最終話 おねショタの10年後



—翔太side—


懐かしの公園のベンチに見えた人影は、初恋のあのひとに似ていて、幻覚かと思ったが、よく見たらゆかりさんだった。

地元まで知ってるはずはないので、いっそう幻覚かと思った。


「ゆかりさん・・・」


今走って行って声をかければ、ゆかりさんともう一度話せる。もう背伸びしたりカッコつけたりせずに、ちゃんとゆかりさんを見て、思いをもう一度伝えたい。「恋にならなかった恋」にしたくない。でも勇気が出ない。

このまま真紀と一緒に帰れば、もしかしたら真紀とうまくいったりして、それはそれで幸せだぞ、と臆病な心の声がする。でも、ゆかりさんから離れたくない。


立ち尽くしていた僕の背中にドンと衝撃が走り、つんのめって一歩前に出る。


背中を叩いた真紀の、世話が焼ける、とつぶやく声が今にも泣きそうだった。


こんな覚悟を無下にはできない。そう思ったら走り出していた。




—ゆかりside—


同窓会と香奈の告白から一夜明け、私が実家のベッドで目を覚ますと夕方だった。昨日は、香奈に告白されたこと、香奈経由で翔太くんが10年前から私を好きでいてくれたことを知ったところまでしか覚えていない。


水を飲もうとリビングに行くと、香奈と両親が仲良さげに話していた。


「お邪魔してまーす。」

「え?香奈何してんの?」

「あんた、昨日のこと覚えてないの?香奈ちゃんに感謝しなさいよ。」

「途中まではちゃんと覚えてるよ。」

「翔太くんと付き合いたいよー、仲直りしたいよー、とか喚きながら帰って来たじゃない。お父さんびっくりしたぞ」

「え?マジで?」

「それで、香奈ちゃんと2人して玄関で寝ちゃったのよ。で、香奈ちゃんが先に起きたから今お話ししてたとこ」

「そっか、香奈ありがとね。っていうかお話って・・・」

「うん。翔太くんのこと、全部聞いたわよ」

「お父さんも一度会っておきたい。中途半端な男だったら許さんからな。」


なんだこの人たち。勝手に話を進めすぎだ。


「ちょっと一回落ち着きたいから外出るわ」

「気をつけるのよ〜。」


慌てて実家を飛び出した私は、翔太くんと初めて会った公園に来た。

明日、アパートに帰ったら、すぐにでも翔太くんともう一度話がしたい。どうしたらいいかわからなくてぐちゃぐちゃになっても、きちんと気持ちを伝えたい。

ベンチに座りながら、翔太くんへの言葉を探していた。


するとそこに翔太くんが現れた。

突然のことに驚く私に、翔太くんは10年前のことを話し始めた。




—翔太side—



「ゆかりさん。」

ベンチに座るゆかりさんに声をかける。


「翔太くん。」

「こんなところで会えるなんて奇遇ですね。」

「そうね。びっくりした。」


「まさか地元の、思い出の場所にゆかりさんがいるとは思わないですから。」


「いや、その、」


「小学生の頃、僕、親が喧嘩してて家に居場所なくて、ここに夜まで1人で座ってたんです。友達みんな帰った後もゲームして。で、そんな僕に高校生くらいの女の人が構ってくれて。ちょっと派手な見た目だけどすごく優しいひとで。」


「仲良くなって、お互いの学校の話とかして。あのひとも無理してギャルしててしんどいみたいな話もしてくれたりして。今思えば、ただの息抜きだったのな、とか思うんですけど。好きになっちゃって。そのひとの同級生に相談したりして。

「でもその恋は、結局言えずに終わるんです。勇気がないまま時間が過ぎて、そのうちにそのひとは大学に行って地元から出て行ってしまったので。」


「そっか」


「それから恋らしい恋はしてなくて。でもゆかりさんに会って、同じ時間を過ごして、お互いに弱いところも見せて。あの頃以上に楽しくて、心が躍って。会えないとつらくて。」


