第25話 保険のパーティ



「それで、ここはいったい何階層なんでしょうか」


「29階だな」


「最下層の直前ですね」


「30階にはボスしかいないんだ。今、俺はボスを倒してフィールドワープの魔法書を出したいと思っている。だからボスが復活するまでの待ち時間は、ここでレベル上げをしているってわけだな」


「そのフィールドワープというのは必要なのですか」


「もちろん。エルハインのダンジョンに行かなかったら5次職のレベル上げができないからな。ここだと、どうしても格下狩りになる」


 四次職の忍者はジョブレベルが10まであるから、そうそう簡単には転職できないので、転職までにレベルが上がりすぎてしまう。

 五次職も同じだからカンストは遠く、ゲームの時もエルハインのダンジョンが解放されるまでは、ここで他のジョブやパーティーメンバーを育てたりするのが普通だった。


「凄いとかどうとかいう次元ではありませんね。もはや狂気そのものです。言ってたことに嘘が一つもないとは思いませんでした。あっ、今のでアークウィザードと召喚士が解放されました」


「じゃあ、この宝珠をやるから魔導士がレベル5になったらシールドのスキルを開放するんだ。あとで司祭に転職してリフレクも開放しておけよ。あとはアークウィザードに転職してアビリティを順次開放でいい。召喚も便利だから、あとで強いのと契約しに行こう」


「ずっと姉と比べられて、親にも落ちこぼれだと言われ続けてきましたが、そんなことを気にして落ち込んでいた自分がちっぽけに思えます」


「生徒会は、外部のOB連中を雇ってレベル上げしてるんだろ。そんな奴らに追いつけるわけがない。あんまりつまらないことで落ち込むなよ」


「はい。パーティーも組まずに、こんな場所でレベル上げしてる人は言う事が違います」


 相手にしているのは一つ目巨人のサイクロプスだ。

 魔法を使ってくるので、ポーションで回復しながらの狩りである。

 赤字狩りになってしまうが、もはやこの階層でないと経験値効率が最大にならないのだからしょうがない。


 もし湧きが多くなってきたら走って逃げるしかない。

 ダンジョンワープは発動まで3分くらいかかるので、そうなったらミーコを背負いながら走って逃げる。


 今は俺のレベルが29、メインジョブの忍者がレベル5、サブジョブの将軍がレベル2だ。

 4次職が二つ付いているとステータス加算値は数値の大きい方が適用されるため、非常に万能感が出る。

 できればミーコには回復職も上げてもらって、付与魔法も使えるようになってほしい。


 というか、ここでレベル上げするなら預言者くらいは一か月くらいで取れるから、そっちを取らせるという手もあるが、別にロキ戦に連れて行くわけではないから、そこまでする必要もないか。

