第9-2話 レオナは水筒を3つ失くしている

「これは?」    

「昨日 師匠がブラックホールと呼んでいると聞いて思ったんですけど ブラックホールとホワイトホールって表裏一体って説ありませんでしたか?

 考えたんですけど ブラックホールとして命を吸い込んで ホワイトホールとして彼岸の入口に吐き出すのではないかと?」

 

「うーん ブラックホールとホワイトホールについては いろいろとあって 明言も言及も出来ないんだけど… この 丸のイメージは レオナちゃんとしては しっくりくるの?」


「はい この世の方から見たら真っ暗な深淵で 吸い込まれそうな闇だけど吸い込んだ以上、アッチ側に吐き出されるのかな?っと 昨日の師匠の話を聞いて思いまして。。。

もし 彼岸が空の方向にあるなら 下を向いている方が黒 上が白ですね」


「うん 面白いね。ちょっとは怖く無くなったんじゃない?」


「はい 落ち続けるんじゃなくて 出口があるって思うだけで 大分気が楽になります。 落ち続ける穴とか恐怖ですよね? でも 出口があって しかも もしかしたら 落ちるんじゃなくて 上に上がっていくんですよ かなり変わってきます」


「落ち続けるのは嫌だね」


ユキがそれを想像したのか顔を顰めてから言う


「僕は深淵を”怖いもの”とはあまり思った事が無かったんだ。有さんに触らせてもらってからは興味を持ったし、カラーバス効果で目に入れば それこそ追いかけて行ったよ。そのほとんどが深淵じゃない他の物だったけれどね」


「え!自分から追いかけて行ったんですか?す…すごい勇気ですね……」


レオナはテーブルの上で両手を握り締める。 そんなレオナにユキは告白する


「まあ ほとんどが石やらごみ袋やら動物だったんだから勇気ってことはないかな? ホンモノの深淵に巡り会えるなんて 子供の行動範囲には殆どなかったけれど たまに出会ったら 少し離れて観察していたよ 誰かの膝の上の深淵は今思えば本当は猫だったのかも知れないなあ…」


ユキは、その時の事を思い出すように空を見上げる。

レオナは 誰かの膝の上に居る猫を 深淵だと思って 少し離れたところから うっとりと見つめる少年ユキを想像して”可愛かっただろうな”と思う。


「レオナちゃんが 深淵をやたら見つけるのも 興味を持っているからでしょ?

僕は興味を持って近づいたから 見間違いを確認できたけれど レオナちゃんは 確認していない。ってことは レオナちゃんが深淵だと思ったけれど 実は 猫とか石とか 深淵ではないものだった、という可能性はあるよね?」


レオナは考える そして その可能性に思い当たり頷いた。


「レオナちゃんが今まで出会った、本物かなって思う深淵ってどんな時のどんな深淵だったか教えてくれる?」


出会った深淵、、、っと思うと心臓がギュっと締め付けられたような気になって目をつぶる それを見たユキが付け加える


「思い出せるものを5つくらいでいいよ ダメなら3つでもいい」


師匠が言うなら、5つなら、っとレオナは考え考え、指を折って数えながら言う


「まずはお祖母ちゃんのお葬式の時、それから 転校する前の小学校で 意地悪をする子たちの一番後ろの方に時々見かけました。これも何回か見ているので本物だと思います。

それから 小学校の修学旅行の頃に亡くなった女優さん ガラスの城シリーズに出ていたセキレイさん?テレビ画面越しですが動画に映ったセキレイさんの後ろに確かにいました。あとは スクールに来始めた頃にぼーっとして病院棟の方に行った時、と この前 あそこのガーデンの門のあたりにも居ました。」


ユキは一つ一つ 頷きながら聞いた


「ありがとう よく思い出せました 頑張ったね。 セキレイさんじゃなくて セキネレイラさんだよね? 自殺したんだよね、あの人……あと ここの病院と門の所のは僕も見たことがあるから本物だね。深淵が視える事には間違いはない…

