最終章 顔
第19話 再生
晴れた暖かい日の
「えっと、それでその後入院しました。医者に
「大変でしたねえ。うちは給料あんまり出せないけど大丈夫?」
「あ、大丈夫です。他に行き場ないし」
住める場所があれば、またネットで『仕事』ができるし。
「うちはまだ
「あ、はい。大丈夫です」
ネットの『仕事』でお金たまったらすぐやめるつもりだし。
ミチエはモップで
「
「あ、はい」
ああ、もう時間ないよ。
ミチエは急いで床をみがいた。すると近くにいたおばあさんに声をかけられた。
「いつも掃除してくれてありがとね」
「え、あ、はい?」
ミチエはどうしていいかわからず、おどおどした。
人からまともに感謝されたのはいつぶりかな。
多目的ホールで、おじいさんやおばあさんが、
「きーらーきーらーぼーしーよー」
ミチエは部屋の隅でぼんやり様子をながめた。
みんなしわくちゃ。髪は白いか、そもそもない。おばあさんなのかおじいさんなのかわからない人もいる。ブスどころの話ではない。
あんな顔でみんなよく平気だな。
けれど、みんな
ピアノを弾く
「
「え?あ、はい。ちょっとなら」
大学時代、オケ部でチェロを弾いていたヨシナガに、少しだけ教えてもらったことがあった。
「古いチェロがあるんだけど弾いてみない?」
「え?あ、えっと」
「わあ。ミチエちゃんのチェロ聞きたい」
おじいさんやおばあさんがはしゃいだ。
「えっと、はい、じゃあ弾きます」
ミチエはいそいそとチェロを準備し、ピアノの横で構えた。
「じゃあ弾くね」
うわ、下手なチェロだな。
ミチエは自分でそう思った。
だが、みんな手を叩いて喜んだ。
「ミチエちゃんうまいうまい」
ミチエは照れてうつむいた。
台所で、
ミチエは皿を洗ったりシンクをふいたりしていた。
「ミチエちゃん、手が早いねえ」
「え?ああ、昔バイトでやってたんで」
「ねえ、悪いんだけど作るの手伝ってくれない?今日はデイサービスの日で人が多いの」
「え、でも私料理が苦手で……」
「簡単なスープ作るだけでだから。ね。お願いできないかな」
リビングの大きなテーブルに、おじいさんやおばあさんが座り、ミチエや
食事の中に、ミチエの作ったたまごスープがあった。
「わあ、おいしそう」
おじいさんやおばあさんがそう言うが、ミチエは心臓がどきどきして痛くなった。
どうしよう。絶対まずいに決まってる。
「佐藤さーん、スープを口に運びますけど大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫」
ミチエは
「おいしい」
おばあさんは無邪気に笑った。
ミチエは動きを止めた。
「今日のたまごスープおいしいね」
他のおじいさんやおばあさんも笑顔で口々に言ったので、ミチエは涙をほろりとこぼした。
「ミチエちゃんどうしたの?」
「すいません。何でもないです」
ミチエは目をこするが、涙が後から後からこぼれた。
休憩室に心配そうな
「大丈夫?みんな心配してたよ」
「すみません。すみません」
「
「そうよ。食べたら元気が出るよ。たまごスープ持ってきたから」
「でも
「いいって。あまりものだし。食べな食べな」
ミチエは
みんな美人なわけじゃない。それに若くもない。はっきり言えばただのおばちゃんだ。
でもほっとするほど優しい顔をしている。
ミチエはこの人たちの顔が好きだと思った。
ミチエはたまごスープをひと口すすった。
「おいしい」
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