第20話 トキお泊りする

「ここで待っていてね」

レオナは トキを自室に連れて行きここに居るように言う。トキは自分の意思で移動できるが 突風に飛ばされるらしいから風船扱いだ。


「お待たせ!」


レオナが部屋に戻ると トキは窓から外を見ながら待っていた


「ずいぶん 世の中がかわったことはわかるの。ずいぶん 時間もたったんだって思うの。でも かあちゃんが おうちで待っててっていったから… まっているの 待つことは得意なの」


トキは相変わらずの無表情で言う。…トキが 戦争で死んだのだとしたら、もう70年以上を彷徨っているのだ。

一人で家を探し 母を待ち 何度も風に飛ばされて見知らぬ街に連れていかれ、それでも 約束を守って この世に留まっている。


レオナはトキを抱きしめたくなって 実体を感じないその身体を両腕で包み込む


「ありがとう レオナちゃん」


その言葉に嬉しそうな響きを感じて レオナはトキの顔を見るがやはりトキの顔に表情は無い。




信じる力って凄いなあっとレオナは思う。

まあ、レオナ自身も 逆の方向に信じる力を発揮させて 10年も拗らせてきたのだが…


バタン!! 部屋のドアが開くと同時声がした


「おねえちゃーん そろそろご飯だって」


レオが扉を開けて告げる。え?っと トキが振り返るが レオには何も見えないらしく 


「早く来てね 今日は冷やし中華だから伸びちゃうって」


っと言ってまたパタパタとリビングに戻って行った。


「やっぱり見えないみたいね。 でもこの家から出てどっかに飛んいっちゃうと

 大変だからこの家の中に居てね。」 



夜 レオナはトキとレオンと一緒に「青い鳥」を読んだ。レオンが レオナの膝の間に座り 声を出して、

ゆっくりと読んでいく。


同じ年ごろのトキがそのレオンの隣でそれを聞き、レオナの母親も少し離れた所で何か書き物をしながら聞いている。


「なんで 病気になって死んじゃうのに生まれるんだろう?」


チルチルとミチルの来年生まれる弟が「僕は3つの病気を持って生まれて その後はいなくなるんだ」とセリフを読んだ後でレオンが呟く


その場面はレオナにとっても不思議な場面だった。

だが 今 膝の中で弟が呟くのを聞いたとき 自然に答えが出た


「それでも チルチル達の弟に生まれたい お母さんやお父さんに会いたいって思ったんじゃないのかな?」

「そっか 僕も お姉ちゃんの弟に生まれたい この家の子に生まれたいって思ったから 今 居るんだよ」


レオンが甘えて レオナに身体を預けて顏を上げてレオナを見てニッコリ笑った。


そんな二人を母親が書き物を止めて 幸せそうに見ていた。




***



トキはテレビを見るのが好きだ。

最初は中にひとが入っている不思議なものだと思ったらしいが、今は そういう訳ではないということを理解している。


アニメーションや 時代劇 音楽番組 それから 意外な事に高校野球も好きなのだとか…神社の境内で兄たちが野球をするのを生前よく見ていたらしい。高校野球を見ると、境内での野球とはずいぶん違うと思いながらも 兄たちを思いだすのだそうだ。



レオナがトキと一緒に番組表をチェックしていると

「おねーちゃん」


と レオンが声をかけながら、おぶさって来た


「レオ もう 重いって 4月から小学生でしょ ピシっとしなさいって」


と言いながらも レオンを下すことは無く軽く揺すってあげるとレオンはきゃっきゃっと笑う

そんな二人をトキはじっと見ている。


「ねえ レオン もし 家が火事とかになっちゃって 逃げているうちにはぐれちゃったらどうする?」


ふと レオンに聞くと


「そんなこと言わないで。。。」


っと 泣きだした

年が離れた姉弟で 甘やかされたレオンはこういう話に弱い。もうすぐ1年生なのに これで大丈夫なのか?とレオナは心配にもなる。


「あー お姉ちゃんが悪かった ごめんごめん。 もし はぐれても お姉ちゃんが絶対に探し出してあげるから大丈夫 よしよし」


レオンの頭を撫でながら ああトキもきっと 同じような事を言われたんだなあ っと思い トキが居た方を見ると さっきまで居たはずのトキはいなかった。


部屋に戻ってみると トキは部屋で”青い鳥”を読んでいた


「あ こっちにいたのね 良かった ごめんね お姉ちゃんちょっと ご飯食べてくる テレビなるべく見れるようにしておくから 見たくなったらおいでね」


 小さい声でトキに言うと レオナは食堂に戻った。

まるでレオンに言うように レオナは自分の事を自然に”お姉ちゃん”と言ってしまったが ここに居る間は お姉ちゃんになってあげたいと思い 訂正しなかった。



***


トキはレオナ達が宿題をしたり 本を読んだりするのを眺めたり 高校野球をテレビで見たりして過ごした。

時折 レオナたち家族が食事をしながら会話を弾ませているのをテレビを見ながらも気にしているのをレオナは感じていた。


夜は一緒にベッドに入って寝た。中学生になっても夜中にふと すぐそこに深淵がいるような気がして恐怖を感じる事が多いレオナだが 隣にトキがいると思うと 怖くなかった


毎日 出かけていたかと思ったら こんどは全く外に出ないレオナに両親は不思議が

り、「レオンだって少しなら留守番くらいで出来るよ」「買い物くらい行ってくれば?」と声をかけ 引きこもりがちだったレオナがせっかく外に出だしたのにと 残念がった。


それから、それまで全く興味を示さなかった高校野球に突然興味を示し始めて

食事中もテレビをつけておきたいと言い出したレオナを訝しみながら 高校野球だけは食事中にテレビをつけていることを許可してくれた。

レオナは テレビを というよりもテレビを見ているトキを眺めながら食事をしていた。


両親は「これもガーデンの友達の影響だろう」とか「その友達は高校生なんだろうか 」とか「もしかしたら高校球児なのか?」とか 聞えよがしに話していたが レオナは聞こえないフリをした。 




