第9-1話 7月第1月曜日

翌日の月曜日 特に約束はしていないにもかかわらず、レオナは ガーデンの図書室へ行った。レオナの指定席も その周辺も今日は空いていた。


レオナはがっかりしながらも「宿題をする」と母親に言った手前 宿題の問題集を取り出した。


冷房の利いた図書室は思いのほか宿題がはかどった。

師匠に会えなくても収穫はあった、と残念に思う気持ちをなだめ、カフェへ向かう。外は暑くてレオナは羽織っていた白いシャツの袖をまくり上げる。


注意力散漫―と言うより、”深淵にのみ注意が行き過ぎていて他の事に注意が行かない”のだが―で落とし物 忘れ物が多いレオナの為に母親が作ってくれた ポケットが沢山ついているお気に入りのシャツだ


カフェでいつものように紅茶を買い いつもの席に向かうとそこに白いシャツを着たユキが居た


ユキは 月に二度スクールの為にガーデンを訪れるレオナよりもはるかに多く、図書室やカフェを訪れている。だから、遅かれ早かれレオナには遭遇できると思ってはいた。


しかし まさかの昨日の今日である、 レオナの姿を認めたユキは驚いたようだ。が とりあえず、軽く手を振ってみた


すると レオナが 急ぎ足でユキの方に来た。そして 昨日の様に ユキの左側に座り深々と頭を下げる


「昨日は 失礼いたしました」


「こちらこそ、辛いお話をしてくれてありがとう。今日は会えてよかったよ。話をしたいと思っていたんだ。」


お揃いのような 白いシャツを着て並ぶ二人は やはり兄弟(妹ではない)の様に見える 髪型や服装が似ているだけでなく この二人は雰囲気が似ているのだ。


「はい 私も師匠にお会いしたいと思いまして、午前中は 図書館で宿題をしていましたが、 お腹がすいたのでこちらに参りました次第でざいます」


レオナなりの最上級の丁寧語で言うレオナに吹き出しそうになりながら


「もっと普通に話してよ。お昼、今からなんだね どうぞお召し上がりください。僕はもう済ませてきちゃったからね」


「師匠が召し上がらないのに かたじけない」


緊張の為か 奇妙な言い回しをしながら レオナはお手拭きで手を拭いて サンドイッチを開ける。


それを見ながらユキが口を開く


「僕にも 深淵の先輩がいるって言ったの覚えてる?有さん、永遠のティーンエイジャー。

まずは 彼と彼の深淵に出会った時の話をしようかな。」


タマゴサンドを頬張りながらレオナはうなずくマナーは悪いと思うが、早く食べ終わろうとレオナとしては精いっぱいの努力である


「僕が彼と深淵に初めて出会ったのは7歳。レオナちゃんが深淵に出会った年齢よりも大きいね。レオナちゃんも深淵とのファーストコンタクトが7歳過ぎていたら もうちょっと違ったんじゃないかなと思うけど… こればかりはしょうがないね。


この時は僕のひいお婆さんの葬儀だったんだけど、人慣れした動物みたいな深淵を連れた人たちが何人かいた。その中の一人が有さん。この前話した人。7つの僕から見たらオジサンだったけど、後で知ったら今の僕くらいの年齢だったんだよね。

有さんが抱いている深淵を僕は黒猫だと思った。 僕が触りたいというと この間の3つの注意…」


ここでユキは覚えている?というようにレオナを見たので レオナは頷く それを確認してユキは続ける


「深淵の事はあまり人に言わないこと 人の深淵に触らないこと 自分から近づかないこと これを教えてくれてから 特別だよ と言って有さんの深淵に触らせてくれた」


レオナは無言で頷いて紅茶を飲み今度はハムサンドを頬張る


「有さんが触らせてくれた深淵、彼はバディって呼んでいたけれど、何もないのに確かにある、暖かい不思議な感覚だったよ。それ以来 僕は深淵にハマった。


僕の視界の中に 深淵が入ってくるようになったのは、深淵に触れたことがきっかけだったのか それとも 興味を持つと見えてくるって事あるよね? えーと」


「カラーバス効果 ですね?」

レオナが小さく手を挙げて言う


「そう そのカラーバス効果なのかもしれないけれどよく目にするようになった。ただし 僕に視える深淵は ほんのごく一部のようなんだ。多分 僕の眼には見えない深淵が本当は沢山 存在しているんじゃないかと思う」


「なんでそう思うんですか?」

「人間がそれぞれ持っているにしては、見えている深淵が少なすぎるから、かな?」

「なるほど あ!人がそれぞれ持っているから お互いにバディなんですね!」


レオナの言葉にユキが頷いた。

レオナは残りのサンドイッチを口の中に押し込むと シャツの大きなポケットからオレンジの表紙のリングノートを取り出す。細い ボールペンを無理やりセットしてある


最初のページには 三大ルール「さわらない 近づかない 人に話さない」と「でも怖くない」と書いてあり パラリとめくると 昨日の棒人間たちが 清書してある。


ノートを開くのを確認して ユキが言う


「深淵については 僕の友達一人を除いて、真面目に話をするのはレオナちゃんが初めてだから 誰かと情報交換とかもしたことがない だから 僕の想像とか経験からの話になる。レオナちゃんが違うと思ったら言ってほしいんだ、頼むね」


ひたすら深淵から逃げていたレオナに話せる事は何もないだろうと思いながらも レオナは頷く


「僕が視る深淵の中には 不思議な事に持ち主が見当たらない深淵も居るんだよ。

 人は深淵を連れているはず でも 深淵だけが存在しているなんて不思議でしょ?

しかも なんて言うのかな? 良くない雰囲気を醸し出す深淵になってる。 

自己流なんだけど、塩はお清めの効果があるって言うから バディの所に帰るようにって言って 塩で僕と深淵の間に結界を作ると 離れていく。 バディを見つけられているといいけど… そこまでは僕にはわからない…」


「師匠…深淵にまで慈悲深いなんて…流石師匠です!」


レオナはいたって真面目に言い 新しいページの”カラーバス効果?”の下に”塩?”と書いた。


ユキがノートの上に身を乗り出すようにして レオナのノートを覗き込む


「僕もちゃんと有さんとの話をメモしておけばよかったかな?ちょっと見てもいい?」


レオナの了解をとって 次のページをめくる

そこには 半分黒 半分白の丸が書いてあり 黒の部分には IN の→ 白の半分からは OUT → が書いてある


「これは?」    


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