第7話 乱入者

那岐なぎ。また邪魔するか」

 道満が晴明にそう声を掛ける。那岐というのが今の名前ということか。

「邪魔しているのはお前だ、大江おおえ。鬼は我らの獲物。そいつを研究することで、妖怪化の秘密を解き明かそうとしているのに」

 那岐は不機嫌に答えた。そういう答え方は昔から変わっていないなと、サラはくすっと笑ってしまう。

「解き明かす? 無駄だ。奴らは妖怪に呪われた存在だ。そして妖怪と不可分になった存在だ。消さない限り、人間に牙を剥き、そして俺たちのような異能者がこいつらと同じ扱いを受けることになる」

 大江は馬鹿馬鹿しいと相手にしない。

 呪術師の間でも見解が分かれ、こうやって対立することは珍しくない。それでも、彼らが昔と同じく対立する立場だというのには、サラも因縁の深さを感じずにはいられない。

 魂に刻まれた情報とは、こうも抗いがたいものなのだ。晴明がいつも呪術師に生まれ変わり、天下に関わる厄介事に巻き込まれるのもそのせいである。

「貴様ら」

 と、そこに、吹き飛ばされていた鬼が復活し、二人に向かってくる。

「ちっ」

「面倒くさい」

 那岐と大江、それぞれが迎え撃とうと構えたが

「やめよ」

 そこにまた乱入者があった。こちらもまた凛と響く、落ち着いた少女の声だ。

天夏てんか

 鬼の少年が忌々しそうに乱入者の名を呼ぶ。すっと三人の間に割って入って来たのは、セーラー服を纏う、長い黒髪の少女だった。

礼暢れのん。あれほど呪術師と戦うなと言ったであろう。今はまだ、その時ではない」

 少女が鬼の名を呼ぶ。どうやら二人は顔見知り以上の関係のようだ。しかも、何か取り決めがあるらしい。

「はっ。目障りな気配だったから消しておくべきだと思ったんだよ。お前も解るだろ。まあ、横から入って来たあいつの方がヤバそうだけどな」

 鬼、礼暢は忌々しげに那岐を見た。

 一方、那岐は二人を見極めようと、鋭い視線を向けている。

「中には厄介な奴もおる。だが、我らが負けることはない」

 天夏は那岐に向けて笑うと

「のう? 魂の中に狐を飼う者よ」

 そう言い放った。

「なっ」

「それって」

 驚いたのはサラたちだ。晴明にそういう噂がつき纏うのは確かだが、それは事実ではない。だというのに、彼女は何故、そんなことを言い出すのか。

 まさか、サラと同じように魂の系譜が見えるのか。いや、それならば、狐よりも安倍晴明の名を出すだろう。

「どういうこと?」

「狐め。言霊で誑かすつもりか」

 しかし、那岐はにやりと笑うだけだ。その反応も、平安時代から変わっていない。

「なんなのかしらね」

「我らが主は捻くれ者だからな」

 呆れるサラに、仕方ないんじゃないかと朱雀は酷い。

「誑かすとは酷い。その強大な呪力について、真剣に考えるのだな」

 天夏はくすくすと笑うと、大きく右手を振りかぶった。すると、もくもくと煙幕が辺りを包む。

「今日のところは帰る。だが、主が生きるべきはどちらか、しっかり考えた方がいいぞ」

 その中でも、天夏の声は凛と響いた。

「ちっ」

 面倒くさいとばかりに那岐が、その煙幕を呪術で振り払う。しかし、すでに天夏も礼暢の姿もそこにはなかった。

「ちっ」

「逃げ足の速い」

 那岐と大江はそう言うと、互いに顔を見合わせる。それからふんっと鼻を鳴らすと、別方向に歩き出した。

「仲が悪いみたいね」

「助かるよ。さすがに道満と一緒に戦うのは勘弁してほしいね」

 白虎と玄武がようやく肩の力を抜く。

「だが、めちゃくちゃややこしいぞ」

 そんな二人と違い、青龍は難しい顔になっていた。

 確かにその通り。どうやら複雑に色々なことが絡み合っているようだ。

「それにしても」

 別々の方向に歩き去る二人の少年を見て、サラは初めて道満と会った時のことを思い出さずにはいられなかった。




「新しい呪い、ですか」

 晴明の驚く声を聴き、サラは日向ぼっこを中断して起き上がった。まだまだ人型に変化することが出来ず、猫として過ごしていた頃のことだ。

 ぐぐっと背を伸ばし、声がする方へと歩いて行く。

「面白いだろ」

 意地悪い声がして、話し相手は保憲かと気づく。晴明の師匠というが、年は四つ上とさほど離れていない彼は、弟をからかうように晴明をからかっていることがよくあった。

 するっと几帳を潜って晴明の元へと行く。黒猫のサラがひょいっと膝の上に乗るのは、この頃では見慣れた光景となっていた。

 晴明はそんなサラの頭を撫でつつ

「面白くないですよ。しかも、陰陽寮の陰陽師が祓えず、逃げ戻ってきたというじゃないですか」

 と不機嫌に返す。

「そう。かなり強力なようだ。少なくとも、今まで都ではなかった形での呪いであるらしいね」

 保憲はそこでにやっと笑った。厄介な呪いを解いてこいと、そう晴明に言っている

のだ。相変わらず、面倒事を振る達人だ。サラは二本の尻尾を振って、保憲に抗議する。

 この男には、自分を人間に戻すという大仕事があるのだ。その前にくたばるようなことが合っては困る。

「嫌ですよ。そこは保憲様がやればいいじゃないですか。もうすぐ陰陽頭おんみょうのかみになられるんですよ。さすがは頭に選ばれるだけのことはある、と納得させられるじゃないですか」

 晴明もしっかり抗議した。

 次の除目で、保憲が陰陽寮のトップである陰陽頭になることが決まっているらしい。平安京生活も十年となれば、サラにもそれくらいのことは解る。

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