第12話 大切な人


雨の夜に、僕とゆかりさんは相合傘で家路を歩いていた。


「今日はひとりじゃなくてよかった。」


僕は鈍感系主人公ではないのでゆかりさんのその小さな呟きを聞き逃させなかった。


「一人だと夜道はやっぱり怖いですか?」


「うーん。普段は大丈夫なんだけど、なんか最近つけられている気がするというか。」


「大丈夫なんですか?」


「いや、多分気のせいなんだけどね」


誤魔化そうとしたゆかりさんの笑顔が、無理をしているように見えたが、僕は何も言えなかった。



「そうだ、コンビニ寄っていい?ちょっと支払いしないといけないから」


「はい。じゃあ僕も何か適当に買い物しますね」


そうしてコンビニに入り、僕は適当な冷凍食品とお菓子と冷凍うどんと牛すじ煮込みレトルをカゴに入れた。

会計を済ませて外に出ると、ゆかりさんはまだコンビニにいた。軒下で何を見るともなしにスマホを開いて時間を潰す。


しばらくしてコンビニを出て来たゆかりさんに声をかけようとした時に、別の男性がゆかりさんに声をかけた。

「おう、久しぶりだな。ゆかり。」

「え?伸吾?」


まあ、こういうこともあるか。

別にゆかりさんと僕はただの他人で、お互いに知らない人間関係がある。

分かりきったことなのに、少し心がざわついた。


「あれから全然連絡くれないし、俺から連絡しても無視だもんな。別れ話の時はあんな縋り付いてたくせにな。」

「今さら何?そっちから別れようって言ったんじゃん。」

「いや、それはそうだけどさ、俺たち別に悪い関係じゃなかったじゃん。だからもう一回やりなおせないかな」

「え、いや・・・」

「ほら、ゆかりの家ここから近いじゃん。もう遅いし送ってくよ」



ゆかりさんが嫌がっている。

こういう時、ラブコメの主人公なら「俺の彼女に——」的な感じでカッコよくピンチを救えるのだけど、そんな勇気はない僕には、


「ゆかりさん、帰りましょう。」


ゆかりさんの手を取ってこう言うのが精一杯だった。



「え?誰お前?」

「店先でゴタゴタするのもよくないんでやめませんか。」

「んー、どうした?冴えない通行人のくせにヒーロー気取っちゃったんですかー?イタイなお前。でビビって何も言えなくなってやんの」


僕が何も言えずにいると、隣でゆかりさんが肩を震わせながら言葉を発した。


「ちょっと。あんたは翔太の何を知ってんのよ。」


「は?ゆかり、こいつのこと知ってんのかよ。」


「この人は、私の大切な人。あんたなんかよりずっと優しくて、一緒にいたいと思える人。私翔太と帰るから、ついてこないで。」


ゆかりさんの言葉が嬉しかった。それがたとえここから逃げるためのかりそめの言葉だとしても。


男が拳を握るのを見て、せめてもの牽制を言う。

「ここで暴力はまずいですよね。防犯カメラもありますから。」

「・・・チッ。じゃあな。また連絡するわ。」


しばしの沈黙の中、男が交差点の向こうへ消えていくのを見届けてから、僕たちは歩き出した。


「なんか、勝手にお話に入っちゃってすみませんでした。大丈夫でしたか?」

「いやいや、本当に助かったよ。怖かったー。」

「そうですね。前にもこういうことあったんですか?」

「いや、今日が初めて。でもなんかつけられてる感じはしてたから、多分あいつ。」


このまま放っておいて事態が好転するとは思えないが、せめてゆかりさんを一人にしないようにしたい。


「もしよかったら、これからも時間が合う時は一緒に帰りませんか?」

「え、わざわざ申し訳ないよ。」

「いや、僕もよくあそこの駅使うので。それに、“大切な人”ですから。ひとりにはしたくないです。」


冗談で言うには少し照れる言葉を口にして、二人して頬を赤らめた。


少し間が空いてゆかりさんが言った。

「じゃあよろしくお願いします。これからは帰る時に連絡するね。」

「はい。よろしくお願いします。」

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