第24話 生徒会
「それでスパイの目星はついてんのか。学園長室を張り込むなんて無理だぜ。あそこには高レベルの用心棒が張り付いてんだ。ハイドなんか簡単に見破られるよ」
「トウヤは信じられないほどいろいろ知っていますね。普通は知らない情報ですよ。ところがですね、そうでもないのです。学園長は二次職どまりですし、あまり詳しくはないのか、私が調べたところでは、ローグ系の用心棒を置いていません」
「ユニークジョブ持ちだったり、お前の知らない四次職だったり、学園長なら何でも揃えられるだろ」
「私の情報網を馬鹿にしないでください。トウヤは裏新聞部と言うのを知っていますか」
「あのゴシップみたいな紙きれを売ってる連中だろ。知ってるよ」
「そうです。彼らはカラオケを利用したカップルの情報から、購買部の売買情報まで、すべての情報が手に入るのですよ。生徒会にコネがあれば、そのくらいは朝飯前なんです」
しかし、それは生徒会にいいように使われるコマになることで得られている情報だろう。
つまりミーコですら、うまいこと利用されているコマの一人に過ぎないってことだ。
「あのゴシップに書かれてることは事実なのかよ」
「そうです。間違いありません。あそこはカラオケの利用履歴から記事を書いています。利用すればすぐにばれてしまいますよ。ですが裏技があります。生徒会長の名前を出せば匿名で利用できるのです。生徒会に恩を売っておいて損はないはずです。むしろ、そうしなければ、来月はトウヤが聖女とのゴシップを報じられるかもしれませんね」
「どうして俺が聖女とそんな関係だと思うんだ」
「私への興味が薄いようだからです。簡単な推理ですよ」
「だけど、ただのスパイだろ。そんな奴を見つけ出したら殺すのと変わらないじゃないか。その程度の奴が、俺のせいで死ぬのは嫌だね。学園長も生徒会も同じ穴のムジナだ」
「そんな台詞を人に聞かれたらヤバイですよ。気を付けてください」
「俺はそんな小物じゃないね」
「そうかもしれません。ですが今疑われているのは私の姉なんです」
俺はしばらく考え込んだ。
生徒会と事を構えるには、まだちょっと早いような気もする。
しかし今は忍者と将軍のスキルセットもあるし、なんとかできないこともない。
それにアレも手に入るし、やってみる価値はある。
「じゃあ、連れて行けよ。お前の知らない生徒会の闇を見せてやるよ」
「そんなに大げさなものじゃないですよ」
午後の授業を無断でバックレるのはまずいので、一応カリナに伝えておいた。
「ほう、では我々の問題をかわりに解決してくれると、そういうわけですか」
生徒会室には、中央の大きな机に生徒会長のヨハンが座っていた。
両脇にはカイエルとカイサが控えている。
もったいぶった感じでヨハンは言葉を続けた。
「私はね、貴方の調査能力には一目置いているんですよ。ただ、身内の潔白を証明するために、ニセの証拠を集めてくる役者を雇ったりしないとも限らない」
「そんなことしません! 本当に能力のある人を連れてきたんです!」
「ほう、その一年が我々よりも調査能力があると、そう言いたいわけですね」
「は、はい……」
「もういい、うだうだ難癖付けてないでさっさと決めろ。俺に任せるのか。それともやめるかだ」
「なるほど。ただの役者ではないようだ」
「会長、こちらを」
カイサが書類をヨハンに手渡した。
いったい何が書かれているというのだろうか。
まさか全校生徒の詳細な情報を集めているとかないよな、という俺の悪い予感は当たったようだった。
「ふん、三年A組の生徒に勝ったとあるな。これは本当なのか」
「ええ、俺らも見ています。たしかに倒して出て来ましたよ」
カイエルの言葉に、ヨハンは表情一つ変えない。