 なにせここはデバフ付きでレベル上げをしにくるような場所ではない。

 ロキ戦は回避か自己回復か自己修復ができるメンツでやりたいところだ。


「あっ、あのっ、そんなに気やすく耳に触れないでもらえますか」


 ボス部屋で休みながら、ミーコのビルドを考えていたらいつの間にかピンク色のネコミミに手が伸びていた。

 尻尾も毛並みのいいのが生えている。


「なんでだよ。駄目なのか」


「だ、駄目に決まってます!」


 それを自由にできるのが獣人族の彼女を持つ特権だと思うのに、なぜか禁忌の如くに怒られた。

 キスしても体を触っても怒らないのに、耳だけは触ってはいけないらしい。




 次の日に教室に行ったら、俺の服に着いていたピンク色の猫の毛をアンナプルナに見つかった。

 ふーん、という顔をしているので、怒ったりはしていないようだ。


「お盛んだね」


「ま、まあな」


 教室の中は相変わらず賑やかで、まだパーティーのことでどうすべきか話し合っている。

 今日から前期の期末考査まで授業はないそうで、自由に迷宮に入れという事になる。

 前期のうちにレベル14まで上げておかないと、年度末までにレベル15は絶望的になるそうだ。


 ゲームと同じで、全学年が同じようにダンジョンに行くようになったことで、パーティーはクラス内でのみに限らず、学園の誰とでも組めるようだった。

 レベルに余裕があるものは部活に励んでジョブレベルを上げたり、レベルが足りないものは少しでもダンジョンに籠もろうとしている。


 無茶なレベル上げをして死人が出なければいいが、逆に10階層まででレベルを上げるとなると、かなり根気のいる作業になる。

 俺は周辺クエストでもして装備の回収でもしようかと思っていたのに、やる気に満ちたサクヤに引っ張られるようにして、いつものメンバーで14階に連れて行かれた。

 俺くらいレベルが離れていると、もはや入ってくる経験値はゼロだ。


「トウヤは男として好ましい貫禄が出てきたな。なにかあったのか」


「最近になって、やたらとモテるんだよな。やっと周りが俺の価値に気付いたらしいよ」


 俺とサクヤの目の前にメテオがズドンと落とされた。

 というか俺をめがけて落とされた。

 顔色を変えなかったのはカリナくらいで、俺とサクヤは腰をぬかすほど驚いた。

 相手にしていたオークファイターは跡形もない。


「すごい魔法だが、それは敵が多いときに使ってくれないか。それに、いきなりでは驚いてしまう」


「手が滑っただけだよ。気にしないで続けて」


「まあ、トウヤほどの武人なら引く手あまただろう。それだけの腕があれば愛人が何人いても困らないのだろうからな。あのワイバーンに飛びついて、聖女を救い出してきたという話も広まっている。トウヤの前に女性が列を作る日も近いだろうな」


「広まってるのは、無謀にもワイバーンに飛び乗って、聖女のおかげでなんとか生還できたって話だけどな」


「トウヤに実力があることを知らしめれば、そんな噂も消えるだろう。みんなは聖女が凄いものだと勘違いしているのだ。私の手を握って、一人では立っていることもできなくなった姿などは知らないからな。それを踏まえれば、守ると宣言して見事に成し遂げたトウヤの方が凄いのは疑いようもない。その実力は折り紙付きだ」


