第11話 手芸部


「どこに行くのがいいかしらね」


「その前に、さっき貰ってたポーションをもっといいのに交換しようぜ」


 そう言って、俺は中級のポーションを出すとみんなに配った。


「これ、中級じゃない。こんなにいいもの使っていいの」


「たくさんあるからいいよ。さっき貰った奴は俺が貰っていいかな」


 俺はカリナからオリエンテーション用に配られたポーションを受け取った。

 これは通称エリクサーと呼ばれるアイテムで、どんな怪我でも治せて、5回まで使えるというふざけた性能のアイテムだ。

 初心者のうちに使ってしまうのはもったいない。


「それじゃ、そこを右に行ってみようぜ」


 右に行けばスライムゾーンがある。


「でも、第二士官学校の人たちも、みんな二階から始めるって言ってたわよ」


 リサはスライムから始めるという提案がお気に召さないらしい。

 二階はゴブリンが出るからドロップも悪くないし人気なのだ。

 ただし観光客のようなのも来ていて、人が多いから湧きが片寄って怖い。


「無理はよくないわ。スライムから行ってみましょう」


 カリナのとりなしで、俺たちはスラムから行くことになった。

 俺は適当に歩いている振りをして、どんどん奥に向かうように誘導する。

 出てくる敵はカリナかリサが攻撃したところで、炎弾を放って攻撃した。


「凄いじゃない。ずいぶん攻撃力のある魔法ね」


「まあね。レベル3まで開放してあるから」


「なるほど。あながち勝算もなく道化を選んだわけじゃないのね」


「リサ、失礼よ。でも魔法があるなら納得だわ。いったいどうやってレベル上げをするのか不思議だったもの」


 わいわいやりながら、俺達はボスが湧くゾーンに入った。

 周りに人はいないから、独占できる美味しい状況だ。

 俺は偶然見つけた風を装って言った。


「お、あんなところにでかいのがいるぜ」


「ちょっと待って! 危険よ!」


 俺はすでに魔法を放っている。

 低レベル戦士にタンクさせるのは少し怖いから自分でヘイトを取った。

 俺が適当にボスの攻撃をあしらっているうちに、カリナとリサが倒してくれた。


「いきなり攻撃したら危ないわよ。強い相手だったらどうするの。最初の攻撃は前衛である私たちに任せて」


 カリナが目を吊り上げて怒っている。


「それよりレベルが上がってるな」


 俺が適当に話を逸らすと、カリナはそっちに気を取られた。


「本当だ。もうレベル3よ。さっきのはボスだったんだわ」


 やったやったと三人がはしゃいでいる。

 俺はすでに次の敵を探していた。

 そっちに誘導すると、カリナとリサは現れたスライムに殺到した。

 俺の方は魔法使い役をやることになるならマナムネを売らない方が良かったかもしれないなんて考えていた。


 魔法はガード不能なので、タイミングよく怯ませれば二人の攻撃がかわされることもなくなる。

 もっともスライムならボスでもない限りかわされることもないのだが、それでも癖になっているのでタイミングは合わせていた。

 レベルが低いうちは、とにかく苦戦しない相手を倒しまくった方がいいと掲示板で言われていたが、実際にやってみるとその理由が納得できる。


 ジョブレベルが上がらないことには与えられたロールとして役目を果たせないので、とにかく攻撃しまくってジョブ経験値を得たほうがいい。

 見合いになったままスキをうかがったりするのは無駄な時間が多い。


「さあ、ドンドン行くわよ」


 打ち解けてきたら、リサの明るい性格が出てきてガンガン先に進もうとする。

 俺は右に曲がろうとか左に曲がろうとか誘導して、ボスゾーンから出ないようにした。

 しかしというかなんというか、やっぱりこのゲームのスカートは短すぎると思う。


 いきなりなにを言い出すのかと思うかもしれないが、制服をデザインした人はかわいく見えることを優先しすぎて、現実的ではないほどスカートが短くなってしまっているのだ。

 そこそこ批判された運営は、3Dのポリゴンが他の装備に干渉してデバッグが大変だとか言い訳していたが、はたしてそれは本当なのだろうか。


 現実にいたら露出狂レベルと言われてたくらいだから、薄暗いとはいえ動き回っていれば下着が見えるのはあたり前だった。

 ダンジョンは壁が青白く光っているので、そこそこは明るい。

 そう考えるとアンナプルナやサクヤと一緒にやってるセリオスがうらやましくなってきた。


 委員長のカリナは別にしても、リサやアナスタシアが美人ではないとは言わないが、アンナプルナやサクヤ、それにシノブなんかは、パーティー向けキャラだから頭一つ抜けているし、スタイルだって抜群である。

