02:対峙

「ななな、なんだてめえ!」


 狸はようやく邪魔が入ったことを理解した。

 慌てて山刀を突き付け、がなり立てる。


 ――ふと、肝心の山刀の刃が無いことに気が付いた。


「んなっ……?」


 狸の手は山刀の柄を握るのみだった。

 刃の部分が根元から綺麗に断ち斬られており、足下に落ちているのである。


 先程ベルハイドが目の前に降り立った際に、すでに斬っていたのだ。


「こいつ!」

「いつのまに?」


 穴熊とハクビシンも驚きの声を上げた。


 その後ろから残月が抜け目なくベルハイド観察している。

 声を出さず、静かに新手の力量を分析する。


(なんだ、この猫。どうやら遅れてやって来た護衛のようだが、妙だな)


 最初から大木の梢に居たはずは無い。

 では、どうやって誰にも気付かれずに梢に登ったのか。


 残月はヒクヒクと鼻を動かし、空気の匂いを嗅ぐ。


(こちらは風下だ。俺に気付かれずに風上から接近する事など、不可能なはずだ)


 狩猟の技術が高まれば、おのれの気配を小さくする事は出来る。

 残月も優秀な狩人なので、それが可能だった。


 だがこの猫は気配どころか、音も立てず、匂いもしないのである。


(気味の悪い野郎だぜ……)



 一方ベルハイドは、すでに大木の梢から賊の戦力を分析していた。

 相手の目の配り、体の運び。

 立ち居姿だけで、かなり正確に相手の力を推し量る事が出来るのだ。


 賊は全部で四人。

 手前の三人は、明らかに力量が低い。

 この場で最も手強いのは、後ろに居る残月であることを見抜いていた。

 

 さらに、こうして近くで相対するとビリビリするほどの気勢を感じる。

 ベルハイドは声を出さず心の中で舌打ちをした。


(ちっ、あの狐……厄介なんてもんじゃないな)


 厄介であれば尚のこと、速やかに残月と対峙しなくてはならない。

 どの道、全員を制圧しなければ、この状況は打破できないのだ。


 ベルハイドは武器を失った狸に剣を突きつけ、三人に言い放つ。


「下がれ、むじなども。おまえ達では相手にならん」


 狢とは狸や穴熊やハクビシンなどの毛民を一緒くたに呼ぶ、蔑称である。

 悪態をつかれる事など慣れていそうな三人だが、これには声をそろえて反応した。


「「「狢って呼ぶな!」」」


 毛民の価値基準はわからないが、どうやら『狢』は相当な罵倒に値するらしい。

 なかでもハクビシンは大変な憤りだ。


「よく『同じ穴の狢』って言うけどな、そりゃ狸と穴熊のことだ! ハクビシンまで一緒くたにするんじゃねえ! 俺とこいつらをよく見ろ! 全然似てねえだろうが!」


 がくっと狸がずっこけ、ハクビシンに食ってかかる。


「なんだとお!? ハクビシンも同じようなもんだろうが!」


 続けて穴熊もがなる。


「そうだそうだ! 似たようなもんだ! 大体お前の嫁っこだって、夜な夜なコイツの穴蔵にかよって――」

「お、おい、今ソレ言うか!?」


 思いがけぬ穴熊の告げ口に狸が慌てた。

 ハクビシンは伴侶の浮気情報を聞き逃さなかった。


「ウチのカカアがなんだって!?」


 今にもつかみ合いの喧嘩が始まりそうだ。

 その隙をベルハイドは逃さなかった。


 穴熊とハクビシンの間合いにするりと潜り込むと、鋭い金属音が二回響く。

 無駄の無い最低限の動きだったが、たったそれだけで穴熊とハクビシンの山刀の刃が、ごとんと地面に落ちた。


 二人が悲鳴にも似た情けない声を上げる。


「ああっ!?」

「お、俺の剣が!」


 鮮やかな武器破壊。

 ベルハイドは左右の剣をそれぞれ穴熊とハクビシンに突きつけ、鋭く言い放った。


「勝負ありだ、下がれ!」


 毛民同士の立ち会いは武器を失うと勝負あり。

 戦いはそこまでとなる。


 毛民達は食べる目的以外でいたずらに命を奪うことは、決して無い。

 命を奪うのは、食べるための、生きるための行為であった。


 そして肉食の毛民であっても、他の毛民を食べたりしない。

 つまり毛民同士は『不殺』が不文律となるのである。


 武器を失い負けを認めるしかなくなった三人は、クルリと振り返ると、声をそろえて残月に助けを求めた。


「「「センセイお願いします!」」」


 ベルハイドが残月に視線を走らせたとき、すでに残月は剣の柄に手をかけ、跳躍していた。


「しゃあ!」


 かけ声と共に背中の大剣を抜くやいなや、袈裟懸けに振り下ろす。

 恐ろしく鋭い打ち込みだった。


 ベルハイドは二本の剣をそろえて構え、その一撃を斜めにいなした。

 ぎゃりん、と金属音が鳴り響き、火花が散る。


「きゃっ!」


 その激しさに、兎が悲鳴を上げた。

 初撃をいなしたベルハイドであったが、手にビリビリと衝撃が残る。


(く……なんて打ち込みだ)


 残月はいなされた剣先を止めることなく、その流れを利用して素早く溜めを作り、すぐさま返しの薙ぎ払いを放つ。

 それを読んでいたベルハイドは後ろに飛び退いて躱し、着地と同時に兎に短く声をかけた。


「木の陰に隠れていろ!」

「は、はい!」


 兎が大木の後ろに走り込む。

 ベルハイドは剣を構え直し、大きく息を吸い込んだ。


 すぐに次の斬撃が来る。

 残月は先程躱された薙ぎ払いを振り抜いてまた溜めを作り、そこから流れるように斬り上げて来た。


 ベルハイドはその流れに逆らわず、大剣の横面に剣を当て、軌道を逸らせた。

 僅かに残月の体勢が泳ぎ、重心が崩れる。


 同時にベルハイドはするりと間合いを詰め、残月の腿のあたりを狙う。

 これは躱せないはずだ。


 ところが残月は構わずクルリと一回転し、勢いを付けた回転切りで、ベルハイドの腕を狙ってきた。

 咄嗟にベルハイドが二本の剣をそろえて防御しながら後ろに飛ぶと、激しく剣と剣がぶつかる。


 これまた、恐ろしい威力の斬撃であった。

 後ろへ飛んだベルハイドが、ほぼ吹き飛ばされたような形となった。


 そのまま残月は大剣を振り抜き、体勢を戻した。

 一方、吹き飛ばされたベルハイドは宙返りし、音も無く着地する。

 

 重い大剣で強烈な斬撃を次々放つ残月。

 双剣で斬撃をいなしながら間合いを詰めるベルハイド。

 対照的ではあるが、どちらも熟練と呼べる領域であった。


 見ると、残月の左腿、ベルハイドの右肩から出血している。

 先程の攻防で、お互いの斬撃が掠めていたのだ。


 毛民同士の立ち会いでも、相手の戦力をそいで無力化する為に、手足を狙う事はあった。

 お互いが相手の力量を認め、そういう攻撃を織り交ぜているのである。

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