 そこまで言って失言に気が付いたのか、誤魔化すように付け加えた。


「コホン、もちろん今がということではなく、将来性があるという意味の話ではあるが」


 俺の秘密も周知の事実となりそうな勢いだが、とりあえずはまだ明かせない。

 こういう秘密の漏れやすそうなヤツにまで知られてしまったのは俺のミスだが、道化として不名誉な噂の方が広まっているのは悪くなかった。


 学園側に今のレベルがバレると、学園長が出てきたりするからな。

 そうなってしまえば、育てたパーティーがあるわけでもない俺にとっては取り返しのつかない事態になる。

 だから、なんとしてもそれだけは避ける。


 それに、まだまだ乗り越えなければならないイベントは多い。

 もっとも、5次職を開放してしまえばこっちのものだ。

 そうなったときは大っぴらにお披露目会でも開催してやろう。

 もはや三次職なんて何人送られたとしても認識すらさせずに倒せるし、剣を使った範囲攻撃ひとつでタンク職すら蒸発する。


「みんなもレベルには余裕があるんだろ。まさか朝から晩までダンジョンに籠もる気なのか」


「余裕があるのは我々とセリオスのところくらいだ。出来ればみんなの手伝いをしたいところだな」


「知らない人たちと組むのは怖いわ。何が起こるかわからないもの」


 カリナは、タンク職には後衛を守る責任があると感じているのであろう。

 本来は、後衛がやられるのは後衛自身の判断ミスだが、タンクが理不尽に責められることもないではない。

 解放されたアビリティも揃って来て、カリナは本当に安定するようになった。


 騎士がジョブレベル4で解放できるようになるアビリティがあれば、そう簡単にヘイトが剥がれるという事故はなくなるのだが、この階層であっても獲得までは遠い。

 カリナでも今のペースだと解放できるようになるのは、レベルが25になるあたりだ。

 とてもではないが遠すぎるし、早めるには20階より下でのレベル上げが必要になる。


「ところでアンナプルナは、どうやってそんな大層な魔法を手に入れたのだ。それに信じられないほど高そうな装備を身につけているな」


「きっと男に貢がせたのよ」


「なるほど、男か」


「違うよ。これはトウヤと一緒にサソリのボスを倒して手に入れたんだよ」


「やっぱり男じゃないの」


「なるほど、最近は妙に仲がいいと思ったら、トウヤに貢がせていたのか。聖女様もすみにはおけない」


 またメテオがズドンと俺たちの中心に落ちてくる。


「そんなんじゃないって言ってるよね!?」


「子供なのね。なにを恥ずかしがっているのよ」


「そうだ。好ましいことなのだから隠さなくていいではないか。それとも、まさかもうお手付きにされてしまったのか」


「そんなわけないでしょ!」


「怒るところが怪しいわ」


「うむ。その可能性は十分にあるようだ。トウヤもなかなかやる」


「へっ」


 と笑うと、アンナプルナは拗ねてしまった。

 どちらかというと男を引き回す女王様のイメージだったのに、もうそんな印象はどこかへと行ってしまった。

 こんな風に周りにいじられている姿は、普通の女の子だ。


 メテオがあるなら移動速度上昇を装備して敵を引きまわし、集まったところをまとめて倒す方法もあるが、とてもそんなことをすすめてみる気にはならない。

 このパーティーをもうちょっと安定させるにはカリナの装備が重要になってくる。

 俺が買い与えてもいいが、俺が溜め込んでるアイテムを購買部なんかに売ったりしたら大騒ぎになるのはわかりきっていた。


 街に出ても、王都なんかで売れば足がついてもおかしくない。

 なら俺が出すしかない。

 ここなら三人でも回れるだろう。


「ちょっとボスの見回りに行ってくるわ。ここで続けててくれ」


 俺は返事も待たずにその場を後にした。

 普通ならタンクとヒーラーと火力がいなければ、迷宮内を歩くことなどできない。

 しかし隠密寄りのローグ系だけは別である。

 さっさと離れてダンジョンワープを開き、俺は23階に飛んだ。


 そこでゾンビロードを倒して、次は18階に行って、キングトロールを倒す。

 そうそう簡単にレアアイテムは落ちないが、これを繰り返していけば騎士用の装備は集められる。

 ドロップまでは把握してないが、だいたいHPが多そうなボスを倒していれば騎士用の装備が出るはずだ。


 騎士の特性はとにかく物理的に打たれ強いところにある。

 剣士系の職業を育てれば物理回避スキルが手に入り、盗賊系は魔法回避スキルが手に入る。

 両方装備できるようになってからは、この二つを育てるのが回避系のアタッカーだ。


 騎士系は魔法ダメージ軽減系を持っている僧侶系と一緒に育てると強く、僧侶系は魔法使い系統の召喚と相性がいい。

 そして魔法使いは移動速度の速い盗賊系と同時に育てるというのが鉄板だった。


 逆にゲームではないがゆえに、騎士系でHPを上げた狂戦士系のような、ボスに向かないビルドはハズレだろう。

 ヘイトが取りにくく、ヒーラーの負担が大きすぎて、PvPならいいがモンスターを倒すのには向いていない。


 ほかにも相性のいい悪いの組み合わせはあるが、完成のためには預言者のサブジョブが必須となっている。

 カリナを聖女の役に立つタンクにするとすれば、五次職のロードに回復魔法でも持たせれば、邪神ロキくらいは倒せるだろう。


 サブジョブが無ければ、最終的に完成したビルドにはならない。

 しかしそれはエンドコンテンツの対人に関してであり、ゲームクリアに関しては、その手前でも十分に可能となるはずだ。

 もちろん俺は、もうちょっと余裕のあるクリアを目指しているので、それよりも上を目指している。


 カリナがそこまで行けるかはわからないが、サクヤが剣聖か覇王にでもなれば、あとは魔法系かローグ系が一人いるだけで、アンナプルナのパーティーは完成してしまう。

 あれ、割といいんじゃないだろうか。


「おかえり、早かったね」


「本当に倒してきたの」


「ああ、目当てのものは出なかったよ」


「信じられないほどの豪胆さだな」


 もちろん初見のボスであったなら、どんな低レベルだとしても挑みたくはない。

 初見でなくとも、計画に見落としがあったらそれまでなのだから、俺だってかなりの冒険をしているのは確かだ。

 少し身体能力が上がりすぎて、万能感に酔いすぎているのかもしれない。


 ゲームの時は実家のように通いなれたダンジョンだったが、変な仕様の変更は今のところ見つかっていなかった。

 むしろそんなものがあったら命がないのだから当然だ。

 それにしても中層くらいでは退屈すぎてやる気が出ない。


 高く売れるオーク肉が沢山出るから、三人の懐は潤っているらしいが、中級の装備を揃えるだけで一か月以上もかかってしまう。


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