 目の前では「曲がり角に気を付けながら慎重に進みましょう」とか、カリナたちが真剣にやってるのに、俺はそんなことばかりが気になっていた。


 それはそうだ。

 戦場すらも経験して来たというのに、今さら迷宮の一階くらいで真剣にはなれない。

 本当にゲームをやっているような感覚だ。


 多少はレベルが上がったので、次のスライムボスは二人に任せてみた。

 俺がタゲを取ると心配性のカリナがうるさいというのもある。

 攻撃を受けたとたん、リサは体がぶれて二重に見えるような衝撃を受けていた。

 しかし盾でガードしているから、ダメージは一桁だろう。


 このゲームでは、ガードしたとしても最低ダメージの10%は入ってしまう。

 俺の火砲と炎弾が入るが、スラムボスは倒れない。

 そこで小さい方のスライムが湧いてきてしまったので、俺は目立たない動きでするりと前に出るとヘイトを取った。

 そしたら後ろで悲鳴が上がって振り向くと、さすがの俺も驚いた。


「キャアッ!!」


 なにが起きたのかと振り向いた瞬間、尻もちをつきながら足を開いた格好になったリサのアニマル柄のパンツが視界に入って気を取られた。

 女性慣れしていない俺は、そのヒョウ柄に見入ってしまったのだ。

 その瞬間、わき腹に水が入ったバスケットボールがぶつかるような強烈な衝撃を受けて吹き飛ばされた。


「回復します!」


「俺はいい! リサを頼む」


 ボスのダメージを受けたリサの方が深刻だ。

 小さいスライムを引きまわしながら、カリナが引き付けているボスの後に回り込むと、斬り込み三回から炎舞を入れて倒す。

 そして復活したリサを含めた三人で、小さいスライムを倒した。


 回復を受けながら、ちょっと二人にタンクさせるのは早かったかなと反省する。

 こういう突発湧きが怖いから、いきなり二階に行った人たちは恐れ知らずというものだ。

 リズムよく敵を倒せているうちはいいが、すこしでも手こずって時間をかけてしまうと、片寄った湧きにやられることがある。


 それにしても、すごい衝撃だった。

 スライムであの衝撃というのが、かなりショックである。

 レベル1なら盾で受けても手が痛いだろう。

 弾いたら何の衝撃もないのに、ガードしただけでああなるのだ。


 カウンターで敵の攻撃を潰したり、パリィで攻撃を弾けば衝撃を受けないのはわかる。

 ダメージを受けないのだから、痛みを感じるようなのはおかしいし、衝撃があったらせっかくのチャンスに追撃を入れられない。

 しかし、そうなると、もし攻撃を受けたら防御もできない程の痛みと衝撃を感じるのではないだろうか。


 それがこのゲームでいうところの、のけ反り状態というやつだ。

 ゲームのシステム通りなら、普通の攻撃を受けただけでそうなるのである。

 かなり嫌なことを知ってしまった。

 やはり回避に特化したほうがいいかもしれない。

 痛みは精神を削るだろうし、正常な判断を鈍らせる。


「ありがとう、助かったわ。やるじゃない。意外と道化も弱くないのね」


 カリナがのん気にそんなことを言う。

 いや、かなり弱いと思うぞ。

 普通ならな。


 計算式の関係上、攻撃力が20%もさがったらダメージはもっと下がるのだ。

 通常攻撃を繋いでいるから、何倍ものダメージを出せているだけだ。

 ものすごくシビアなタイミングでのみ空振りせずに連続でヒットさせることができるのだ。

 しかし、そんなことを言っても正気を疑われそうなので、俺は適当なことを言う。


「ルーンのおかげかもな。三人も売店で買ったほうがいい。早くしないと売り切れるぞ」


 俺の言葉に三人は顔を見合わせた。

 実際に入学シーズンは、低級の石が売り切れてもおかしくはない。

 午前中にもう二回スライムボスを倒したら、一階にある蜘蛛ボスに移動した。

 すぐに蜘蛛ボスが出てカリナがダメージを受けると、焦ってヒールを使ったアナスタシアがヘイトを買い、射出された糸に絡め取られた。


 この糸に縛られると魔法の発動モーションすらできなくなるという設定だったはずだ。

 俺はこのヘイトシステムを三人に教えたかったから蜘蛛に移動したのである。

 俺がアナスタシアを守るような位置で魔法を撃っていると、なんとか倒すのに成功した。

 これで全員がレベル5まで上がった。


「これがヘイトって奴だよ。ヒールはヘイトを買いやすいから、タンクがヘイトを稼ぐまで回復は我慢しなきゃだめなんだ」


「そ、そんなことより、早く助けてください」


 アナスタシアが悲痛な声を出したので、いそいで駆け寄った俺は固まってしまった。

 カリナとリサの下着ぐらいでは動揺もしなくなっていた俺だが、最後にアナスタシアの下着が見えたら動揺してしまった。

 白はレアだね。


「早く糸から外してあげなさいよ。何やってるの」