レオナはベッドの上に寝転がって トキと”深淵ノート”を見ていた。

レオナの書いた下手くそな棒人間に「レオナちゃん、字と絵は下手なのね」っと真顔で言われたのには傷つく……よりも むしろ笑った。



「こっちの理央さんの絵見て すごく上手でしょ? 私の下手な字が目立つわ…この女の子はトキっぽいと思うなあ」



レオナが理央の為にトキの話を書き取り 理央がイラストを付けたページを開く

トキが あの時のね…

 と思い出した様に話し始めた


「私が風に飛ばされてお別れしたおばあちゃんもいたけれど…命が終わるまで一緒に居た人もいたのよ。

たくさん笑ったり歌ったころに …深淵ってレオナちゃんたちが呼んでいる物?が現れて おばあちゃんを連れて うーん おばあちゃんの方から入っていくのかな? 穴は小さいくて 身体は入らないからおいていくのよ」


トキの瞳が懐かしさを湛えているように光る

子供の顔のトキが レオナよりも大人の様に見えてくる


「お迎えが来たって言って おばあちゃんの魂が入ると 深淵がシュって 溶けるのを見て ああ サヨナラだなあって またトキは一人になるの でも 今はレオナちゃんやソラがいるから 大丈夫よ」



レオナが泣きそうな顔になるのを見てトキが最後の一言を紡ぐ。

そして パチリと瞬きをして また 子供の顔に戻った。


「私もおばあちゃんが亡くなった時にシュって深淵が解けるのをみたの その後ずっと深淵が怖かったの トキは大丈夫だった?」

「怖い?あの綺麗なマルが怖かったの?」


トキが首を傾げる


「ソラのは ちょっと怖いけど…時々優しいけど… レオナちゃんのお婆ちゃんのは怖かったの?」

「うん 多分 小さかったからね … 今は あんまり怖くないよ」


トキに不思議がられて レオナは、本当はまだ怖いのに ちょっと強がって言う。


それから 今のトキの話を慌ててメモする。

もっときれいな字で書けたらいいのに でも 師匠も字は私と同レベルだったよね?ユキの事を思い出し、ついでに理央の事も思い出した。


「理央さんは自分は見えないのに ソラやトキを連れてきたのよ」

「理央ちゃんはシャボン玉も連れてるよ 綺麗よ」

「ふーん 見てみたいなあ 世界は深淵とシャボン玉だらけ、なの?」

「シャボン玉はいっぱい飛んでいるけれど 深淵は…例えば、レオナちゃんの家族の深淵は見えないわよ」


それは まだレオナの家族は深淵をくぐることは無い 彼岸に行くことは当分ない という事だろうか?


トキがノートのページを繰って聞いて来る


「この黒と白はなに?」

「これはね 今 私たちが居る方から見えるのは黒だけど 出口の方は白い世界なんじゃないかなあって あとね 門の役目かも?っとも 言ってるのよ 出口に何があるかなあって 」


「出口は 向う側の世界なのよ だから とうちゃんとかあちゃんが待ってるのよ お兄ちゃんもね」

「そうかあ そうだね 会いたいよね 家族に」


トキは 70年も 約束を守って待っている。私には何ができるんだろう?

レオナの思いが聞こえたように 大人の眼をしたトキが言った


「レオナちゃんと居るだけで 私 幸せよ レオナちゃんは私をトキを見てくれる。ありがとう」


何もしていないのに…っとレオナは恥ずかしいような気持ちを隠すように慌てて言う


「私が視ている深淵は怖いものだけらしいの 師匠と一緒でやっと素敵な深淵が視えるらしいから トキには 綺麗な深淵も 怖い深淵も視えていいね」


トキが優しい声で答えた


「沢山、見えすぎるのは大変よ。視界がいっぱいになっちゃうのよ。レオナちゃんには 本当に危ない深淵だけが見えるんでしょ?

怖い犬が居るのが分かるようなものだもの 噛みつく前に逃げればいいのよ。

可愛い犬は視えなくても困らないでしょ? 理央ちゃんも レオンも、レオナが守れるのよ。」


あっ そうか 師匠も”危険が分かる能力”だって言っていたけれど それは自分を守るだけじゃなくて 人を守るためにも使えるんだ。理央さんに近づいて来た深淵を退けたように、レオンや家族を守ることが出来るんだ。


レオナは 目の前が開けたような気がした。




***


明日はガーデンだね っという夜に トキが言った


「レオナちゃん トキは かあちゃん とーちゃんに会いたい。トキは もうだいぶ前に死んでるんだよね? かあちゃんやとーちゃんも死んでるんだよね?」


トキの声は悲しそうだ トキが泣く事が出来ないのは死んでいるからなのだろうか

泣ければ少し楽になるかもしれないのに

レオナは悲しくなって でもどうしてもあげられなくて レオナが泣いた


「レオナちゃん 私の為に泣いてくれてありがとう  私 ちゃんと考えたの」


トキの中の大人のトキが言った それから


「私は もう大丈夫だから レオナちゃん もう泣かないで」


レオナはトキに慰められながら それでも涙を止める事は出来なかった


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