのか?」

「ああ、良いぞ、気持ちが若返って。お前もどうだ?」

「ああ、まあ、考えてみるよ」


 永山と二人でカウンターに座ると、私は大将に頼んだ。

「大将、ビール一本とコップ二つ」

「へい!」と大将が、あごで合図をすると見習いの若い店員が、素早くせんを開けたビールとコップ二つを出した。


 永山が聞いてきた。

「何だ、まだ飲んでいないのか? 先に飲んでいれば良かったのに」


 私は永山のコップにビールを注いだ。

「俺もさっき、きたところだからな。ま、一杯」


 永山も私のコップにビールを注いだ。

「それじゃあ、お前も飲め」


 私はビールが入ったコップを持ち上げた。

「それじゃあ、二十年ぶりの再会に乾杯!」


 永山もコップを持ち上げ、軽く私のコップに合わせた。

「乾杯!」


 私は宣言せんげんした。

「さ、今日は俺のおごりだ。好きなものを食ってくれ」


 永山は早速さっそく、注文した。

「じゃあ大将、玉子とタコとカンパチね」

「へい!」と大将はガラスケースからネタを取り出し、寿司を握り始めた。


 すると永山は聞いてきた。

「ところで杏子きょうこちゃんはどうした? 元気か? 風のうわさで結婚したって聞いたが」

「いや、五年前に別れた。俺が小説を書くのに夢中で全然、相手をしなかったから愛想をつかされた……。市村杏子から土村杏子に戻ったよ」

「そうか……。ま、しょうがないよな」

「ああ、お前の方はどうだ? うまくいっているのか?」

「まあな。子供も大きくなって来年、大学受験なんだよ。それで家の中はピリピリしているよ、ハハハ」


 私は切り出した。

「そうか、上手うまくいっているんだな……。ところで事件のことなんだが?」

「ああ、電話でも話したが誰にも言うなよ。まだマスコミにも公表していないんだからな!」

「ああ、分かった」


 すると大将は寿司を三貫さんかん、出した。

「へい、お待ち!」


 永山は食べ始めた。

「まあ、食おうぜ……。うん、美味い玉子たまごだ。こりゃあ期待できるな。さ、お前も食えよ」


 私はカンパチを食べた。美味しかった。

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