 カリナに怒られたので糸をナイフで切る。


「どこみてたのよ、変態。命がかかっているのに、よくそんな余裕があるじゃないの」


 リサにも詰め寄られる。

 もう下着が見えるのにも慣れたから大丈夫だ、と言ったら殴られた。

 しょうがないではないか。

 前世では女の子とのつながりなどほとんどなかったのだ。


 レベルは5になったが、ボスばかり倒してレベルを上げたからジョブレベルはまだ2だ。

 経験値は美味しいが、ジョブ固有の行動を成功させないとジョブレベルは上がらない。

一次ジョブレベルは4まで上げると二次転職できるが、5で得られるアビリティが一番美味しいので中途半端にする理由はない。

 ジョブレベルが2になったので俺は第二階位のアビリティを覚えられる。


 解放の宝玉(低級)を使って曲芸というアビリティを開放した。

 これはスキルのクールタイムを10%短縮してくれるパッシブアビリティだ。

 それを見ていたアナスタシアが言った。


「あ、解放の宝玉ですね。用意してたんですか」


「たまたま持ってたんだよ」


「そういえば、さっき一つ出たわよ。あとで購買部に売ってお金を分けましょうね」


「私も欲しいなあ。生活費で買っちゃおうかな」


 リサが欲しそうにしているので、インベントリにまだあったが言わないでおいた。

 ボスからしか出ないので低級とはいえ結構なレアだ。


「ここからのレベル上げは大変らしいし、消耗品は買わない方がいいと思うぜ」


「どうしてそんなこと知ってるのよ。奴隷してたとか言われてたくせに、やけにお金持ってるじゃない。どこで稼いだのかしらね。ここの入学金だって高いでしょ」


「エルハインの公主様に気に入られたんだ。学費も出してもらったよ」


「げっ、そんなやんごとなきお方と知り合いなのね。さっきの変態は取り消すわ」


「取り消さなくていい。下着ばっか見てたのは事実だしな」


「よくもぬけぬけと、そんなことが言えるわね。私たちだって、こんな頭のおかしい制服に悩まされてるのよ!」


 リサが食いつかんばかりに詰め寄ってくる。

 カリナとアナスタシアも顔を赤くしていた。


「やっぱり、トウヤみたいなマントにすればよかったかしらね」


 とカリナが言った。


「買いなおすお金なんてないでしょ。次はブーツを買うことにしたじゃない。これからは、この変態を前に出して戦えばいいのよ。そうすれば戦いに集中できるわ」


「道化をタンクにするのか。実に戦略的な発想だな」


「変態を生贄にするのよ。戦略なんて知らないわ」


 俺とリサが言い合うのを見て、カリナとアナスタシアが笑っている。

 初めての戦いという事で緊張があったのかもしれないが、それを乗り越えた安心感があるのだろう。


「それにマントなんかで足を隠したら攻撃力が下がっちゃうわ」


「なんの攻撃力だよ」


「いい男をものにするための攻撃力よ。言っとくけど、アンタの事じゃないわよ」


 俺は馬鹿らしくなってハイハイと返した。

 女子が実用性の薄いポンチョを選んでいるのは、このゲームにはそれしか女用の装備がないからだ。

 それはともかく、ここからを乗り越えないと、年末考査までにレベル15は間に合わない。


 最初は上がりやすいが、そんなのは本当に始めたばかりだけだ。

 そのまま地上に帰ると、みんな疲れた顔で教室に集まっていた。

 まだ表情に余裕があるのは、二階に行っていたセリオスたちのパーティーメンバーと魔導士のシモンくらいだった。

 すぐに解散となったが、カリナたちはまたダンジョンに行くらしい。


 部活の先輩が一人来てくれるというので俺はお断りした。

 4人以上は経験値がかなり悪くなるので悪いし、俺には行きたいところがある。

 それで第三手芸部に行ってみたが、やはり誰もいなかった。

 しばらく待っていたら、二年生のエマがやってきた。


「あっ、ど、どうも一年のトウヤです。自分、手芸部に入りたいです」


 自分より強いかもしれないというか、正体を知っているのでついつい敬語になってしまう。


「そうか。好きにすればよい」


 と言われて、俺は入部を認められた。

 まだ仲間にするイベントは起こせないので、問題を起こさないよう端っこで静かに編み物でもしていることにする。

 しばらくして二年生のノアもやってきた。

 このノアが古代魔導兵器のジョブを持ち、エマが吸血鬼のジョブを持っている。


「あー、編み物って楽しいですねぇ」


「そう」


 どちらもまったく愛想がない。

 そういうキャラだから仕方ないが、なんとも張り合いがなかった。

 どうにも、この二人の好感度を上げられるような気がしない。

 一時間ほど頑張って編み物をしてから、俺は一人でダンジョンに入った。


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