第35話 封印が必要な理由

「雄大な姿は跡形もなし、か」

 青龍が無残な姿を前に、しみじみと呟く。大きな気から生まれた龍である青龍にすると、親戚が死んだような感覚になるという。

 実際、富士山は灰に覆われて、死んでしまったかのようだ。周囲も火山灰でくすんでおり、噴火の衝撃の大きさを今でも伝えている。目に見えるもの、総てが灰色か茶色に染まってしまっている。

「まあ、これは昔の姿を知る日本人ならば、誰もが抱く感情かもね。日本人のシンボルといっても過言じゃなかったし」

 玄武はそんな青龍の背中をぽんぽんと叩きながら、多くの人が抱いた感情だなと笑い飛ばす。

「シンボル」

 しかし、その言葉に自由が反応した。

「那岐様。どうしました?」

 サラは何か気付いたのかと期待の眼差しを向ける。すると、自由は困ったように前髪を掻き上げ

「いや。ここが日本人にとって象徴的な場所なのだとすれば、真っ先に封じが壊れ、他の結界を壊した原因になるのも当然かなって思ったんだよ」

 大したことは思いついていないと、照れ隠しのように苦笑する。だが、他への影響を考えた場合、自由の推測は妥当だと感じた。

「そうですね。他の場所だったら、これほど影響はなかったかも」

「確かにな。日本最古の物語っていう『竹取物語』にも不死の山って出てくるくらいだし、ここが吹っ飛んだインパクトはでかいよ」

 サラが頷くのに乗っかり、朱雀がそんな考察を挟んだ。難しい思考は苦手だという割に、よく複雑なことを考える男だ。

「なるほどね。笑い飛ばせなくなったな。ここの次ってどこだった?」

 自由は検証すべきことに入れようと、式神たちに地震が発生した場所を訊ねる。

「ここの次って言うと、伊勢だったかしら」

 白虎が合ってるかと青龍を見て

「そうだ。あそこも江戸以降、日本人にとっては馴染みのある場所だな。それ以前も、色々とあった場所だし」

 大丈夫だと同意する。

「なんだか面倒なことになってきたぞ。その次は?」

「えっと、そこから連鎖的に起こっていくのよね。京都を中心とした近畿は凄かったし、四国も八十八か所霊場があるから、地震が多発したなあ。連続して地震が発生し始めた時には、本当に日本が終わるんだって思うレベルだったし。あと、九州だと宇佐八幡宮のある大分とか」

 白虎が全部は覚えられない数だったと西日本の地震を上げ

「東だと出羽三山でわさんざんのある山形、恐山おそれやまのある岩手あたりがヤバかったな。でも、霊場という観点から見ると、東日本はまだ歴史が浅くなるから、壊滅まで行くところは少なかったかも。ああ、あとは諏訪すわのある長野かな。日光はそれほど被害はなかったかも」

 東日本に関して玄武が指摘する。

「歴史が浅いって、長さのスパンがおかしいだろ。日光の被害が少ないってことは、江戸時代だと浅い方に入るってことだろ。でも、そうか。霊場が西側に集中するのは、先ほどの保憲の指摘じゃないけど、まつりごとが関係するからなんだな」

 色々と繋がってきたなと自由は大きく頷く。そして、なるほど、これは霊場の封印が必要だと式神たちが気づくはずだと溜め息を吐く。

「俯瞰して考えたことがなかったな」

「そ、そうなんですか」

 サラはとっくの昔に考えていたのではないかと驚いたが

「地震も富士山の噴火も、俺が生まれる三十年以上前の話だぞ」

 何を言っているんだと呆れられる。

「あっ、そうか」

 サラはそうでしたと頭を掻き、自由はまだ高校生、十七歳なのだと思い出す。晴明の記憶を取り戻しつつあるから、つい昔のこともしっかり知っていると思いがちだが、現代に関して自由の記憶は十七年分しかない。

「ともかく、この富士山をどう対処するかで今後の対応が変わるってことだな。まずは封印が可能か調査するぞ。それと、スサノオの気配に注意しろ」

「はい」

「了解です」

 富士山に近付くぞと言う自由に頷き、式神たちは周囲の気配に注意しながら進んだ。



 その頃、保憲は天夏とともにある場所に向かっていた。いや、保憲は一人で調査するつもりだったが、天夏がついて来た。

「なぜ俺と一緒にいるんだ?」

 ついに我慢できずに保憲が訊ねると

「あら。たまたまよ」

 天夏はそうはぐらかしてくれる。

「九尾が無駄なことをするとは思えないがな。あと、今の晴明について訊かれても、俺が知ることは少ないぞ」

 保憲は誤魔化す必要はないだろうと、先手を打って言う。すると、天夏は面白くないわねと肩を竦め

「でも、過去の晴明については詳しく知ってるでしょ」

 それが目的よと告げた。

「知っているが、現状とは関係ないだろ」

「なぜ、そう言い切れるのよ?」

「ノーコメントだ。まあ、こんな混沌とした状況を打開できるのは晴明くらいだろうが、あいつの特殊性が役立つかは不明だよ。あいつはいわば、どちらでもないんだからね」

 むっとする天夏が面白くて、ついそう言ってしまった保憲だ。

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