「どうせ後ろから襲い掛かったのだろう。それにしても、あの渓谷に落ちて無事だったというのが信じがたい。それにワイバーンと、それに騎乗していた何かを倒しているというのも面白いな」
「その報告を出したのは私です。ですがワイバーンの上には、特に何かが乗っていたとは確認できませんでしたが……」
ヨハンは静かにカイサの言葉を否定した。
「ワイバーンには自分の判断で、戦略的に重要な聖女を連れ去るというような知性はない。遠くから操るのも、報告通りの場所なら視界を得ることが不可能だろう。ならば上になにかが乗っていたという事になる。しかも、最初に道化を選んだとあるな。なにか色々と知っていそうだ」
ゲームの事前情報通りの人物だった。
このヨハンは貴族以外を人間とも思っていない。
だから、この場で唯一貴族出身ではない俺にだけは、まだ一切話しかけてきていない。
しかし書類を見て考えが変わったのか、そこで初めてヨハンは俺に向かって口を開いた。
「お前は、この生徒会と私に仕える気はあるかね」
ここで仕えるを選ぶと、一方的にこき使われる駒になって、なんの見返りも得られずに危険な任務ばかりを与えられることになる。
対等な関係を築くなら、ここの選択肢はNOを選ばなければならない。
「まったくないね」
俺の返答に、ヨハンは面白いオモチャを見つけたような顔をした。
「ほう、自惚れが強いようだな。そこまで愚かだと使い道も限られるがね。生徒会と私にそんな態度をとって、この学園に居場所があるとでも思っているのか」
雰囲気がおかしくなってきたことに気が付いたのか、ミーコはやっぱり帰りましょうとか言いながらオロオロしている。
この部屋に一般の生徒を連れてきて、この男がタダで返すわけがない。
俺が負ければ情報を吐き出させられて、スラムの路地裏にでも捨てられるだけだ。
「そりゃそうだろ。お前なんか敵に回したって始末するのはわけないぜ」
「では試してみるといいだろう。ついて来たまえ」
生徒会室のドアを一つ開けると、その向こうは闘技場のような空間になっていた。
ヨハンはドアをくぐって、さっさと中に入ってしまう。
当然ながらこれは罠なのだが、このイベントでは入る以外に選択肢はなかった。
「どうしたね。怖気づいたのか」
「いや、手の込んだ罠だなと思ってさ」
俺はヨハンに続いてドアをくぐった。
ここでは何パターンかの種類があるのだが、今日はカイエルとカイサのパターンだ。
ヨハンはアークメイジ、カイエルは召喚士、カイサは魔法剣士である。
アビリティは魔法回避に寄せて付け替えてある。
魔法回避に特化した忍者にとってはあたりのパターンと言えた。
「ほう、罠だとわかってて中に入るとは、ずいぶんと愚かしいな。どんなに強くとも数には勝てないのだぞ。権力とは数の力なのだ」
「知ってるよ。とっととかかって来い」
俺はインベントリから剣帯を出して腰に巻く。
ほかの装備がないのは向こうも同条件だから、4次職についてる俺の方に分がある。
「わかってないようだな。では、身を持って知るがいい!」
まずはハイドで消えて、様子を見る。
看破スキル持ちがいないから、この時点で勝ったようなものだ。
まずは厄介な魔法剣士のカイサを背後から狙った。
初撃を破弾かれ、よく反応できたなと感心するが、次の攻撃を防ぎきれずに俺の素早い追撃を食らって吹き飛んだ。
カイエルの召喚したダイアウルフが足に噛みついてくるが、それには相手せず、足にぶら下げたまま本体の方を狙う。
横からヨハンの魔法が飛んできて魔法回避が発動せずに食らってしまうが、大したダメージではない。
そこで攻撃を受けて怯んだ俺に、カイサが瞬歩から裏まわりの攻撃を当ててきた。
しかし、それは俺が攻撃を誘ったのに乗ってしまっただけだ。
身代わりの術が発動して、俺は遥か後ろに出現する。
俺を見失ったカイサに背後からワンコンが入った。
