第6話 ユキがブラックホールを見せてくれる話

レオナはサンドイッチを広げて 

「いただきます」

と手を合わせて小さい声で言う。サンドイッチを一つ食べ終わったところでユキが声をかける


「レオナちゃんは あの黒いモノなんて呼んでいるの? 」

「深淵って呼んでます。大分前に男子がニーチェさんの言葉を使ってて ああアイツのことだなって思ったんです」

「深淵を見るとき 深淵にも見られているってのだね」

「そうです それです」


「じゃあさ レオナちゃんはいつから 深淵 に見られているの?」

「いえ 見られてないです 見られないように生きてきたんで」

「見られないように生きてきた? ふーん そうかあ …じゃあ 初めて深淵を見たのはいつなの?」


ユキは少しだけ可笑しそうに笑った。レオナはそれを見て 自分は聞きたくて来たのに なんで一方的に質問されているんだろう?っとちょっと不満に思いながら答えた


「保育園のころ 祖母が亡くなってすぐに会いに行った時です。小さな深淵が部屋の隅の闇に溶けて行って」


レオナは その光景を思い出してなんとなく気持ちが悪くなり 紅茶を一口飲んで、黙った。

やだなあ 深淵の話をするの…と思っていると 少しの沈黙の後でユキが聞く


「スーラの絵は好き?」

「嫌いじゃないです 私 点が怖いわけじゃないので」



レオナが怖いのは 点でも穴でもない 深淵なのだ。カエルの卵なんて まったく怖くない。

深淵に比べたら あの中から命が生まれるなんてなんて素敵なんだろうと思う


ユキはテラスの屋根の下に広がる空に目を向けてから また聞く


「そっかあ えっと レオナちゃんって”視える人”だったりする?」

「え? 視力ですか? 両目1.2ですけど?」


レオナの答えがユキの考えていた答えとあまりに違ったのだろう ユキは一瞬 キョトンとした表情になった


「あ どうぞ お昼食べて 」


レオナに続きを食べるように勧めて ユキは椅子の背に体を預け、頭の後ろで手を組んで遠くの空を見る。


しばらく空を見ていたが 何かを思い出したように微笑んで そのままの姿勢でレオナがサンドイッチを食べている様子を目の端で見ていた。そして いい考えが浮かんだ というような顔をして頷いた。



ユキはレオナが二つ目のサンドイッチを食べ終わるタイミングで聞く


「裸眼で1.2なら 今時の中学生にしては目がいいよね?」

「まあ いい方だと思います。」


会話がつながったことで 少し緊張を緩めたような顔になって、ユキは続けた


「今から驚くようなものを見せるけれど 落ち着いて見てくれる? いいかな?大丈夫?」


「じゃあ 右手の指を二本だして そうそう その指を僕の左肩に当ててくれる?」


レオナは 言われた通りに右手の人差し指と中指をユキの肩に軽く当てる 何が起こるのだろう? と 思っていると ユキはレオナの顏をみて 「いい?」っと声に出さずに言った


そして


握った左手をテーブルの上に出して 上を向ける。右手を添えて そっと小さく開く


覗き込んだ レオナは ぎょっとした顔になって 二本の指でぎゅうっとユキを押しのけながら のけぞった


ユキの手の中に ちょうどおさまる大きさの深淵が居た。


底が見えない穴のような でもなぜか立体感があるボールのような そんな存在がユキの手の中にあった


「見える?」


ユキの問いに のけぞったまま頷いた


ユキが右手を添えたまま そうっとその手を握る レオナはその手を覗き込もうと テーブルに両手を


ついて前かがみになる ユキが再び左手を開くと深淵は消えていた 


がっかりしたような、ホッとしたような、信じられないモノを見たような?夢かな?

固まったままの レオナの目の前で ユキが


「おーい レオナちゃん?」


と小声で呼びかけて ヒラヒラと手を振る。

レオナがはっと我に返って 紅茶を一口飲んだ。


夢じゃない!

深淵を連れている 飼いならしている?


もう この人の事を信じてついて行くしかない。師匠!とお呼びしよう

レオナは大真面目に思った この人ならきっと助けてくれる 


「師匠!!」っと呼びかける前に ユキが話し出した


「レオナちゃんは 深淵って呼んでいるんだね。僕は バディとかブラックホールって呼んでいたんだけど これからは 深淵って呼ぼうか?」


レオナは大きく頷く 今まで「深淵」と呼んできたものの名前を急に変えられてもピンとこない できれば慣れ親しんだ(?)名前の方が分かりやすい


「今のが 僕の”深淵”ね そんなに怖くないでしょ?」


微笑みながら言うユキに レオナはまた頷く。

びっくりしたけど 嫌な感じは全くなかった。黒いマリモ?ちょっと触らせて貰いたかった


「僕 ちょっとだけど霊とか感じたりするんだよね。 バディ、深淵も小学生の頃から見ているんだ 一番最初は 猫かなと思ったりしていたんだけどね」


たしかに レオナも深淵だと思って避けたモノが「ニャー」と鳴いて悠々と歩いていくのを見送ったのは一度や二度ではない


「深淵に初めて遭遇したのは7歳の時、かれこれ10年くらい、僕が勝手に色々と考えている事を話すね。ほとんど想像だし 想像さえもできないことも沢山あるけど 聞いた後で レオナちゃんの考えも聞かせてね」


ユキは 間合いを取るようにカップに口をつけた


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