第19話 サクヤイベント発生



 次のランダムパーティーではセリオスとも組むことになった。

 残りはクリスティーナとシモンである。

 クリスティーナは魔法使いの火魔法アビリティを装備した剣士で、シモンは言わずと知れた魔導士だ。


 二人とも装備アビリティの蘭は、HP上昇Ⅰ、MP上昇Ⅰ、魔力上昇Ⅰ、ダメージ減少Ⅰ、MP回復Ⅰとかで埋まっているだろう。

 二人ともハイブリッドで、シモンの方も僧侶のヒールオールのアビリティを装備していた。

 ハイブリッドと言ってもサブジョブを使ったものではなく、アビリティ欄に他職のアビリティを装備して、現在のジョブに特化していないというだけだ。


 上級生には二次職を二つ持ったハイブリッドタイプもいるらしいが、一年生にはいない。

 シモンは貴族家で幼少のころから家庭教師がついて、がっちり仕込まれている。

 しかし、三次職までの必要経験値が多すぎることから、二次職での完成形を目指したようなビルドだった。


 回復魔法は魔力依存なのでシモンの方は悪くない。

 クリスティーナのほうもタゲを取っても大丈夫な魔法使い+剣士の攻撃なので悪くなさそうだが、MPは剣士スキルに使った方がいい。

 剣士が魔法を使っても、MPが切れてしまって持続力がない。


 それなら三次職の魔法剣士を開放すべきである。

 もちろん10階層くらいまでの低階層で三次職を開放するとかいう、この学園で流行ってる縛りプレイでは到達不可能だろう。

 考えてみたら低階層で無双するなら悪くないビルドだ。


 セリオスは聖剣技マスタリを開放したようである。

 そして剣も魔法も威力が高く、シモンですらヘイトが取れないほどの高火力だった。

 しかし魔法職のジョブを育ててないからMP切れが早い。

 そして敵を怯ませずにスキルをぶっ放すから、ダメージ判定も弱い。


 そこを補うために、バクスタを持っているシノブを採用したのは悪くない判断だ。

 スタン中ならぶっ放しでも最高のダメージ判定がでる。

 パーティー中は俺がシノブの代わりをやったが、MPがあるときはめっちゃ強いな勇者。

 一人だけ5次職についているようなものだから、それは当たり前なのだが、それでも俺としては生かしきれてないという印象の方が強かった。


 シモンが「僕のもとに来たなら、よい待遇を約束しよう」とか言ってるが、聖女を見たあとでは、その誘いに乗ると思えない。

 聖女は最終的にMPすら回復するようになる、本物のバランスブレイカーである。


 そんな高階位の宝珠が取れるとも思わないけど、世界を救う保険として俺がアンナプルナにプレゼントしてもいいくらいだ。

 しかし聖女で魔神ロキを倒すとなると、タンク職の高位ジョブが必須になる。

 そしてロキは聖女対策として、回復阻害を持っているから厄介なのだ。


 そして、そこまで高位の宝珠を手に入れるとなると、レイドボスを倒さなくてはならない。

 このゲームではボスの特徴と有効な攻略法を知らなければ、さすがに勇者と聖女がいても攻略は不可能だ。

 裏技的な方法を知っていても無理じゃないかと思える。


 そんなランダムパーティーの最終日、放課後にサクヤから相談を受けた。

 喫茶店に呼び出されたので、俺は日課の手芸部をあきらめてそこに向かった。

 手芸部に行っても、最近は日向で昼寝をしているだけだから別にかまわない。

 この喫茶店は喫茶部が運営する店舗で、バイトをしている生徒も多かった。


「私はできることなら今のパーティに居続けたいと思っている。切磋琢磨するのに刺激になるし、なにより上を目指したと思っている私に合っているのだ。しかし実力不足でそれも難しくなってきてしまった。助けては貰えないだろうか。私が上を目指す方法を、トウヤは知っているような気がするのだ」


