第34話 バランス

「そうだな。呪符が効いたことから、彼女が妖怪であることは疑いようがない。また、サラが平安時代に飛ばされたことにより、猫又に変化したことも間違いない。だが、この二つに共通事項はあるのか。しかも、向こうはそこの少女の言葉を信じるのならば、スサノオという神の性質を引き継いでいるんだぞ」

 保憲はどう思うと、疑問点だけを指摘して自由を見る。

「確かに二つの事象に共通点はないように見えます。でも、サラは何かを感じ取った」

「はい」

 自由に確認されて、サラは頷く。

「なんていうか、磁石のプラスとマイナスみたいに、凄い力で弾かれたんです。ということは、私とあの子の性質は正反対になるんじゃないでしょうか。もちろん、こちらが妖怪、あちらは素戔嗚尊であるという性質です。そしてこれらは、他の妖怪化とは違う。同じ妖怪でも、違う何かがあるんだと思います」

「なるほど」

 サラの指摘は面白い。そして事実、二人は近付くことなく弾かれたように見える。そして、あの少女は今、完全に妖怪の区分に足を踏み入れている。本物の妖怪の中にも違いがあるというのは、考えとして妥当だ。特に今回は二人とも人間から本物の妖怪になっている。サンプルとして、これほど検証しやすいものはない。

「性質の違いという点では、呪術師と妖怪化という二つの区分にも当てはまると思います。つまり、どういう場合にも対になるものがある。陰陽道の考え方でも、重要なポイントでしたよね。これって、この世界に霊気と妖気が溢れる謎を解く手掛かりになりませんか」

 サラは自由が真剣に検討しているのを感じ取り、重ねて主張する。

「対。つまりバランスか。では、今になってあれこれ発覚しているのは、そのバランスが崩れたから、か?」

 自由はそう言って保憲と咲斗、さらに式神たちに目を向ける。自分を含めたこのメンバーは、世界の気のバランスに関係なく、能力が使えるはずだ。そんな奴らが一堂に会するとなると、それだけで別の磁場を生むのではないか。

「考えとしては悪くないと思う。そもそも、俺たち呪術師がこの世界に転生するのは、何らかのバランスを欠く時だ」

 保憲もその考えに同意し

「私も賛成するわ」

 それまで静観していた天夏も同意した。

「それに、妖怪化に関しても、ここ最近になって私たちのように極端に力の強い者が現れて混乱していたのよ。バランスが崩れたことによって今までと違う現象が起きている。それに当て嵌まると思うわ」

 天夏は言いながら月乃と礼暢を見る。よく傍に置いているこの二人がその実例だというわけだ。

「なるほど。確かに九尾狐に八岐大蛇の性質だというだけで、相当な力を持っていることは解る。となると、そこの鬼は温羅うら酒呑童子しゅてんどうじのような、強力な、それでいて伝承に残るような鬼だというわけか。これは面白い。一気に政に関わるメンバーが揃うわけか」

 保憲はそれに納得だと頷き、笑う。相変わらず、頭の回転が人より早い。

「政というのはポイントですか?」

 というわけで、サラは素直に質問する。

「ああ。俺たち呪術師、昔で言えば陰陽師も、政にがっつり絡むからな。呪術というのは基本、権力と関係があるものだよ。その力が特殊であればあるほど、権力者は欲しがるものだしね」

「はあ」

「でも、今の世界に政治なんてないようなもんだぞ」

 咲斗がその点はどうするんだよとツッコミを入れる。

「まあね。確かに中心になるものは存在しない。だが、だからこそ総てのことが見えづらかったのだと言い換えられる。本来あるべき中心が存在しない。それこそ、霊場の封じが消えたことと関係があるんだろう。無法地帯になるために必要なことだったんだ」

「ちっ」

 それだけ富士山の噴火から始まる出来事は大きかったのかと、今更気づいて舌打ちしてしまう咲斗だ。もはやもう一度封じなければならないのは確定的だ。

「ようやく色々と明らかになったな。霊場の封じ、これに関しては早急に進めなければならない。それと、あのスサノオの少女だ。あれだけ爆発的な気を持っているんだ。野放しにしておくと、どこにどういう影響が出るか解らない。何とか確保しよう」

 保憲はそれでいいかと会議室を見渡す。もちろん、異論のある者はいなかった。




 それぞれが持つネットワークを駆使してスサノオの少女を追うと同時に、各所の霊場がどうなっているのか、その調査が行われることになった。あれこれ対策を立ててから動きたいところだが、スサノオという不覚的要素が現れたことで、動きながら考えるしかない。会議室で方針が決まると、素早く全国に散らばった。

 自由は式神五人とともに、総ての始まりの場所である富士山を訪れていた。爆発的な噴火とそれに続く群発地震のせいで壊滅状態の静岡と山梨は、そこに足を踏み入れるだけでも大変だ。だが、霊力を駆使できる六人ならば、物理的な障害は何とかなる。

「うわ。富士山。こうなっちゃってたんだ」

 噴火後初めて間近で見る富士山の姿は、記憶に残る姿とはあまりにも違って、サラは間の抜けた声を上げてしまう。

「俺もちゃんと見たのは初めてだな。これは、大きな気が噴出したとしても仕方がないだろうな」

 それに自由も同意し、噴火の威力の凄まじさを感じていた。

 あれほど美しい稜線を描いていた富士山は、今は大きく二つに分割されてしまったような姿になっている。噴火口は大きく、まるで冥府に続く穴のようだ。

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