血が飛び散るが、気にせずにHPが1割を切るまで追撃を入れる。
そこでいったん距離をとって、ヨハンの魔法を掻いくぐりながら古代の最高級ポーションを使いHPを戻す。
このゲームにおける最高等級だけあって、使った瞬間に失った分をほとんど回復した。
犬を引きずりながら様子を見るが、特に奥の手があるようには見えない。
そうなれば移動速度のアビリティも防御手段も持っていない魔法職なんて、忍者から逃げられるわけがない。
カイエルをHP1割以下にしたら、ダイアウルフもキャインと鳴いて消えた。
あとはヨハンにコンボを入れて終わりだ。
しかしなぜか、最後の攻撃の当たった感触がおかしかった。
一瞬、殺してしまったのかと思ったが、俺が相手のHP残量を計り間違えるなんてありえない。
その時、ヨハンのネックレスが砕けて欠片が舞い散っているのを見た。
なるほど、身代わりのネックレスね。
わざとHPを減らしておいて発動させたらしい。
しかも呪い付きの高級品だったらしく、俺は体の重さに耐えきれず膝をついた。
「すごいな。ここに入れられて、ここまで私を追い詰めたのは、お前が初めてだぞ。だがお前は危険すぎる。ここで始末させてもらおう。私のコマにならない下級民など必要ない」
「勝った気になるのはまだ早いぜ」
そんなものの対策はとうに用意してある。
俺は解呪の御札を取り出して自分の体に張り付けた。
御札の文字が消えると俺の体は元通りの重さになる。
「そ、そんな馬鹿な」
「さて、俺の勝ちだな」
「まだだ」
しつこいよと思いながらも、ヨハンが何かの装置を発動させるのを見た。
とたんに毒が部屋中に充満する。
しばらくして霧が晴れてくると、ヨハンは立ち上がってカイエルたちに解毒剤を与えた。
「ふう、本当に厄介なやつだった」
「そりゃ、こっちの台詞だよ」
俺はエントの実を口に入れつつ、立ち上がりながら言った。
念のため最上級のポーションもつかってHPを満タンに戻す。
どこまでこのゲームはプレイヤーを殺しに来るのだ。
「さて、お前をどうしようかな。生かしておけば、何か俺の役にでも立つのか」
「殺しておけ。次はない。私には手駒が沢山いるのだ」
「お前の手駒はすべて力不足なんだよ。なにをしたって俺に勝てないのはもうわかっただろ。毒も呪いも人数も、全部無駄なんだ」
「たしかにそうだな。私の負けか」
このセリフを言わせたらミッションクリアである。
これでヨハンでもカイサでも、生徒会のメンバーを自分のパーティーに入れられるようになる。
「さて、君にはお詫びをしなければいけないな。何が欲しいかね」
最初と何一つ変わらぬ格好で、同じ机の前に座ったヨハンが表情一つ変えずに言った。
「そこに飾ってあるナイフと、ミーコの姉の解放だ」
「そんなものでいいなら持って行くがいい。我々生徒会はぜひとも君との友好な関係を維持したいと考えている。どんな要求も受け入れよう。つまり、我々は君にとって役に立つ存在となるわけだ。この生徒会の存在を守ることは、君にとっても利益になるというのは言うまでもないね。たとえば、このカイサを君に性奴隷として差し出してもかまわない。学園内に気になる女の子がいるというなら、君のものにしよう。そのくらいの権力が我々にはある。ぜひとも我々の存在を守る有益さに気が付いてくれることを祈るよ。それで、なにか他に要求はあるかね」
ヨハンに性奴隷として差し出すと言われても、カイサは表情一つ変えない。
俺はマジモンのサイコパスを前にして心胆を寒からしむる思いだったが、なにもないと答えた。
「しかし、要求がないとなるとこちらも不安になってしまうものだ。お互いの信頼関係を築くためにも、なにか要求を思いついたらいつでも言ってくれたまえ。力を得たのに使わないのは愚か者のすることだよ。まさか力を使うことを恐れているのかね」