ゆかりさんは真っ直ぐ僕の目を見ている。


「それで、初めて告白したのがゆかりさんで。どうしたらいいのかわかんなくて、無駄に背伸びするばかりで、ゆかりさんのこと何も見えてなかったんです。」


僕も真っ直ぐにゆかりさんを見る。


「だから、改めてもう一度言わせてください。好きです。」


「うん、知ってたよ。」

「すみません。もうフラれてるはずなのに。返事は別に大丈夫なので・・・」


「私も、翔太くんのことが好きです。」


まさかのOKに舞い上がろうとしたその時、


「10年前からずっと」


驚きの言葉が飛び出した。


「え??」


「え?って何よ。翔太くんもさっき私のこと散々言ってくれたじゃない。私すごい嬉しかったんだよ今。」


「あ、じゃあ、あのひとが、ゆかりさん?」

「そうよ。」

「え?だってメイクとかも違うし、全然気づきませんでした。ゆかりさん知ってたんですか?」

「いや、私も気づかなくて。こんな大きくなってカッコ良くなって、ねえ。昨日友達に聞いてやっとわかったんだから。」

「もしかしてその友達って、」

「香奈。だから翔太くんが香奈に昔相談してたこととかも聞いたよ。」


自分でもわかるほどに顔が赤くなる。


「私もあの頃、学校では無理して高校デビューしてたし、家ではギャルやめろって言われててもやめられないし、居場所なかったの。だから、同じ目をしてる翔太くんにあって、守りたいって思ったの。」

「でもね、あれから今までずっと、多分私の方が翔太くんに守られてる。メイク姿より、そのままの姿より、心のほうが綺麗だって、翔太くんが言ってくれた時からずっと。」

「え?僕そんなこと言ったんですか?」

「覚えてないの!?あの瞬間が私の初恋なのに!」

「恥ずかしいなー。」

「でもなんか嬉しそうだよ」

「そりゃそうですよ。初恋の人と一緒になれたんですから。」

「10年経って、お互いがゼロからもう一度恋に落ちるなんて、なんかロマンティックだよね。」

「まあ、ただ単に世間が狭いとも言えますけど」

「確かに」


一番落ち着く、いつもの会話に戻れた気がして、なんだかとても心が安らいでいた。その時だった。


「おめでとー!!」

「翔太がんばったねー!偉い偉い!!」

「ゆかりよかったねー!」


真紀と香奈さんが茂みから現れた。


「え?帰ったんじゃないの?なんで香奈さんまでいるの?」


「初恋の終わりを見届けたいじゃない。」

「だったらなんで香奈さんまで呼ぶんだよ。」

「私だってちゃんと見てから諦めたいのよ。」

「え?ってことは?」


もしかして、香奈さんも僕のことが?


「いや、私が好きだったのはゆかりよ。勘違いしないで。」

「あ、そうなんですか?どうりで詳しかったわけだ」

「やっと言えてスッキリした。10年前はこんなこと誰にも言えなかったもん」


その後、なぜか僕とゆかりさんの両親が登場し、ゆかりさんのお父さん提案でみんなで一緒にご飯会をする運びになった。

ゆかりさんの家で、僕がゆかりさんと料理を作り、香奈さんと真紀が一緒にケーキを作り、ささやかなパーティーをした。

真紀と香奈さんが少し仲良さげだったが、詳しいことは聞かないでおいた。


両家顔合わせだとかケーキ入刀だとか揶揄われて恥ずかしかったが、うちの両親が一緒に笑っているのを見るのは久しぶりで、まあ許せる気がした。




翌日、僕たちは一緒に301号室に帰った。

帰って扉を開けると、そこには相変わらずリモコンやコップなどの小物が散らばっていて、それも含めて愛おしかった。

「片付けようとはしていたみたいですね。えらいです。」

「えっへん!」

「そんな誇るほどのことじゃないですけど」

「やっぱり?」


2人で片付けて、一緒に夕飯を食べる。


「今日はありがとう。よかったら泊まってく?」

「え?」

「だって、私たち付き合ってるんでしょ。」

言いながら顔を赤らめる、可愛いゆかりさんに振り回される生活は、まだまだ始まったばかりみたいだ。




どうか、こんな幸せが、10年後も、その先も続いていきますように。



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おねショタの10年後〜お隣さんは初恋の人?〜 端野暮 @Schreiben_und_Lesen

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