 これって好感度イベントじゃなかっただろうか。

 本来ならセリオスに相談して、彼女が無事にうまくいけば、例の「オレノオンナニナレヨ」を発動しさえすれば、いつでも恋人という名のセフレができてしまうという奴だ。

 どうしよう、まだ童貞の俺にはセフレとかレベルが高すぎて、どうしたらいいのかわからない。


 些細なことで彼女を傷つけてしまってはと、童貞のナイーブさが出てしまう。

 あんがい女の方は利用するだけの関係と割り切れるのだろうか。


「都合のいい話なのは自分でもわかっている。よりによって、お荷物だなどと言ったトウヤに相談しているのだからな。笑いたければ笑ってくれて構わない。それに強さに関わることを相談するのがご法度なのもわかっている。しかし、答えを知っていそうなのはトウヤくらいしか考えられないのだ。そのくらい今の私は追い込まれてしまっている。セリオスやアンナプルナには、こんな凡人の悩みなど相談できないからな」


 いやいや、あんなのは天性のジョブに恵まれているだけやんけ。

 むしろ努力型のサクヤの方が俺的には高感度が高い。

 だけど、それって暗に俺がぼんくらだと決めつけてはいないだろうか。


「うーん、そうだなあ」


 VRというシミュレータで、死んでも構わずに何百回もやり直す以外でとなると、なかなかに難しい問いである。

 最終目標であろう三次職で武器が刀となると、サクヤが就けるのは侍か魔法剣士かの二つだ。


 三次職まで行くのは勇者や聖女と組んでいれば難しくはない。

 中層でレベル上げすれば、二次職のレベルはいくらでも上がる。

 しかし、サクヤの問題は攻撃を当てられないというところだ。

 魔法剣士というのは片手持ち武器で侍並みの火力が出るというだけで、防御不能の攻撃を持っているわけではない。


 PvPコンテンツがあったから、ガード不能なんてのはスキルにしかないのだ。

 連発できないスキルがどんなに強くとも回転率は知れている。

 うんうんうなりながら考え込んでいた俺を、サクヤは真剣な面持ちで見つめていた。

 そんな期待されても、答えが出てくるとは限らない。


 階層が進めば、敵のガードも硬くなり、サクヤの悩みはどんどん深くなっていくだろう。

 そして最後は自分からパーティーを降りなければならなくなる。

 そんな足を引っ張るような状況に、彼女が甘んじるとは思えなかった。


「も、もし話せないというなら、ほ、報酬も考えているぞ」


 そう言ってサクヤは胸元に指を入れて広げて見せる。

 白くちらつく胸元に一瞬だけ視線を奪われたが、すぐに視線を逸らした。

 しかし、そうまでして強くなりたいというのがわからない。

 もちろん簡単に強くなる方法なんてものがあったら、この世界ではなんでも思いのままにできるが、それで彼女が何を得たいと望んでいるのかがわからなかった。


 たしかメインシナリオでも、サクヤはひたすらに強さを求めていたような記憶があった。

 武人の家に生まれたから、そういうもんなんだろうと思っていたが、なんらかの理由があったような気もする。

 そういえば実家の道場に変な奴が住みこんでいて、そいつを追っ払いたいんだったか。


 読み飛ばしたうろ覚えのシナリオの中では、生まれ育った場所と家族をを守りたいとかいう理由だったような記憶がある。

 だったらもっといい解決方法があるではないか。


「俺がお前んちに住み着いてる、そのゴロツキを退治するってのはどうだ。3秒もあれば地面に転がしてやるぜ。その方が手っ取り早いだろ」


「なぜそれを知っている。しかし、そんなことをすれば樋山新陰流の門下生すべてを敵に回すことになる。門下生は国中に散らばっていて、ずっと嫌がらせを受けることになるのだ。それにレベル10程度で勝てる相手ではない」


