第43話 気

「これ、那岐先輩ヤバいんじゃないの」

 瑠璃は妖気の影響を受けやすい自由を思い出し、ここに来たら大変なことになるのではと心配になる。

「いや、むしろ、那岐から感じる気配と似てる部分があるけど」

 一方、この危ういバランスは自由と共通する部分があると感じる咲斗だ。妖気と霊気、この二つを内在させながらも強力な呪術を使う自由は、まさにこの京都の気配と同じだと思う。

「それにしても、静かだな」

 横に立つ信長が、叩き起こされてやって来たというのに、面白くないとぼやく。

「静か?」

 それで、咲斗も気配ばかりに気を取られている場合ではなかったと周囲を見渡す。すると、復興の進んだ町並みが見えるというのに、妖怪化した人間がいないことに気づいた。

「これ、どういうこと?」

 瑠璃も気付いて戸惑ってしまう。

 多くの都市では、超人的な力を手に入れた妖怪化した人間たちが、瓦礫を退け、復興を進めてきた。だというのに、ある程度の復興を遂げている京都の町に妖怪化した人がいない。

「たぶん、この、他の都市とは違う気配のせいだろうな」

 咲斗はいない理由に思い当たり、そしてまた自由を思い出していた。

 彼が例外であり、他にいないと保憲が断言した理由が今では解る。

 普通、気を混在させることは出来ないのだ。

 そして、強く混在するこの京都では、人間は妖怪化することが出来なかった。

「さすがは王都。そして魔都よな」

 将門がしみじみと呟く。

「確かにな」

 それを受けて、信長がにやりと笑った。

 時代の違い。かつては当たり前だった、霊場という考え方。そしてそこに何かがあったという事実。それらを知っている人たちだと咲斗は気づく。

「ん? じゃあ、松尾芭蕉も」

「そう言えば、あの人って東北の霊場に詳しいんじゃなかったっけ。なんか、そういう考察をしている本、読んだことあるよ」

 悩む咲斗に、那岐先輩が読んでいた本にあった気がするよと瑠璃が付け足す。

「へえ。って、今のところ不思議なおっさんでしかないけど」

 ともかく、スサノオをきっかけとして出てきた人物として間違いはないというわけか。保憲の式神を使った伝言によると、土地土地の守りに関わる人たちが出てきているという。その場合、土地と関りが深い、信仰を集めているという点が最優先されるそうで、誰が出て来るかまでは断定できないとのことだった。

「ともかく、京都のこの奇妙な状況がどうして起こっているのか、これを調べるしかないわけか」

 咲斗はどこに向かうべきだろうと首を捻るが

「まずは御所に行くのが一番だろうよ」

 信長がそう言い出し、一先ず京都御所へと向かうことになるのだった。




 大穴を囲むように篝火が焚かれ、その穴の南側に祭壇が設えられた。そして、その祭壇の前には、朱雀と白虎が見つけてきた白い狩衣と烏帽子を身に着けた自由の姿がある。

「ああいう格好をすると、完璧に安倍晴明だな」

 ふと漏らした青龍の感想に、サラは複雑な思いになりながらも頷く。

 ようやく、自分の長かった旅路が終わる。自らの役目はここまでだったのだと、そう悟っていた。

 そして、自分が見つけ続けた安倍晴明との旅もここまでなのだという実感。

 那岐自由だった彼は、今この瞬間、安倍晴明として現代に蘇る。

 では、この先は?

 旅が終わった後、自分はどうなるのだろう。

 安倍晴明の輪廻転生もここまでなのだろうか。

 那岐自由がいなくなったら、天寿を全うしたら、もう二度と、彼に会うことはないのだろうか。

「大丈夫だよ」

「えっ、うん」

 しゅんとするサラの表情をどう思ったのか、青龍がサラの頭をぐしゃっと撫でてくる。

「始めるぞ」

 あれこれと複雑な気持ちになっているサラを、自由が、晴明が呼ぶ。

「はい」

 今後を考えるのは後でいい。ともかく、今はこの気を封じ、元の状態に戻すことだ。

 富士山が戻ったように、総てが巻き戻されようとしている。

 じゃあ、サラも人間に戻るのだろうか。

 それは不思議な気がするが、そうなれば、今度は晴明と並んで歩き、普通に接することが出来るだろうかと、淡い期待を抱いてしまう。

 そんなサラに、自由は鈴を渡してきた。神社でよく見かける、巫女が持っているものだ。これを儀式の途中で使えというわけだ。

 何度か手伝いをしたことがあるから、やり方は解っている。

 ぱんぱんっと、自由が高らかに柏手を打つ。

 その音にはっとし、サラは姿勢を正した。

 すると、穴の奥からぱんぱんっと、スサノオが柏手を打つ音が響く。

 儀式が始まる。

 緊張感が辺りを包む。

 バチバチと篝火が爆ぜる音だけが響く。

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