03:制圧

 残月がニヤリとしながら言う。


「へっ……初撃でその細っこい剣をブチ折ってやろうと思ったのによ、器用な野郎だぜ」


 ベルハイドは答えず、フーッと長い息を吐いた。


 そう言う残月こそ、生半可な打ち込みをしてこない。

 大剣を破壊しようと狙っているが、中々機会が訪れない。


 残月が続ける。


「見てたぜ、さっきの武器破壊。二本の剣で交差するように相手の武器を挟みながら斬り上げる。言うのは簡単だが、金属をも断つ妙技」


 ベルハイドは表情一つ変えずに返した。


「フン……目の良いことだな」


 それを聞いた残月が牙を剥くような笑みを浮かべて言う。


「剣を交差して受けられる角度の打ち込みを待っているな? だが果たして、俺の一撃を前に上手くいくかな?」


 ジャキ、と音を立てて上段に構え直す。

 犬の護衛の武器を一撃で叩き折った、渾身の構えだ。


 残月から笑みが消え、スッと集中した表情に変わり、静かに言った。


「下手な受け方しないでくれよ、死んじまったら後味悪すぎるぜ」


 ベルハイドは答えぬまま、両手の剣先を下げながら溜めを作った。

 速やかに交差斬りに移行できる構えである。


 互いの集中力が増して行く。

 狙いは同じ、相手の武器を破壊すること。


 二人の間の空気が凝固したかのように感じられた。

 その次の瞬間、残月が裂帛の気合いと共に斬り込んできた。


「しゃあっ!」


 上段から打ち下ろす、凄まじい斬撃。

 下手に頭上で受けると剣が叩き折られ、そのまま頭を割られて死にかねない。

 だがこれこそが、ベルハイドが待っていた角度の打ち込みであった。

 

「ぬううッ!」


 唸るような声を上げ、渾身の力を込め剣を交差して斬り上げる。 

 ぎいん、と聞いた事も無いような甲高い金属音が響き渡り、派手に火花が飛び散った。


「「「ひえっ」」」


 狸達三人は思わず耳を塞ぎ、目を瞑ってしまう。

 ややあって、そっと目を開けた三人が見たのは、鍔迫り合いで拮抗する残月とベルハイドの姿であった。


 互角。


 そして、あれだけの激突であったにもかかわらず互いの武器は破壊されていなかった。

 ここへ来て双方は、互いの剣の材質を確信する。


「俺の上段を受けきるか……どうやらその双剣、鋳物の銅剣とはモノが違うようだな」

「フン、なるほど。お前の大剣も鉄製、か」


 毛民の文化ではここ数年で、製鉄の技術が確立された。

 『銅』の時代から、銅と錫の合金である『青銅』を経ずに、直接『鉄』の時代に入ったのである。


 ベルハイドと残月の剣は最新鋭の素材という訳だ。


 鉄剣同士の立ち会いとなると、武器の破壊は難しくなる。

 時代の変わり目であった。

 後に毛民達の剣術は『寸止め』の文化が発達し、より競技性が強くなっていくが、それはまた別の話である。



 ぎりぎりと鍔迫り合いをしたまま、残月が申し出る。


「こいつぁ、勝負がつかんぜ。潮時だろう。痛み分けと行こうじゃねえか。どうだ?」


 確かに、互いに手を引く潮時に思えた。

 だがベルハイドはそれに乗らず、目を閉じて、さらりと言ってのけた。


「いや。お前の負けだ」

「……なんだと?」


 次の瞬間ベルハイドは目を見開くと、耳慣れない言葉を唱えた。


「ユビキタス、機能限定解除。刃よ震えろ!」


 するとベルハイドの全身と剣が、青白い光に包まれた。

 同時に、双剣からピィンと甲高い音が響く。


 そのまま交差した剣をぬるっと斬り上げると――なんと、残月の大剣が半ばから断ち切られ、刃がごとんと地面に落ちたではないか。

 あれほどの激突でも折れなかった剣が、静止した状態の鍔迫り合いから断ち切られたのである。


「~~ッ!?」


 残月の驚愕、如何ばかりか。

 明らかに超常の力。魔法の顕現だった。


 ユビキタスとはこの世界にあまねく存在する魔法の源、『魔那まな』の名である。

 ベルハイドは魔那に呼びかけ、自らの剣に高周波を発生させた。

 超高速で振動する刀身は、同じ鉄製の剣が相手であっても容易く切断を可能とする。


 負けを認めざるを得ない状況に追い込まれた残月は、絞り出すように言った。


「こっ、この野郎……魔法剣士だったのかよ。道理で、音も匂いも魔法で消してやがったってわけか」

 

 見れば、成体とは言えまだ若い猫だ。

 一体どれほどの修練を積めば、この若さで魔法と剣技をここまで修める事が出来るのか。


 残月はハ~っとため息を付き、両手の平を上に向け、首を振る。

 そこにベルハイドが剣を突きつけた。


「勝負ありだ。観念してお縄を頂戴しろ」

「へいへい。武器が逝っちまったら、どうもならん」


 何処か余裕を残した物腰だ。

 残月は切断された刃を拾い、ベルハイドの方を向く。


「あ~あ、高かったんだぜ、この剣」


 そう言いながら、ヒョイと刃を投げてよこす。

 早すぎず遅すぎず。絶妙な山なり軌道だった。

 一瞬、ベルハイドは刃を避けるか、はじき落とすか、逡巡する。


 その隙に残月は一気に後ろに飛び退いた。

 驚くべき跳躍力だ。


 ベルハイドが刃を剣ではじいて落とした時、互いの間合いはもう大分離れていた。


「へっ、この稼業はカアチャンには内緒でな。ずらからせてもらうぜ」


 残月はそういうとクルリと踵を返し、一目散に逃げ出した。


「ちぃっ!」


 舌打ちしたベルハイドは一瞬後を追おうと思ったが、すぐにやめた。

 脚力は五分――いや体格の分、残月が少し上か。

 つまりもう、追いつけない。


 ベルハイドはふう、と息を吐いて言った。


「喰えん奴だな……」


 そのまま納刀せず、取り残された狸達三人の方に剣先を向ける。


「お前らは逃がさんからな」


 三人は心底おびえた表情で身を寄せ合い、ヒィ~と情けない声を上げた。


「ああああ、センセイ」

「そんなぁ~」

「俺らを置いて逃げちまった」


 その後ろ、大木の影から兎がひょこっと顔を出す。

 辺りを見渡した後、恐る恐る訊いてきた。


「えっと、もう大丈夫……?」


 それを受けたベルハイドはふっと表情を和らげた。


「ああ、もう大丈夫だ。縛られた皆を解いてやってくれ」

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