「お前の変わり身の早さに驚いているんだよ」
「ダーウィンの言葉を知らないのか。生き残るのは最も強いものではない。最も賢いものでもない。変化したものだけが生き残るのだよ。カイサ君、今日のおやつはケーキにしようか」
なぜかヨハンはドヤ顔である。
ここまで徹底的に利己的で機械的な人間を俺は見たことがなかった。
「はい、会長。ご用意しておきますね」
「君達も食べていくかね」
「いや、いい」
俺たちは逃げるようにして生徒会室を出た。
ミーコは涙目でオロオロしていた。
「すみませんでした。会長があんな恐ろしい人だとは知らなかったんです」
「いろんな意味で怖すぎる。二度と近寄りたくないぞ」
「でも、それを知ってて来たトウヤも似たり寄ったりだと思いますよ」
「冗談はやめてくれ」
完全に有利が取れるようになるまでは近寄るつもりもなかったのに、誰のために行ったと思っているのだ。
三対一なんて、どれほど用意してもやり過ぎという事はない。
あの台詞が出てこなかったら、レベルがカンストするまでダンジョンに籠もりきりになる覚悟だった。
実力が知れてしまったら、もはや次のチャンスはないのがこのゲームだ。
それに見合った数の暗殺者を送られてお終いだった。
「あの、それでスパイの話は解決しなくてもいいんでしょうか」
「たぶんスパイなんていないんだよ。わざと偽の情報を学園長側に流してるんだ。そんな話は出なかっただろ。おそらく、お前の姉ちゃんはブラフのための生贄だぜ。もちろん本人も納得済みなんだろう。だって学園長側に情報を流したのは、本当にお前の姉ちゃんだろうからな」
「生徒会に入ってから様子がおかしかったのはそのせいだったんですね。はあ、お姉ちゃんが、あんな人に心酔してるなんて最悪ですよ」
ミーコが憂鬱そうな顔で言った。
身内のことになると、自慢の推理力も働かなくなるらしい。
生徒会からも学園長側からも邪魔な存在となってしまった彼女の立場は相当悪い。
つまり誰かが守ってやらないと、この学園を去らなきゃならない立場に追いやられる。
「ところで君は、今の僕が、ある種の力を手にしたことに気が付いているのかな。僕はキミの要求を解決した見返りに、その体を要求するよ」
「会長の真似ですか。笑えないですよ」
「本気で言ってるんだ。オレノンナニナレヨ」
ゲームではこういうタイミングで主人公がこのセリフを吐けば女をものにできていたが、俺の場合はどうなるんだろうか。
その台詞を口にするのはストレスが凄くて、ちょっと棒読みになってしまった。
俺がそう言ったらミーコは涙をこぼし始めた。
「泣くなよ。嫌なら断っていいんだぞ」
「いえ、やっと彼氏ができたことがうれしいんです。ちゃんと守ってくれなきゃ嫌ですよ。お願いしますからね」
「まかせとけ」
まさかの二人目ゲットである。
ゲームではこれでなんの問題もなかったが、アンナプルナからなにか言われるだろうか。
まあ、これってそういうゲームだから大丈夫だよなあ?
それにカルンウェナンという伝説級の短剣も手に入れた。
その後はイチャイチャするためにミーコをカラオケに連れ込んだが、さっそく会長の名前を出して匿名で利用する。
あの人の権力は絶大で、俺たちは特別室に通された。
「それで、私のレベルはどこまで上げて頂けるのでしょうか」
「え、レベルが必要なの?」
「まさか彼女を兵卒で卒業させるつもりなんですか」
涙目でそんなことを訴えられるというやり取りが途中であったが、俺は満足だった。
彼女を増やすというのも結構な労力がいるのかもしれない。
その日から、夜のダンジョンはミーコを連れて行くことになった。
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