第18話 限界

 ミチエは別の日、顔に糸を入れる手術しゅじゅつをした。

 

 さらに別の日、全身ぜんしん皮膚ひふにレーザーを当て、脂肪しぼう溶解ようかい注射ちゅうしゃをする手術しゅじゅつをした。

 

 さらにまた別の日には、首に注射ちゅうしゃをして、胸にシリコンを入れる手術しゅじゅつをした。

 

 アパートの立ち鏡は、こんにゃくをむさぼるミチエを映していた。

 手術しゅじゅつした胸以外は、がりがりの骨と皮だけの体になっていた。小さな顔に、ギョロリとした目がついている。

「うう、痛い。痛い」

 手術しゅじゅつしたあとはかお中、体中が痛かった。

 痛みをまぎらわせるため、ミチエはスマホを見た。SNSには、かわいい子の写真があふれかえっていた。

 ミチエはスマホの画面と鏡を見比みくらべた。

 ネットサーフィンをしていると、横一列よこいちれつに並んだ芸能人の写真をあげ、顔やスタイルを比較している掲示板けいじばんを見つけた。

『〇〇は珍獣!××と並ぶと公開こうかい処刑しょけい!』

「……もっとやせなきゃ。もっと整形せいけいしなきゃ。ちゃんとした人間にならなきゃ」

 ミチエは鏡を見た。

 ミチエには、鏡にブサイクの太った女が映っているように思えた。

『ブス!デブス!』

 中学のころ言われた言葉がふと頭をよぎった。

 自分は正真しょうしん正銘しょうめいブスでデブだ。

 だけどがんばってもがんばってもどんどんブスになる。どんどんデブになる。

「あとどれだけがんばればいいの」

 ミチエは涙を流した。

 

 美容びようクリニックのカウンセリングルーム。

 ガリガリのミチエの前に、医者が座っていた。

「その手術しゅじゅつ当院とういんでは手術しゅじゅつできません」

「どうしてですか?」

「どうしても何も、できる者がいません」

「そんな。まだ私こんな顔じゃ外も出られません。せめて脂肪しぼう溶解ようかい注射ちゅうしゃをしてください」

脂肪しぼう溶解ようかいももうできません。脂肪しぼうがないですから。それよりお節介せっかいだとは思いますが水橋みずはしさんにご紹介しょうかいしたい病院があります。この紹介状しょうかいじょうを持って、その病院へ行ってください。私の知人の医師です」

 医者に渡された紙を、ミチエは骨張ほねばった手で受け取った。

精神科せいしんか?先生、私うつ病とかじゃありません。ブス顔を『なおし』たいんです」

「いいえ。あなたが『なおす』べきは、傷つきゆがんでしまった心の方です。美容びよう外科げかが言うことではないですが、もう私は水橋みずはしさんを見ていられません」

 

 アパートに戻り、ミチエは医者からもらった紹介状しょうかいじょうを丸めてゴミ箱に放りこんだ。

 それから立ち鏡に布をかけ、おおいをした。

「あの先生は何にもわかってない。ブスすぎて鏡も見られなくなったのに」

 次いでミチエはスマホを手にし、美容びようクリニックを検索けんさくした。

 ある医院いいんを見つけ、ミチエはすぐに電話をかけた。

「あ、すみません。ひたい手術しゅじゅつをしたいんですけど。できればすぐに。別の医院いいんで断られちゃって」

「はい、ひたい施術せじゅつ数週間すうしゅうかん安静あんせいが必要ですが、大丈夫ですか?」

「あ、加尾良かおよしからでも大丈夫ですか?」

「ええ?加尾良かおよし?うーん、宿泊しゅくはく施設しせつ別途べっと予約していただいた方がいいかもしれません。ドクターに確認してみます」

 

 空港くうこうに着いたミチエが、小さなスーツケースをガラガラ引きずり、搭乗口とうじょうぐちに向かった。

 道ゆく人たちがギョッとしてミチエを見た。

 ミチエは周りの視線が怖かった。いそいで来たのでマスクやサングラスをつけるのは忘れていた。

 ミチエは背を丸め、髪で顔をおおうように歩いた。

『何あの人。すごいブス』

『太りすぎじゃない?』

 みんながそう言っているような気がした。

『ブス!』

『デブス!』

 昔聞いた声と似た、男の子の言葉も聞こえた気がした。

 ミチエは悲しくて悔しくて、胸が不安でいっぱいになった。頭がぼんやりして足もうまく動かない。

 だめだ。飛行機に乗らなきゃ。

 人生を変えるんだ。

 ちゃんと人間になって誰かに愛されるようになるんだ。

 乗らなきゃ。行かなきゃ。

 ミチエはめまいがした。足取りがふらふらし、急に視界が灰色になった。

 ドサリと、ミチエはその場に倒れこんだ。

 遠くで救急車の音がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る