第12話 三枠も使えない
次の日からは、午前中に座学があり、午後はダンジョンで実地訓練という日程が一週間ほど組まれていた。
今日の座学の授業は、毒を受けた場合の対処法だ。
毒を受けたら、すぐにナイフで患部をえぐり取って止血せよという野蛮極まりない方法を推奨している。
いやいや毒消し使えよという話だが、このゲームの毒消しは数種類しかなく、その数種類もあまり知られていないのだろう。
たしかにエントの実や、ラミアの涙など、マニアックな敵からしか手に入らないから、普通はそんな方法しかない可能性もある。
俺が手に入れた方法も、クエスト関係のバグじゃないかと言われている方法だった。
このゲームの毒は凶悪だから、毒より怪我の方がましというのはわかる。
しかし、自分の体をそんな大胆に抉り取れるものだろうか。
戦いの後で、アドレナリンでも出ていればいけるかもしれないが、骨が見えるほど肉を取り去れというのも無茶な話だ。
セリオスを含めたみんなが目を細めながら先生の話を聞いていた。
絶対に毒だけは貰わないぞと心に誓っているに違いない。
しかし、アンナプルナと組んでいるならその心配は無用である。
授業は続いていたが、俺は寝不足でほとんどを寝て過ごした。
午後はまたダンジョンに向かう。
さっそく授業を真面目に受けてないことをカリナに指摘された。
現実世界でも、よく周りから言われたものだ。
「命にかかわる授業なのだから聞いておかないと駄目よ」
俺は気のない返事を返しておいた。
昨日は11階層まで潜って、スケルトンファイターの相手を夜遅くまでしていたのだ。
ちゃんとゲームの感覚通りに戦えるのか確かめるつもりだったが、思いのほか面白くなって深夜過ぎまで戦っていた。
やはりゲームとは勝手が違って、視界の狭さや恐怖心など、色んな要素に邪魔される。
スケルトンを選んだのは、グローバゼラートの追加打撃効果を活かせるのと、範囲攻撃や魔法攻撃がないからだ。
そして動きが遅いから、ハヤブサの剣を出せば逃げるのも簡単である。
しかし、ハヤブサの剣はいかにもレア装備という見た目なので、今日もサーベルを使っていた。
レベルの方は12となって、ジョブレベルも上がって無事に愚者へと転職した。
上級の解放の宝玉があれば、すぐにでも道化が持つドロップアップのアビリティを開放できるのだが、ソロ狩りのドロップは売りたくないので思案中だ。
午後になっても眠気は抜け切らず、適当に魔法を撃ちながら過ごす。
前衛二人の下着は黒になっていた。
昨日はカリナだけ黒だったが、見られることを意識したのか今日はリサも黒だった。
黒の方が視認しにくいが、白い肌とのコントラストが良く映えている。
そして今日はいきなり二階に来ていた。
ゴブリンは混みあっているので、ウェアウルフを相手にしている。
すばしっこいので攻撃は全然当たらないし、魔法への耐性も高い。
しかしカリナがアグニのルーンを手に入れたことでヘイトが安定し、心配することは何もなくなっていた。
ボスゾーンはサーベルタイガーが出るので、まだ二人には早いからわざと避けていた。
もう少し装備を揃えないと、こっからのボスは危険だ。
うつらうつらしていたら、リサに怒られた。
「本当に前に立たせるわよ。どうして集中できないのよ」
「眠いんだよ。昨日は深夜までレベル上げしてたんだ」
「そんなにやる気があるなら、私たちと来ればよかったじゃない。授業でパーティーを組むなら、普段からの連携も高めておくべきだわ。命がかかっているという自覚がないわね」
「パーティーは4人の方が効率いいから遠慮したんだよ」
5人以上で組むのは、ボスなどの経験値を気にしないで戦う場合が普通だ。
「アンタ、よく知ってるじゃない。意外と頼りになるのかしらね」
「リサと違ってトウヤには余裕があるのよ。頼もしいじゃないの」
「私も余裕があって凄いと思いますよ。すべての指示が的確ですし」
カリナとアナスタシアは俺の肩を持ってくれるようだった。
しかしリサは、そんな二人の言葉など聞いていない。