ねえ レオナちゃん 病院付近で この前の車いすの人の深淵みたいな深淵は見なかった?」


レオナは首をひねって少しだけ考えてから 首を横に振った。 

人に懐いている深淵は 車いすの上の深淵とユキの左手の深淵しか見たことが無い。

今度はユキが首をひねって 考え考えと言った調子で言う


「レオナちゃんには 多分 優しい、無害な深淵が見えてないんじゃないのかな? 僕の深淵は レオナちゃんにとって無害だから視えない、のかな? あの時も僕から手を離したら視えなくなったでしょう? レオナちゃんに視えるのは有害な深淵だけ?って気がするんだ…」


レオナは新しいページに「師匠」と書いて棒人間を書く 隣のページに「レオナ」と書いた棒人間にフキダシをつけて、「有害深淵だけ見える?」と中に書き込んで そのページをじっと見る


「私には 悪い深淵だけが視えるんですか?」


レオナは独り言のように言ってから ノートの”レオナ”という文字を見つめた。


「私の名前 レオナって祖母がつけてくれたんです 雌ライオンの事なんです。強く 美しく育つようにって。名前と私ってマッチしてませんよね…私 本当に弱虫で…

名前負けの見本みたいですよね…」


昨日 ユキには情けない姿を見せてしまったけれど ユキは呆れる事無く こうやってレオナに向き合ってくれている。


もう これ以上 レオナの評価が下がることは無いと思うと安心して(?)弱音が吐けるような気になって 以前から思っていたことを言ってしまう。


「そのおばあちゃんって昨日 話してくれたおばあちゃん?」

「はい そうです  私の事 すごくかわいがってくれたんです」

「そうかあ、おばあちゃんはレオナちゃんの名付け親なんだね。レオナちゃんをとても可愛がってくれてたんだね?」


レオナは頷く 

ユキは頭の後ろで手を組んで 椅子の背に寄りかかって遠くの空を見て何かを考えている。

レオナはそんなユキを黙って眺めながら次の言葉を待つ。

しばらくしてから そのままの姿勢でユキが言う。


「レオナちゃんそそっかしい、とか 不注意ってよく言われない?」


レオナは 忘れ物が多い 宿題を忘れて朝 学校で慌てることもしばしばだし 水筒も中学に入ってから3つ失くした。

だから 自衛のためにもポケットのついた服を愛用しているし レオナが カフェでドリンクを飲むことにしているのも 水筒をなくすよりは カフェで買いなさいと母親に言われているからだ


「師匠 私が水筒をなくしてばかりいるってなぜ分かったんですか?」

レオナは 頷きながら、少しずれた方向に驚く


「レオナちゃんが水筒をなくしているって今知ったけれど  それをばらしちゃうあたりからも 沈着冷静なタイプでないのは よく分かったよ」


しまった!っという顔をするレオナに 姿勢を戻したユキが苦笑した。


「そして 失礼だけれど レオナちゃんのお祖母ちゃんも 同じようにそそっかしい人だったりしないかな? お祖母ちゃんはレオナちゃんが危険を避けられるように 悪い深淵を視える力を与えてくれたんじゃないかな?」


レオナがよくわからないという顔をすると


「僕も視える深淵はほんの一握りなんだけど、レオンちゃんが視えるのはもっと少ないでしょ?

初めて一緒に見た 質の良い深淵は、ずいぶん大きなものだったから見えたのか 僕が一緒に居たから見えたんだと思う。僕の深淵だって 僕に触れていたから視えた つまり、

レオナちゃんは近寄ったら危険な深淵だけを選んで見つけているような気がするんだ。

お祖母ちゃんは 大事な孫のレオナちゃんを守るつもりで危ない深淵を視る力を”プレゼント” した。見える事によって避けてもらおう、と思ったんじゃないかな?」


ノートの「レオナ」の下に お祖母ちゃんからのプレゼント と書いて考えるレオナにユキが続ける


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