「じゃあ、その気も起きないくらいコテンパンにしてやればいいんだよ。だってそうじゃん。そういう奴らってタイマンしかしないだろ。そんな奴ら、まさに俺のカモだよ」


「そんな簡単なわけがない。師範代はレベル38の侍なんだぞ。そんなのに決闘を申し込まれ続けることになるのだ」


 サクヤはかわいい顔で、黒髪のポニーテールを振り回しながら力説する。

 こいつが初めての相手になるというなら悪くない話だ。

 そのためなら道場破りくらい、いくらでも退治してやるというものだ。


 性格はちょっと堅苦しいが、見た目は清楚だし、黒髪だし、肌も白くて美しい。

 ちょっと土ぼこり臭くて、お転婆ではあるが、見た目さえよければ気にならない。


「そんなことより、うまくいったらセフレになる約束、忘れないでくれよな」


「セ、セセセセ、セフレになどならん! 恋人になっても良いという意味だ!」


「同じじゃないか。でも、そんなことになったら、セリオスがかわいそうだな」


「なにが同じなのだ。それに恋人は二人いてもいいではないか。な、なんなのだ。どうしてお前からそんな眼で見られなければならない。周りはみんなそう言っているぞ」


 そういう世界なのか。

 どうもゲームの都合で道徳観とかが、ねじ曲がり過ぎているような気がする。

 一回のシナリオでたくさんの攻略ヒロインと触れ合ってほしいからという開発側の都合が見え隠れする。

 それをシナリオ担当が適当な理由でこじつけたりするから、こんなおかしなことになっているのだ。


 そう言えば、アンナプルナも逆ハーレムもどきを作っていたな。

 それでも、たしか体を許したのは一人だったと聞いたことがある。

 そんなんじゃ命がけで尽くして捨てられた男たちがあまりにかわいそうすぎるだろ。

 プラトニックな関係などくそくらえだ。


「やっぱり恋人はいいや。それより親父さんが自殺する前に、そいつらを追っ払おうぜ」


「父上はそんなに軟弱ではない」


 いや、たしかそんなイベントもあった気がする。

 道場破りの話も最後までは語られなかったが、邪神ロキを倒した傑物が、街の道場荒らしごときに負ける理由は一つもない。

 きっとクリア後には追い払うことができたのだろう。




「なんだおめえは。見ねえ顔だな」


「この道場に入門した新人です。ぜひ稽古をつけてください」


「俺は、この道場のもんじゃねえ。この道場を明け渡すよう説得しに来てるんだ」


「いいから黙って掛かって来いよ。あんまり時間を取らせるな」


「おっ、おい、やっぱり関係ないトウヤに怪我をさせるわけにはいかない! 私が自分でやる。お前は、あっちで見ててくれ」


 シナリオはスキップする質の俺としては、無駄に話が長引くからサクヤには引っ込んでいてほしい。

 こいつでは逆立ちしたって勝てないから、わざわざ俺が出張ってきたのに、自分で相手してどうするのだ。


「いいすよ姐さん。こいつは新入りの俺に任せといてください。秒で片ぁつけますから」


 だんだん猿芝居も続けるのが苦痛になってきた。

 普通に倒したっていいんじゃないかという気がしてくる。

 サクヤの親父さんは服すらボロボロになったものを着ていて、そうとう手ひどくやられた様子がうかがえる。

 そんな奴らに道理を通す理由はない。


「ほ、本当に倒せるのか」


「ちょろいすよ。姐さん。俺を誰だと思ってんすか。秒ですよ、秒」


「てめぇ! 口の利き方を教えてやる!」


 暗殺術マスタリで解放された裏まわりコンボまで使い、宣告通り3秒でボコして、師範代の場所を聞き出した。

 サクヤは終始オロオロしていて、事態がのみ込めていないようだった。

 置いていきたかったが、王都の地理には明るくないので、結局はサクヤを連れて行くことになってしまった。


 死刑を待つ死刑囚のような顔で、サクヤは道案内をしてくれている。

 まだ俺の実力がわからないらしい。

 俺達は急いで馬車を乗り継ぎ、その道場とやらに出向いた。


「たのも―」


 とか言って、門をくぐる。

 もし囲まれたらハイドして逃げよう。

 さすがに三人以上は相手にできないし、レベル差を考えれば38相手でもギリギリだ。

 道場の最奥に鎮座した師範代は確かに強そうな風貌をしていた。


 侍以外のジョブも育てているのが装備でわかる。

 たぶん騎士のダメージ軽減、それにローグの移動系をいくつか持っているんじゃないかと思われた。

 マジで厄介そうな相手である。


「決闘を申し込みたいとな」


「そうだ。受けてくれるんだよな」


「よかろう。ワシが勝った時は、お前はこの道場に入門せい。勝手に抜けることはまかりならん。お主が勝った時には、この道場をお前にくれてやろう」