「でも頼りになると言えばセリオスよね。女子なんて、みんな目の色変えてアピールしてたわよ。あれはそのうちハーレムを作るわ」
「ふふっ、そうでしょうね」
リサの物言いにカリナまで同意している。
真面目な委員長キャラだから、そうそう常識から外れたことは言わないはずだというのにである。
「そんな簡単にハーレムなんて作れるのか」
「あたりまえでしょ。あんなに優秀なジョブがあれば、将来は貴族の地位が約束されたようなものだわ。貴族の後ろ盾でもなければ、生きてはいけない厳しい世界なのよ。アンタなんて一兵卒で前線に立たされて、若くして死ぬの間違いなしね」
至極当たり前というふうにリサが言う。
「そういうもんなのか」
「みんな命懸けだから、頼りになる人が欲しいのよ。トウヤだって頑張れば何人かモノにできるかもしれないわよ」
真面目なカリナがそんな言い方をするのは、やはり意外だった。
「コイツには無理よ。なにせ道化なのよ。そんなジョブを選ぶやつに誰がなびくもんですか。そのジョブを選んだ者はスライムもまともに倒せなくなると言われているのよ。カリナに拾ってもらえてよかったわね。どうしてアンタは真剣さが足りないのかしら」
「俺はいたって真剣だよ」
それにもう道化は卒業した。
道化は愚者を経由して預言者に至るのだ。
実装された時はバランスブレイカーすぎるだろと掲示板が大荒れになったジョブである。
そういえばゲームだった時も、そういうゲームではないから直接的な描写はないまでも、そういう男女のことは随所に匂わせる描写があった。
ある程度好感度が上がったら主人公は言うのだ。
俺の女になれよ、と。
さすがにあんな台詞は言いたくはないが、夢があっていいなあと思った。
「ニヤニヤしてるわ」
「ニヤニヤしてるわね。キモイわ」
「ニヤニヤしてますねえ」
前時代的な設定の多いゲームだから、自分の女にしたからと言って面倒を見るとかはなかったように思う。
それでも主人公は平気で複数と付き合っていたっけな。
もちろん主人公が手を出すのは、シナリオが用意された攻略キャラだけだ。
ならば、こいつらのように主人公からあぶれたキャラならば、俺にも十分な可能性があるということではないか。
「複数の女の人と付き合うのって普通なのかな」
「そりゃ、レベルが高かったりすれば当然じゃない。将来、貴族になることが約束されていたりしたら特にそうよ。将来は軍人になるんだもの、強い人の隊に入れてもらえば生き残る確率も高いってもんだわ。まあ、アンタは一人でも厳しいでしょうね。セリオスの隊で下働きとして雇ってもらったらどうなの」
「真面目に頑張ればトウヤにも可能性はありますよ。学園はレベルの高い人に地位を約束するそうですから、レベルだけあげたら可能性はあります」
「でも、セリオスに群がってるような女を狙うのはやめておきなさいよ。きっと要求が大きくて縛られることになるわ」
「的確なアドバイスありがとう。リサは頼れるな」
ゲームは得意だが、そういったことには苦手意識しかない俺としては有難い情報だ。
だが俺の評判が道化として固まってしまったのは残念極まりない。
「でも、セリオスと付き合えたらいいですよねえ」
「アナスタシアもやめておきなさいよ。人気のある男はあんまり相手してくれないわ。二番目か三番目くらいが狙い目なのよ」
リサの話はどれも的確なように思えた。
それにしたって女の方も、なんとも逞しい考えをしている。
「三人はどのくらいの男なら付き合ってもいいんだ」
「そうねぇ、学期末でレベル18くらいは欲しいわね。先輩の話では、将来的にAクラスに入れないと軍曹止まりらしいのよ。そのくらいじゃ与えられる権限も大したことないと思うのよね」
どうやら彼女たちは後ろ盾が欲しいようである。
そういったものが無ければ、貴族にいいようにされてしまう世界だからわからなくもない。
軍人で力があるのは士官からだ。
兵卒では、なんの後ろ盾にもならないという意味のことを言っているのだろう。
「私もそのくらいがいいわ」
「同じです」
「ハハッ、そのくらいなら明日にでもなれるな」
