第42話 信仰心

「だ、大丈夫ですか」

「サラこそ」

 くらっと目眩がしたものの、自由の身体は妖気に馴染みやすい。すぐに慣れてきた。しかし、サラは影響を大きく受けるのではなかったか。

「ちょっと気持ち悪いですけど、大丈夫です」

 サラは猫型のままなので、まだまだいけると器用に笑った。それに、自由は無理するなよと注意する。

「それにしても」

 濃い妖気を放つのは、式年遷宮が行われる二つの場所ではなく、その中間地点であった。それが意外なような、当然のような気がして、自由は言葉に困る。

「ここみたいです」

「これは」

「でかい穴ですね」

 猫のサラは覗き込んでぞっとしてしまう。小さな体の猫では、いや、人間であっても落ちたら最後。妖怪であろうと這い上がって来れないのではないかと思う大きな穴だ。

「ここから妖気が噴出しているようだな。幸いなのは、大きな信仰を集めていた場所なだけあって、霊気が多く残っていたことだな。おかげで伊勢は富士山のような大災害からは免れたということだろう」

 自由も覗き込んで、この程度で済んだのは神社としての年間の参拝者の多さが関係しているのだろうと考察する。

「えっ、でも、富士山だって多くの人が登ってましたよ」

 それだと富士山だって大災害にならなかったのではとサラが訊ねると

「富士山の神の名前を言える人間が、その登山客の何割いた?」

 そう返された。

「あっ、そうか」

「そう。木花之佐久夜比売このはなさくやひめが富士山の神だと知ったうえで登っている人間が少なかった以上、あそこでは信仰が強くなかったと判断されるのは仕方がないだろう。ご来光を拝むというのはあったようだが、それでは信仰の要素は弱いし、姫神とは関係ないからな」

「なるほど」

 本当に、歴史的な要素が欠落していたからこそ起きた現象ということになる。

「あっ」

 そんな穴に、スサノオの少女が躊躇いなく舞い降りてしまう。サラも自由もぎょっとしたが

「底で彼女が鎮撫を行うので、那岐様に地上で儀式を行ってほしいとのことです」

 すぐに彼女の思念を拾って、サラが説明する。

「儀式ね」

 自由はそれに複雑な表情をした。しかし、すぐに首を横に振ると

「祭壇を整える必要があるな。あと、装束があればいいんだが」

 後ろで控える式神たちを見る。

「すぐに探してまいります。社務所に使えるものが残っているかもしれません」

「じゃあ、俺は少し遠くまで行ってみるよ」

 白虎と朱雀が動くことになり、残り二人は警護のために残る。

「今、出来る部分をやっておこう。サラ、手伝ってくれ」

「――はい」

 その表情は平安時代の安倍晴明そのもので、サラは少し複雑な気持ちになりながらも、大きく頷いていた。




「はあ。こんなものか」

 保憲はようやく天海からの要求をこなし終え、地面に座り込んでいた。

 あれから二時間。江戸城を中心として五芒星を描くように移動する羽目になった。霊力を駆使して高速移動しているとはいえ、昔の朱引きの端と端を繋ぐように動けばどっと疲れる。

「なんでも江戸時代が基準なのね」

 付き合った天夏もぐったりだ。しかし、この地の封じが本当に目の前にいる天海によってなされたのがよく解った。

「それはそうさ。ここは徳川家康がやって来るまで、人が住むことの出来ぬ、葦が生える沼地だったのだからな。この地の封じの基盤もその時同時に作られたのは当然ということだ」

「へえ」

 天海の自信満ち溢れる様子に、天夏は素直に感心する。ここを大都市へと作り替え、さらに必要な封じを施す。現代の人たちには難しいことではないかと思う。

「ともかく、これで関東はほぼ大丈夫ということですね」

 保憲はやれやれと溜め息だ。こんなにも術を行使し続けたのは、平安時代、陰陽頭をやっていた時でもない。

「そうだな。富士山に関しては別の誰かがやったようだし、この辺りはもういいだろう。では、京の都へ向かえ」

 その天海は、しれっと次の指示を言う。それに保憲はぎっと睨んだものの

「他の奴らが粗方やり終えた頃に着くように行こう」

 しっかりサボる気満々の発言をするのだった。




 最初に京都に到着したのは、咲斗たちだ。乗り合わせた怨霊や魔王に急かされ、休憩もそこそこに走り続けた。

「ああ、疲れた」

 京都の市街地に入ったところで、亜連はダウン。ここからは足で稼いでくれと、車でしばらく寝ると宣言してくれた。

「ちっ、仕方ねえか」

「そうね。亜連さん、気を付けてよ」

「ふむ。では、しばらくは私が付き合おう」

 なぜか芭蕉も残ると言い、この歌人はなぜ現れて、何をしに来たのだろうと疑問になるが、疲れ切って寝ようとしている人間を、何が起こるか解らない場所に一人残しておくよりは幾分かマシだ。

「じゃあ、お願いします」

 芭蕉に車の見張りを任せ、咲斗と瑠璃、そして平将門、織田信長の四人は京都の気配を探ることにした。

「なんだ、これ」

 だが、探るまでもなく、すぐに気持ち悪さに気づいた咲斗だ。

「色んな気配がごちゃごちゃ混ざっている感じね」

 瑠璃も違和感に気づき、顔を顰めた。

 他の場所ではあり得ない、妖気も霊気も強力に感じる状態。しかもその状態で拮抗し合っているのだ。おかげでどちらの影響も色濃く受けてしまい、気持ち悪くなる。

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