「こんな道場いらないから、俺が勝ったら道場破りをやめろ。それがこっちの条件だ」


「よかろう。ではまずこいつらを倒せ。それができねばワシに挑む資格はない」


 こいつらは本当にタイマンしか挑んでこなかった。

 そしてタイマン最強こそが、一番偉く、一番尊敬されるのだ。

 自分より強いやつの命令は絶対で、どんな無理な命令にも「押忍」で答えて即実行だ。

 拳だけで大木を倒せと言われたらその通りにするだろうし、戦えと言われれば相手が誰であっても命をかけて戦う。


 それによって余計なことは考えずに済み、恐怖と戦う必要もない。

 損得勘定もなく、実にシンプルな生き方をしていた。

 ある意味洗脳だが、なんだかゲームをしていた時の俺の生き方に近いような気がする。

 全員ぶち転がした時には、なんだか親近感がわいていた。


「俺、ここに住もうかな。なんとなくこいつらと馬が合うし、こいつらももっと鍛えてやりたいしさ」


「も、もういい。さっさと、こんな場所は出よう」


「どうしてだよ。おい、ひっぱるなって」


 外に出たら、ひたすら無言で歩かされた。

 さっきからサクヤは何も言わないのだが、まさか歩いて帰る気なのだろうか。

 さっきから呆けたような顔で俺のことを見ている。

 まあ、無理もない。


「まるで未来が見えているかのようだった。最小限の動きで何もかも封じて、相手が棒立ちになったら、瞬きする間に倒してしまう。そんな力を隠していたのだな」


「今日の奴らは強い方だぜ。技が少ないから予測しやすかっただけだ。何十年もあんな道場で技を磨いてる設定だもんな。俺も思いあがってたよ。今日はいい勉強になった」


「アハハ」


「なんだよ」


「いつかお前に、道化は周りに迷惑をかけると説教したことがあったな。あれを思い出したらおかしかった」


「そんなのはいい。それより、今日見たことは誰にも言うなよ。絶対だぞ」


「わかった」


「返事は押忍ッ、だ。忘れるな」


「押忍。お前の方こそ恋人になる約束を忘れるな」


「プラトニックな関係なんていらないって言っただろ。それに他人の女を取る趣味はないんだよ」


「夢を語り合ったりできるではないか。それを素敵なことだと思わないのか。それに恋人になれば最後に選ばれる可能性もある。そうなれば、この体を好きにできるぞ」


「いらん」


 低い可能性に賭けて、人生を棒に振れるかってんだ。

 複数の男に尽くさせるなんてことができるんだから、美人は得だよな。


「お前は根っからの武人だな」


「んなわけあるか」


「それで、私がもっと強くなる方法はないのだろうか。それだけ、どうしても教えて欲しい」


「短期間では無理だ。もっと戦いに慣れて、敵の動きをよく見るんだな。攻撃が必ず当たるタイミングってのがあるから、それを意識するようにすればいい」


 サクヤは攻撃モーションの判定が強い場所を使うのはうまい。

 道場で稽古してきた賜物だろう。

 あとはタイミングを掴むのと、モンスターとの戦いに向いた動きをするだけだ。

 そのまま彼女は考え込んで黙ってしまった。


 また無言で歩き続ける。


「たしかにそうだな。近道を探すなんて私らしくなかった。勇者は勇者、聖女は聖女、私は私だ」


 いや、勇者も同じ問題に直面しているが、有り余るパワーでゴリ押しているだけだ。

 火力職なら避けては通れない道だと言える。


「それより馬車に乗ろうぜ。訓練のために走って帰るとか言い出すなよ」


 もう少し話したいというので付き合っていたら、本当に歩いて帰ることになった。

 とりあえず、罪もないような人の命は守るというミッションは一つクリアである。

 これで命を救えたのは何人目だろうか。


 自分でも危ない橋を渡っていると思う。

 暗殺者を差し向けられることも考慮して、ローグ系の育成から始めたくらいだ。

 ゲームでは相手に実力がバレている状態で暗殺者を差し向けられたら、その時点で問答無用にゲームオーバーの画面を見せられた。


 同時に多数を相手することは、どうしてもできないから、やはり警戒する術と逃げるという選択肢が必要になってくる。


「一つだけ言っておくことがある。私はセリオスとは付き合っていない。セリオスもそんなことなど微塵も考えていない。お前はよっぽど邪な考えでものを見ているぞ」


 別れ際にサクヤが言った。

 いやいや、これってそういうゲームじゃん、と言いかけたが、たしかにセリオスは人助けをしていたら女が勝手に惚れていただけだ、みたいな路線の生き方だったな。

 そんなの建前やんけ。


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