三人から馬鹿言ってんじゃないわよ、という目で見られる。
しかし、レベルを公表するのはあまりよろしくない。
この学園で降りかかってくる災難には終わりがないのだ。
それらすべてを力づくで解決できるくらいの強さがないうちは、とにかく目立たないに越したことはない。
ウェアウルフを8時間ほど狩り続けて、やっと三人はレベル6となった。
ジョブレベルはカリナとリサだけ2になったそうだ。
「カリナとリサは、もうちょっと攻撃を受けてアナスタシアに回復させた方がいいな。アナスタシアのジョブが育たないと狩場のレベルが上げられないだろ」
「簡単に言ってくれるわね。傷が残ったらどうするのよ」
「その日のうちに回復したら傷痕も残らないはずだぜ」
「本当かしら。アンタ適当言ってるんじゃないわよね。何でもかんでも知ってる様子だけど」
「あっ、でも、傷が残らない話は私も聞いたことありますよ」
「あらそう。でも、いろいろ知りすぎててちょっと異常よ」
ゲームの設定は、掲示板で話題になることもあったから大抵は知っている。
クタクタに疲れ果ててダンジョンから抜け出すと、辺りはもう真っ暗だった。
さすがにもう今日は帰って寝ようと思っていたら、校庭の方から揉めてる声がする。
カリナたちは購買部に行ったので、俺だけそっと様子をうかがった。
校庭ではセリオスたちが、武闘派の部活の奴らに絡まれているようだった。
武闘派で知られるのは、闘剣部、魔道戦術研究会であり、剣友会や魔術研究会よりも実戦的な部活である。
どうやらアンナプルナが部活に入れと強要されて、それをセリオスが止めているらしい。
セリオスがアンナプルナを庇うように立っている。
よくそんなレベルでそんなことができるものだと感心するが、主人公の性格というのは俺のような小市民とはモノが違うのだ。
まさに勇ましき者である。
決闘になるかと思われたが、どうやら相手が引いてくれたようだった。
「美人は大変ね。アレは、たしかレベル28だとかいう先輩よ。闘剣部で一番レベルが高いらしいわ。いくら強くてもあんなのは嫌よね。セリオスが倒しちゃえばいいんだわ」
いつの間にか戻ってきていたリサが横からそんなことを言っている。
はいこれ、と今日の俺の分の稼ぎ3000クローネを渡された。
さすがに勇者でもレベル28相手は分が悪いだろうと思うが、勇者と聖女が組んだならそれもわからない。
あと、この世界には決闘で物事を決めるシステムがある。
本当に命を懸ける決闘ではなくて、セーフゾーンで戦って決着をつけるのだ。
当然ながら観客も来るので、おいそれと使えば変な噂が立つが、相手が使わないとも言い切れないところだ。
見た感じアンナプルナも断っているようなので、決闘は避けられたようである。
騒ぎが収まったのを見計らって、俺はリサを女子寮まで送り届けてから自分の部屋に帰った。
アルトと共に食堂で晩御飯を食べていたら、カリナたちもやってくる。
三人はアルトがレベル13だと知ったら目の色を変えた。
こいつらは……、と思うが、俺はなにも言わずにコロッケ定食を食べた。
三人はとろろご飯のうまさに感動するアルトを食い入るように見ている。
あとで三人に呼び出されて、アルトについていろいろと聞かれた。
「お前らは、俺がレベル18になったら引き取ってやるよ」
「あら、本当になれるなら構わないわよ。ねえ?」
めんどくさくなった俺の言葉にリサが乗ってきた。
この野郎、本当に後悔するぞと思ったが、ほかの二人まで頷いたではないか。
「いや、三人もいらないというか。持て余すというか、ね」
「あっ、こいつその気だわ。できるつもりでいるわよ」
大体、俺の本命はAクラスにいるのだ。
やはり黒髪ロングって最高だよねって感じの娘が。
しかも聖剣使いのユニークジョブまで持っている。
上限があるのか知らないが、こんなところで三枠も使うのはもったいない。
カリナだけでいい。
俺は逃げるようにして部屋に帰った。
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